第10話 猛進鍛錬歌

 おっさんと二人並んで柔軟を行う。


「そういや武器は?木刀とかあるの?」


 おっさんが忘れてたって顔をする。


「ああ、別に真剣でも良いんだが……そういやお前のその剣、ルピナス様から授かったと言っていたな。ちょっ、ちょっと見せてもらえないか?」


 ん?良いよと気軽に風切丸を鞘から抜き、おっさんに手渡す。


「お……おお!凄いな。なんと見事な……風切丸って言ったか?これ多分国宝の剣なんかより、数段上だぞ」


 そう言って軽く一振りするおっさん。


 真空の刃が飛び、遠くの鎧を2つ3つ両断したうえ、壁に切れ目が入る。


「なんだこれ!」

「なんだそれ!」


 おっさんは恐るべき刀の性能に驚きの声を、俺は知らない効果が備わっていた事に驚きの声を、同時にあげた。


「おい!これ!どうなって……あ!壁が!やべぇ……予算もう無いぞ……」


 亀裂の入った壁を見て顔を青くするおっさん。


「いやぁすげえな。ちゃんとした振り方をしたら、あんな効果が出るんだなぁ。大したもんだ。

そういやルピナスが風を斬るって言ってたわ。これかぁ」


 げんなりしながら刀を返してくれる。


「お前!そんな大事な事、最初に言っとけよ!それにな、お前は軽く考えてる様だが、女神さまから授かった神器だぞ!

勇者とか英雄とかが扱う伝説の武器だぞ!その辺しっかりと理解してそれ相応の扱いをしろよ!

その革鎧もだろ?頼むぞ!ホント」


「鎧どころか、普段着てる服やらパンツまでルピナスに貰ったんだが……あと水筒とかカバンとかも」


 目を剥いて絶句するおっさん。


「か、かばんってアレ?」


 壁際に雑に置いてある俺のカバンを震えながら指さす。


「そうそう、あれ。なんかルピナスの親父さんが使ってた奴らしいわ」


「お……おまえ……そんな凄まじい物を床に……お前!カバンは常に携帯しておけ!訓練中も肌身離すな!いいな!絶対だぞ!」


「分かった!分ったって!言われなくたって大事にするともさ」


 そう言っていそいそとカバンを拾い上げ、たすき掛けにする。


「なんかもうすげぇ疲れたが、ちょっと木剣とってくるわ。待ってろ」


 ガックリと肩を落として木剣を取りに行く、おっさんのしょぼくれた後姿を見ながら、ルピナスに対する認識の違いに驚いていた。

PASSING WINDでルピナスにアレを……って話をしたら殺されるな。気を付けよう。


 まぁ確かにルピナスとの距離が近いせいで、俺の対応はちょっと軽く見えるのかも知れない。そんなつもりは全く無いのだが……

この世界の人々にとっては創造の女神な訳だし、その点はしっかり心に留めておこう。


 おっさんが木剣と木刀を持って戻って来た。


「ほれ、ちょっと構えてみろ」


 木刀を渡されたので、中段に構える。

その後も、ああしろ、こうしろと言われるままに木刀を振り回す。


「ふーむ。キムラよ、お前ほんとにチグハグだな。基礎はしっかりしている様だが、身体が付いて来ないって感じがする。普通は基礎を覚えていく過程で、身体もそれ相応に動くようになって行くもんだが……」


 俺はルピナスに武器の扱い方等の知識のみを頭に叩き込まれ、実践の経験が無い事を話した。


「あーなるほど、身体が出来てないんだわ。そりゃ時間をかけて、動き方を身体と頭に叩き込んでいくしかないぞ」


「婆ちゃんにも同じような事言われたよ。魔法を放出する器官が育っていないとかなんとか」


 さもありなんと言った顔で頷くおっさん。


「まぁ、魔法と違って、戦闘は力押し出来るからな。実際、今の俺と戦っても良い勝負はすると思うぞ。例の能力を使われたら勝ち目はねぇけどな。


 とりあえず、基本は問題ないから、実戦形式の訓練が一番だ。

って事で、掛かって来い。殺す気で、全力で来い」







 俺は大の字になって訓練場の天井をぼんやり見ている。

呼吸も荒く、もう、なにもしたくない。


「中々頑張ったな。しかし頑丈な身体だな。羨ましくなるぞ。

だが、過信はするなよ。お前の防御力以上の攻撃をしてくる奴は、絶対に居るからな」


 そう、何度おっさんに木剣を叩きつけられても、全く痛くなかった。

初遭遇した時のゴブリンと同じように、痛くは無いが、体勢は崩れるので訓練としては得るモノは沢山あった。


 途中から急所をあからさまに狙ってくるようになったのには辟易したが。


「とりあえず、今日はこんなところだ。昼もだいぶ過ぎてしまったしな。お疲れ」


 俺はゆっくりと立ち上がり、頭を下げる。


「ありがとうございました。またお願いします」


「おう、あぁ明日はちょっと無理だ、次は明後日来い。

明日はゴブリンでも相手しておけ。能力はなるべく使わず、剣と体捌きで相手するんだぞ。

指導料の支払いはカウンターでな。んじゃまたな」


 カバンから水筒を取り出し、豪快に喉を潤す。

はぁ……疲れた。けど、面白かったな。次は明後日か……


 俺はカウンターで支払いを済ませ、広場に出た。


 既にお馴染みとなったベンチに座り、空を見上げ今後の予定を立てる。


 どうするかな……流石に今から森は嫌だな。

武器屋とか行ってみようか、折角色んな武器の知識が有るんだし、刀以外も欲しい。


 他には……あ、魔法の練習もしないと。

そういえば、婆ちゃんにお茶とクッキーを買ったんだった。昨日の話もなんか中途半端だったし、今から行くか。




 うえぇ……吐きそう……


 婆ちゃんの館に向かう途中、帰りがまた遅くなることに思い当たり、移動時間短縮のため走る事にした。

おっさんにも身体を沢山動かせと言われていたので、丁度良いと思った俺はどうかしていた。


 ヘトヘトになりながら小道を行き、館に到着。

走ったお蔭で、昨日より遅い出発だったのだが、昨日より早い到着となった。


 ノックすると扉が開き、昨日の婆ちゃんが行っていた謎儀式の部屋にまた招かれる。


「なんだい、また来たのかい?使徒様は案外暇してるんだね」


「そう邪険にしないでよ、魔法見てもらいたくてさ。あと今日はちゃんと茶葉とクッキーを買ってきたぜ、スパゲティソースで」


 今日は練る練るせずに、なんか調べ物をしていた様だ。資料や本が散乱している。


「スパゲティ?クッキーがあるならお茶の準備をしておくれ。昨日の場所で。

こっちももうすぐ一段落するからね」


 なんかお手伝いさんの様な扱いになってる……そう思いながらお茶の準備をする為に退出する。

そういやミニスカメイドは居ないのだろうか。



「あぁ、これだよ。やっぱり美味いねぇ。高価かったろうに、随分買って来たんだねぇ。有難くいただくよ」


 そんな嬉しそうな顔をされると、金貨8枚の文句が言えなくなってしまうな……


「あぁ、また買って来るよ。他にも色々種類あったけど、それでいいの?」


「おや、そうなのかい?以前行ったのはいつだったか……そうか品数が増えてるのか。

それなら、あんたが美味しそうだと思った奴を次は買ってきなよ」


 そうするよ、と答えて暫く静かにお茶の時間を二人で楽しむ。

もっと安くて美味い奴を探そう。そんな事を考えながら。


「それで?魔法見てくれって言われても、今のあんたの魔法に助言なんてしようがないんだよ。

イメージは問題なく出来ているから、あんたの魔法の放出量が増えれば、それだけで超一流になれる。

とにかく今は魔法を、暇が有っても無くても使う事だよ」


「それなら婆ちゃんの魔法を見せてくれない?聞けばこの国一番の――――」


「なに言ってるんだい、失礼な。世界で一番だよ、あたしは」


 得意気な婆ちゃん。


「なら尚更見てみたいな。婆ちゃんの魔法を。絶対色々参考になるだろうし、頼むよ」


「そうかい?それならちょっと格の違いを見せてあげようかね」


 そう言ってクッキーを頬張る。ふにゃっとなる婆さん。

それを見て俺も食いたくなってきたので、今日は全部婆ちゃんに、と思っていたが1枚手に取る。


 サックリとした歯応えが心地よく、練り込まれたバターの芳香が口に広がり、幸せな気分になる。さっきの婆ちゃんの表情も頷ける。


「あれ?昨日と同じ奴だと思ったけど、全然違うじゃん」


「ああ、そうだねぇ。昨日の奴はいつ買ったのか覚えて無い奴だったからねぇ。

一応保存の魔法を掛けていたんだけどね。あの魔法期限があったのか……」


 なんだと?


「そんな怪しい奴を俺は昨日ボリボリ食ったのか!そうだ、歯応えもボリボリしてた!」


 ハッハッハと笑う婆ちゃん。


「それを全部食べたんだ。美味かったんだろう?それで良いじゃないか」


 く……確かに昨日の奴は昨日の奴で美味かった。だが……なんかすごく悔しい。


 ニコニコと楽しそうな婆ちゃんを見て、まあ良いかと、そう思った。





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