第8話 魔女と僕
扉が開いたのだ、当然太もものむっちりしたミニスカメイドが開けてくれたのだと、思ったのだが……そこには誰も居なかった。
中を覗き込むと、大きなエントランスになっており、最初に目につくのは奥に設置されている大きな二股の階段。
途中から合流し2階へと続いている。その階段の二股部分の中央に扉が1枚。
部屋の左右にも大きな両開きの扉があり、その先には大きな部屋がそれぞれ有りそうだ。
床には年季でくすんだ真っ赤な絨毯、天井には豪華なシャンデリアが吊り下げられている。
もう!ここってバイオなハザードが起きている洋館そっくりじゃないか!
エントランスの中央まで進み、ゾンビはおならをするのかについて考えを巡らせていると――――
ガチャっと階段の中央にあった扉が、また勝手に開いてビクッとした。
『その扉から入りな。突き当りの部屋だよ』
お婆ちゃんの声がどこからか響いた。
俺は一切の希望を捨てて扉をくぐり、細い通路を抜けて突き当りの部屋へと向かった。
「失礼します」
「あぁ、随分と早く来たもんだね。ちょっと待ってな」
部屋に入ると、でっかい鍋に何か入れて練る練るしている婆さんが居た。
作っているのがお菓子ならステキなのに、なんかドロッとしてて気持ち悪い。
あれを飲まされると知ったら泣く子も黙るだろう。いや、黙ってる子も泣くだろうな。
謎の儀式をしている婆さんの後姿を見る。
150cm位か、結構小柄だ。あのレベルになると年の頃はさっぱり分からないが、テキパキと動き回る様子を見るにお元気なようだ。背筋もピンと伸びている。
しばらく黙って婆さんの作業を見ていると――――
「ふん、まぁこんなもんか」
そう言って振り返る。
数十年前なら美人だと言われたのだろうな。そう思う程綺麗な顔した婆さんだった。
そんな婆さんが嘗め回す様に俺を観察している。
「ふーん、大したもんだ。魔力量は、あたしよりも遥かに多いね。あんた名前は?」
「木村です。木村雄二」
「ユーコミスだ。可愛い名前だろう?しっかり覚えときな。よし、キムラ、付いておいで」
そう言って、こちらが何かを言う間もなく、スタスタと歩いて出て行く。
連れていかれた場所は中庭だった。
中庭は明るく、春を思わせる様な、ほんわかとした空気で、とてもこの館の外観からは想像できないほどにステキな場所だった。
「さてキムラ、あんた魔法が使えないんだって?ちょっとやって見せな。あそこの的に向かって、そうさね、とりあえず火の魔法だ」
この世界、呪文はイメージを補助する様なもので、イメージさえしっかり出来ればとくに必要はない。
俺は漫画やアニメ等のお蔭で、イメージは完璧に出来ている。と思っていた。
火水土風と、結局基本属性の全ての魔法をやらされたが、全部ダメだった。
「こんな感じで発動しないのです。イメージはしっかり出来ていると思っているのですが……」
しょんぼりして婆さんを見ると、アゴに手を当てて考え込んでいる。
なんか難しい状態なんだろうか……
「キムラ、あんた勘違いしてるよ。あんたの魔法、ちゃんと発動してるよ。
それぞれの属性の特徴を上手く礫にして撃ち出している。見事なもんだ、ちょっと驚いたよ。
その辺の魔法使い気取りの無能共に比べたら、よっぽど優秀だ」
褒められたのは素直に嬉しいが、言っている意味が分からない。発動してないじゃん……
「ふん、意味が解らんって顔してるね。
発動してない様に見えるのは、あんたの魔力を放出する器官が全く育ってないのさ。
発動した瞬間、効果を及ぼす為に必要な魔力が少なすぎて霧散しているから、失敗している様に見えるんだよ。
あんたでも解るように説明するとだ、魔力を放出する穴があるとするだろ?
普通は、物心ついた頃から何度も魔法を使って、その穴を少しずつ大きくしていくのさ。
最初は針の穴程度の大きさでも、使うにつれて広がっていく。
何年もかけて広げていくのさ。まぁ個人でその穴の最大値は決まっているがね。
あんたはその穴が全く育っていない。まるで、その歳で1度も魔法を使った事がないみたいだ。
つい最近生まれたばかりの様なあんたは一体……何者だい?」
物凄く興味深そうに、しかし鋭く厳しい目を俺に向けるお婆ちゃん。
はぁ……今日はこんな事ばっかりだ……
「なるほど、ルピナス様にねぇ……」
結局全て話した。まぁおっさんにも話した事だし今更だ。
「で、婆ちゃんもなんか心当たりある?組合のおっさんは作物の収穫量が落ちてきてるって言ってたけど、どう思う?」
「ルピナス様の気掛かりか……あたしは見ての通りここに引っ込んでるからねぇ。
サンザシの坊主がそう言ったのならそうなんだろうよ。まぁなんか思い当たったら伝えてやるさね」
そう言ってティーカップに口を付ける。
今は中庭から場所を移して、談話室でお茶をしている。
高そうな茶葉を使った、滑らかな味のする美味い紅茶だ。
何故かゲストである俺がお茶の準備をさせられた。
「それで、結局俺がまともに魔法を使えるようになるには、時間を掛けるしかないって事?」
茶菓子のクッキーを一口で頬張り、ボリボリと食らう婆ちゃん。
「そうさね。毎日毎日魔法を使い続けて、ちょっとずつ穴を広げていくしかないね。
まぁ……他の方法も有るといえば、有るんだけども、あんたにゃ無理だ。諦めな。ああ、そうだ」
何か思いついた婆ちゃんが部屋から出て行く。
手持無沙汰になった俺は、クッキーを食う。ボリボリと食う。美味いなこれ。ボリボリ食う。
「あ……やばい」
気付いたら最後の1枚になっている。とりあえずそれもボリボリと食べた。
全部食ってしまった。しかもこのクッキー、婆ちゃんが結構嬉しそうに食っていたから、多分好物だ。
追加分あったかな?と先程お茶の準備をさせられたサイドテーブルに目を向けた時に、婆ちゃんが戻ってきた。
「有ったよ、こんなもの使う事は無いと思ってたけど、捨てなくて……あぁ!あんた!全部食ったのかい!ばばあの好物を……酷い事するねぇ」
「ご、ごめん、昼食ってなくてさ。ついカッとなってむしゃむしゃした。全部食べる気はなかった。今は悪いと思っている」
「全く……だいだい教えを受けようってのに、手土産一つ持ってこないとはどういう了見だい。
今度来る時はこのクッキーを買ってきな。北区にスパティフィラムって紅茶の店が、たぶんまだ有るから、そこで茶葉とこのクッキーをね。んで、ほら、コレ」
ちょっとプリプリしながら、リング状の物をくれた。指輪か?サイズがでかすぎるが……
そう思いながら右手の人差し指を通すと、ヒュっとサイズが縮み、ピッタリと指にフィットした。
「うお!びっくりした。なに?この指輪」
驚く俺が面白かったのか、目じりを下げながら説明してくれる。
「そいつは魔法の発動を補助する子供向けの魔道具さ。発動が目に見える分、練習するにはもってこいだよ。魔法の威力は屁みたいなもんだけどね。ちょっと火魔法でも使ってみな」
そう言われて、火魔法をイメージする。とある大魔王が使った火の鳥の様な魔法だ。
行けと念じ魔法を発動させる。
マッチの炎の様な小さな火が、ふらふら~と1mほど飛んで消えた。
「今のはメラではない。メラゾーマだ!」
テンションが上がってつい叫んでしまった。
やった!魔法が!ついに!すげーぞ!魔法を!俺が!
「なんか嬉しそうだね。あんなしょぼい威力なのに……妙な事を口走るし、ルピナス様はなんでこんなのを選んだのか……」
「いやいやいや、言ったろ?俺は魔法の無い世界で生きていたんだ。
魔法なんて想像の産物だったんだよ。それを使うことが出来たんだ。そりゃ嬉しいさ。ちょっと喜びの舞を披露するよ」
敦盛でも披露しようと立ち上がる。
「いいよ、鬱陶しい。それにしても、あんなに魔力があるのに、その程度の威力とは、勿体ないねぇ……」
溜め息をつく婆ちゃん。確かに、そうだなぁ。俺だって一面を氷漬けにしたり、周囲を更地にしたり、月を吹き飛ばしたりしてみたい。
「仕方ないとは思うけど、確かに宝の持ち腐れって奴だよね。なんか別の使い方ってないかな?」
「はぁ?別の使い方って、魔力は魔法に使うもんだろ」
「いやぁ、具体的にどうって考えや発想が有る訳じゃないんだけど、魔道具とかさ、魔力で動く訳じゃん?それは魔法とは違う訳で、でも魔力を使う。
うーん、なんか上手く説明できないけど、魔法にしか魔力は使えない訳じゃないと思うんだよね」
考え込むお婆ちゃん。
「ふむ……そう言われれば魔道具は……だけど……いや……」
なんかブツブツ呟きだした。どうしよう、余計な事を言ったのかしら。
「あー、もう今日は帰んな。一応魔法は使えるようになったんだ。満足したろう?
そうだ、授業料、金貨5枚だよ。さっさと払って、さっさと帰んな。茶葉とクッキー忘れるんじゃないよ!」
追い出された。
鬱蒼とした木々に囲まれた屋敷を見上げて、深く溜息を吐いてから帰路に就いた。
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