第14話 クッキー

 ゴン ゴン ゴン ゴン


 早くも聞き馴染んでしまったノックの音が響き、軋んだ音を鳴らしながら扉が開く。

館内に入り、婆ちゃんの作業室へと向かう。


「おはよう、婆ちゃん。俺が来たよ」


 婆ちゃんは作業を止めて俺を見た。


「あぁ、おはようさん。今日は早いんだね」


「実はちょっとお願い事があってね。お茶でもしながら話そうかと。

ここに来る前にシュークリーム買って来たんだよ。生菓子だから早めに食べた方が良いし。どう?」


 ス……スの紅茶屋に寄って、茶葉と茶菓子を買っておいた抜かりない俺。

金貨がまた飛んでったが、無駄遣いではないと思う。


「朝食を食べたばかりなんだけどねぇ……生菓子ってのは?」


「食品に含まれる水分量が30%を超えるものを生菓子、10~30%は半生菓子、10%以下のものを干し菓子と分類します。

水分量が多い生菓子は痛みやすい為、作られた日に食べなければなりません。

半生菓子は数日から数週間保存できますが、できるだけ早めに食べましょう。

干し菓子は長期保存が可能なので、ゆっくり味わえます」


 婆ちゃんと無言で見つめ合う。


「アホのルピナスにはお仕置きが必要だと思うんだけど、婆ちゃんはどう思う?」


「これ!ルピナス様に対して、なんと罰当たりな!」


 しまった、これ本気で怒っているな。やらかしたか……でもなぁ。


「あーそうだね、アホはちょっと言い過ぎでした。でもさ、オペラとかお菓子じゃなくて、他にもっと有用な情報を転写して貰いたかったなぁ……と」


「有用だったんじゃないのかい?ルピナス様にとっては。

あんたに知って欲しいって思ったのかも知れないじゃないか。

何でもかんでも悪い方に取るんじゃないよ。そこは早いうちに改めな」


「はい……反省します」


 おっさんの時も思ったが、どうしても気安い態度が出てしまうなぁ……

しかし、お菓子に関してはルピナスの並々ならぬ思いを知っているから、分からない事はないが……

あいつ、オペラが趣味だったのか?俺とオペラの話がしたいと?


 いやぁ……無いと思うけどなぁ……


 婆ちゃんが空気を変えるように声を上げた。


「よし、ならお茶の準備をお願いしようかね。なんか話があるんだろう?」


「あ、うん。そうだね。直ぐに準備しよう。シュークリームに合う紅茶も店員さんに教えて貰ったから、今日のお茶はちょっと違うやつだよ」




「ほー、こりゃ美味いもんだねぇ。シュークリームと言ったかい?見た時はなんだいこの塊は、と思ったもんだけど……気に入ったよ。お茶も合ってて良いもんだねぇ」


 おぉ、予想以上に評判が良いな。日本と比べると高価すぎて怯んでしまったが奮発して良かった。


「うん、これは美味いわ。この中のクリームを変えたやつが、まだ何種類かあったよ。今度は違う奴を買ってくるよ」


「あぁ、楽しみにしておくよ。それで話ってのは?昨日の爆発だろう?」


 むぅ、鋭い婆ちゃんだな……


「うん。その爆発が起きるまでの顛末を話すとだね――――」



「ってな感じで、起死回生の一手の起点となったのが、婆ちゃんに使える様にして貰った魔法だったという訳だよ。

で、その爆発で、俺とお嬢ちゃんも怪我は負ったけども、なんとか助かりましたとさ。めでたし、めでたし。ってのが爆発の真相だよ」


 婆ちゃんはしばらくアゴに手を当てて考え込んでいた。


「なるほどねぇ。魔力を感じなかったから、誰かの能力が関係しているんだろうと思っていたけど……ふーん?あんただったんだねぇ……

あんたの能力、あたしは聞いてないよ?」


 おっちゃんには詳細を話さずに誤魔化しだけど、婆ちゃんには無理っぽいな……話すしかないか……


「あー黙ってたって言うか、言うのが恥ずかしかったって言うか……まぁ、話すよ……」


 俺はPASSING WINDの説明と、使える技などを婆ちゃんに詳しく話した。


「おなら……なんとまぁ……とんでもなく恐ろしい能力だね……

サシでの勝負だと無敵じゃないかい?それに他の使い方も面白い。

あんた、大したもんだよ。そこまで見事に使い熟してるなんてね。


 それにしても、覚醒すると能力ってのはそんなに強力になるのかい……

まぁ技の名前は妙なのばっかりだけどねぇ。なんだい爆裂カブトムシって……」


 あれ?なんかすげー褒められてる?もっとこう、笑われたり、呆れられたりするんだろうなって思ってたけど……


「あーいや、名前はねぇ、流れで?

PASSING WINDって名前が重要だったから、他の技にも名前、有った方がいいかなぁ、なんて思ってさ。

ほとんど思い付きと勢いで命名してるんだけど……」


 婆ちゃんがなんか変な顔をしている。ネーミングセンス、そんなに悪いかな……


「名前が重要ってどういう事だい?能力に名前を付ける事が重要なのかい?」


「ん?能力に即した名前を付けて、その名前が能力に認められると、覚醒するって聞いたけど……常識じゃないの?」


 婆ちゃんが目を見開いて驚いている。はて?ルピナスの奴がサラッと説明していたから、特に重要な情報ではないと思っていたけど……


「初耳だよ!そうだったのか……名付けが……あんたは名前を付けて、能力が覚醒したんだね?」


 すごい剣幕でちょっと怯む。


「う、うん。名前が思い浮かんだ時に、歯車が嚙み合ったような感覚がして、その後、魂が震える様な衝撃が来て、それで解るんだよ。あぁこの能力の名前はこれだわ。って感じで」


 アゴに手を当てて、なんか凄い考え込んでる。


「ひょっとして名前考えてる?この世界の人は皆能力持ってるんだよね?婆ちゃんはどんな能力なの?」


「ん?あぁ、一応全員能力が有るってのが、通説だね。

ほとんどの人は自分の能力が判らないのさ。

自分の能力に気付く奴は、ほんの一握りの奴のみ。


 そして覚醒する奴は、その一握りの中の数人なんだよ。


 あたしは……‘’魔力が生命力に変換される‘’能力さ。だから何百年も生き永らえている……」


 なんか……軽い気持ちで訊くんじゃなかったな。哀しそうな顔を見て言葉を失う。

俺の顔を見て、婆ちゃんが表情を取り繕う。


「因みに、サンザシの坊主の能力は、思考系らしいよ。直感が働いたり、冷静になったりと、あんななりであいつは思慮深いのさ」


「おっさんが?似合わねぇ……脳も筋肉で出来てるんじゃないかって顔してるのに……」


 脳筋の表現がツボにハマったらしく、婆ちゃんが声を上げて笑い転げた。


 良かった……


「ちょっと仕切り直そうか。お茶淹れるよ」


 俺はそう言って、婆ちゃんの好きな茶葉で紅茶を淹れた。


 シュークリームと共に買っておいた、例のクッキーを出す。

しばらく静かに優雅にお茶を飲む。



「そう言えば、なにか頼みごとがあるって話だったんじゃないのかい?」


「あぁ!忘れてた!爆発の原因に関してなんだけど、おっさんと話し合った結果、俺の能力は隠すって方向で決まったんだよ。


 それで、原因を婆ちゃんの魔道具って事にしようって話になったんだけど……

そうなると、この街に来たばかりの俺に、婆ちゃんがそんな強力な魔道具を渡す理由がないだろう?


 だから、俺を婆ちゃんの身内って事にして下さい。ってお願いです。孫でもなんでも良いんで、どうか……」


 婆ちゃんが驚きの表情を浮かべる。何か今日の婆ちゃん驚いてばっかりだな。


「ま……孫?……あたしに?……孫……あんたが、あたしの、孫になるってのかい?」


「う、うん。どうだろう?ダメかな?」


 婆ちゃんが、ふにゃっと笑みを見せる。俺と目が合った直後に仏頂面に取り繕った。


「ふ、ふん。旦那も居ないアタシに孫ねぇ……まぁ……あんたが構わないならそれでいいよ。

但し!あたしの孫になるからには情けない真似は許さないよ!魔法だってビシバシ鍛えるからね!」


「あぁ!宜しく婆ちゃん」


 この世界に来て、何故か家族が出来た。それは全く、悪い気がしなかった。





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