第9話 素晴らしき日常
「シムラさん!生きていたんですね!良かったぁ、戻ってこないから死んだのかと思ってましたよ!」
婆ちゃんの館から追い出されて、俺はまたあの道程をゲンナリしながら歩いて戻ってきた。既に日は沈み、多分今は23時頃だ。
常宿のアフターバーナーまでヘトヘトになって辿り着き、扉をくぐった瞬間コレだ。
「キムラね、キムラ。人をバカ殿みたいに呼ばないでよ。で?俺は見ての通り元気ハツラツだけど、なんで死んだと思われてるの?」
ニコニコ顔のお嬢ちゃんに尋ねる。
「今日の冒険者組合の騒ぎですよ!今朝登録に行くって言ってましたよね?
毒を撒かれて多数の死者が出たって、そのあと商人さんを殺して馬を奪ったゲス野郎が逃亡中で、騎士団が出動する騒ぎだって聞きましたよ?
絶対キムラさんは死んだって思ってたんですけど、生きてて良かったです!宿泊は延長しますか?」
忘れてた……そういやそんな騒ぎもあったっけ……なんかスゲー長い一日だったな。
「あぁ、うん。なんか色々誇張されてるみたいだけど、俺は元気だよ。延長もお願いするよ。10日でね」
そう言って金貨5枚を手渡す。
一応明日まで部屋をとっていたが、丁度良いので今手続きをした。
ルピナスにお小遣い沢山貰ってて良かったぁ。着てる服とか武器まで準備してくれて……
アレ?なんか俺、ヒモみたいだな……
湧き上がった悲しい考えを振り払いながら、お嬢ちゃんに尋ねる。
「まだ食事できるよね?昼、食べ損なってペコペコなんだよ」
「はい、大丈夫ですよ。メニューは、まぁ……昨日とほとんど同じですけど……」
それを聞いて部屋へ戻るより先に食堂へと向かう。
昨日と同じ隅のカウンターに座り、昨日とほとんど同じメニューを平らげた。
オークが増えて肉の値段も下がっているって串屋のおやじが言ってたし、しばらくオーク肉が続くのかもなぁ。
周囲の会話に耳を傾ける。
組合の騒ぎの話でもちきりだった。惨劇に居合わせた荒くれ者が居るようで、得意げに一部始終を周りに語って聞かせている。‘’あのカメムシ野郎、腸が腐ってるんじゃねぇか?‘’とのステキな言い草に噴き出してしまった。
有益な情報は、今日もなさそうなので大人しく部屋に戻った。
風呂に湯を張る。
昨日、湯を出すのに1時間近く掛かったのは、1時間かけて、やっと必要量の魔力が溜まった、と言う事だったんだな。
部屋の灯りが直ぐに点いたのは、必要魔力が少ない為か。
婆ちゃんに貰った指輪のお蔭で、今日は30分程で湯が出始めた。
これ、普通の人はちょっと触っただけで湯が出るんだよなぁ……まだまだ先は長そうだ。
湯船に浸かり、大きく息を吐く。
今日は戦闘をしなかったな。明日おっさんに稽古をつけて貰おう。
あぁ婆ちゃんにもクッキーと茶葉を買わないとな。
明日は朝一でルピナスに作物の収穫量が減っている事を報告して、その足で北区の……なんだったかな?紅茶屋さん。パンデモニウムだっけ?に行って目的のブツを購入。
んで、おっさんと稽古かな。おっさんが忙しそうだったら森でゴブ退治って感じで行こうか
風呂に入る前に洗った、今日着ていた服や下着を手に取る。
もう乾いてる。凄いな、ルピナスの世界は。
まず、汚れが付着しない。汚れたとしても水で軽く流せる。洗っても数分もしない内に乾いてしまう。干す必要がないお蔭で洗濯が楽ちんだ。
風呂から上がり、ベッドで横になると直ぐに眠くなってきた。
こっちに来て随分と健康的な生活をしていなぁ、なんて考えている内に眠ってしまった様だった。
8時の鐘で目覚める。
耳元で鳴ってる感じがするので、目覚まし時計要らずだ。
準備を整えて教会へ向かう。
おーいルピナス、おはよう、俺だ。ちょっと気になる噂を仕入れてきたぞ。
『何ですかコレ!変な声が聞こえてきたですよ!神様ですか?』
あれ?お前、失礼なポーか?ルピナスは?
『あ!もしかしてカブトムシさんですか?ルピナス様を呼び捨てにするなんて、ホント失礼なカブトムシさんですね。
ルピナス様は今日はお休みですよ。お友達とカフェ巡りをするって張り切ってました。
そういえば、カブトムシさんから連絡があったら内容を聞いておけと言われてました。遺言はなんですか?』
まだ死ぬ気はねぇよ。ホント失礼なポーは失礼だな。
あのな、なんかミネルバトンの各地で作物の収穫量が年々下がってるんだってさ。
食糧難で戦争を吹っ掛ける国も出てきそうだって話だ。
今はまだ、これが原因かどうかは判らないけど、ちょっと気になったんで報告を、と思ったんだ。
以上だ。ちゃんとメモったか?
『ちょっと待ってください。えーっと、まだ死ぬ気はねぇよ。ホント失礼な……』
どうだ?ちゃんとメモできたか?
『当然です。私にかかればメモぐらい簡単にできます』
あぁ……そうか。ご苦労。んじゃまた連絡するわ。お前が居らん時に。
『えぇー私今すっごく暇なんですよ。もうちょっと相手してくださいよぅ』
仕事しろよ!んじゃな
話を無理やり終わらせて立ち上がる。
今日は銅貨でいいや。銅貨1枚を入れて教会を出た。
紅茶屋を探して北区の貴族街を歩いているのだが……今、目の前にスパティフィラムという店が有る。
こんな名前だったかな?パラスアテネとかそんな感じだったと思うんだが……とりあえず入店するか。
お上品な店で、ひょっとしたら俺は場違いかも、と少し弱気になりながら、見覚えのある茶葉とクッキーがあったので手に取る。クッキーを少し多めに買う事にした。昨日一人で全部食ってしまったからな。
金貨8枚だった。
こりゃルピナスに怒られるな……
トボトボと広場に戻ると、昨日串焼きを買った屋台のおやじと目が合った。
「おう、兄ちゃん生きていたのか。昨日組合に兄ちゃんが入ったあと、あの騒ぎだろ?絶対兄ちゃんは死んだと思ってたぜ、生きてて良かったな!今日も買うだろ?何本だ?」
アンスラックスのお嬢ちゃんといい、このオヤジといい、ひょっとして俺はカモにされているのだろうか……
「ああ、うん。見ての通り俺は無事だよ。今日は2本貰おうかな」
「あいよ。しかし物騒だよなぁ。今回は無事だったようだが、これからも気を付けろよ。はいよ、銅6だ」
昨日と同じベンチに座り、肉串に噛り付く。相変わらず超美味い。
それにしてもオークばっかり食ってるな。美味いから良いんだが。
2本ともしっかり味わって、組合事務所に入る。
事務所内、昨日の惨劇の痕は全て拭い去られ、通常営業となっている様だ。
軽食コーナーにいる荒くれ者もいつも通りに荒くれている。と思われる、何せ俺は昨日初めてここに来たからな。荒くれ者の荒くれ具合など知らん。
受付を見ると、ショートカットの美人受付嬢ちゃんと目が合った。
ちょうど対応していた荒くれ者がどっか行ったので、近づく。
にっこり微笑み、頬にえくぼが浮かぶ。
「おはようございます、キムラさん。本日の御用はなんでしょう?」
おお、吾輩の名を!
「おはようございます。おっさん、じゃなかった、えーと組合長とちょっと話があるのですが……」
少々お待ちくださいと、離席中のプレートを置いて2階へいく受付嬢ちゃん。
ぼんやりと室内を見回すと、見知った人物が依頼書の貼られた掲示板の前に立っていた。
近づくとキリークが気配を感じたのか振り向いた。
「やぁおはよう、キリークさん」
「ああ、キムラだったな。依頼か?」
改めて並ぶとキリークはデカい。2mはあるな。ヒトの姿にケモミミや尻尾がある獣人ではなく、ガッツリと狼が立ち上がった様な姿をしていて、見るからに強そうだ。
腰の左右にショートソードを装備している。二刀流か……カッコ良いな。
「いえ、組合長に稽古をつけて貰おうと思って、今呼んで貰ってるところです」
「ほう?組合長が……それは珍しいな。奴は元上級上位の凄腕だ。しっかり学ぶと良い。ではな、私は行く」
そう言うと依頼書を1枚剥がし、カウンターへ歩いて行った。
ちらっと見えた内容はオーク退治だった。
「おう、キムラ、さっそくやるか」
おっさんがやって来た。チラッとカウンターを見ると受付嬢ちゃんがこっちを見ていたので、呼んできてくれてありがとうの思いを込めえて、軽く会釈をする。
「ええ、お願いします。そういや、昨日婆ちゃんに色々お世話になって――――」
雑談しながら訓練所へと向かう。
俺が婆ちゃんにクッキー買って来いと言われたことに、おっさんは非常に驚いていた。
誰かに何かを頼むという事を絶対にしない人だと思っていたそうだ。
気に入られたな、とニヤニヤしながら言われた。
「言い忘れていたが、金貨1枚貰うぞ?一応規定通りだから文句言うなよ」
構わないと頷く。
訓練場には誰も居なかった。
ちょっとした運動場の様な広さで野球ができそうだ。
壁際に使い古した鎧が棒で支えられて何体も立てられている。
おお!なんかイメージ通りって感じだ。いっちょ頑張って強くなろう。
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