第7話 おっさんソング
「なぜ、そう思ったのか根拠を訊いても?」
組合長は確信している様だ。今後の為にも知りたい。
「根拠ね……とにかくお前、チグハグなんだよ。見事な装備、信じられねぇ程の業物を所持しているのに、戦闘訓練がしたい。
すげぇ魔力を持ってるのに、その歳で魔法が使えねぇ。
この街に来るまで、他にも登録するチャンスは有っただろうに、何故ここで登録をするのか。
金も持ってるよな?アルバトロスは、常宿にするには金が結構掛かる。
まぁこれだけじゃ、根拠は薄い。妙な奴だな、で話は終わる。
他にも似たような奴は居るかも知れねぇしな」
そこまで話して、おっさんは、淹れっぱなしで机に放置されていたお茶を口に含み、のどを潤す。
「シラーに絡まれた時だ。お前、アイツの事全く相手にしていなかったろう?
アイツはアレでも中級だ。相応の覇気も持ってる。普通はビビるか、警戒する。
だがお前、ただ面倒だと思っただけだったろう?戦闘訓練を受けたい奴の対応じゃねぇ。
俺はな、今まで2人の覚醒者に会ったことが有る。
2人ともアホみたいな強さだった。能力の違いはあったが、共通点があった。
上手く言えねぇが、気配って言うか、雰囲気と言うか、纏う空気って言うのか?とにかく、能力を使うとき、そいつら、なんか変わるんだよ。
それを、シラーが屁をぶちかます前に、お前からも感じた。だから覚醒者だと思った。
能力でシラー程度、どうとでも出来るって思ったんじゃないか?
経験からの直感だが、間違ってねぇと思ってる。どうだ?」
なるほどなぁ。一つ二つの言い訳ならできそうだけど、全部誤魔化すのは無理だなぁ。
いや、そもそも正体隠せってルピナスにも言われてないし、おっさんに話して、協力者となってもらった方が楽なのでは?地位や立場は結構良さそうだし情報も集まるだろう。
でも能力がおならです、おならの覚醒者ですって言うのはちょっと恥ずかしいなぁ……手の内を隠すって言い訳で、適当に誤魔化そう。
「ええ、おっしゃる通り私の能力は覚醒してます。詳しくは伏せますが、風系統で、主にガスを操るって感じです。
シラー君でしたっけ?彼にはおならに見立てて技を使用しました。
恥をかいたら、さっさとあの場から去るだろうと思ったのですが……
まだ、覚醒して間が無いので、加減を間違えてしまい、大惨事に……申し訳ない」
感心した顔で俺を見るおっさん。
やめてくれ、おならなんだ。すげぇ人を見る様な目で俺を見ないで!
「なるほどなぁ、風属性か。火水土風の4つは基本だが強いからなぁ……ガスってのは、あれか?毒の息とか石化ブレスとか魔物が使ってくる奴と似たようなやつか?」
「あー……そうですね、まだそこまで強力ではないですが……使えるようになるとカッコ良いですねぇ」
おならなんだ。多分無理。
「ちょっと使ってみてくれよ。危なくない奴があるなら」
お前、この密室で屁がしたいだと?
キラキラした目で俺を見るおっさん。ええい、ままよ。
PASSING WIND
俺は呟き、ミキサーを呼び出す。
臭いは当然ゼロに、音だけで良いか?いや、音だけじゃ弱いな。メロディーでも良いのだが……喋らせるか。
よし、セリフは……今回はランダムで……良し。
へぇボタンを押す。
『大人の男だけ』
おっさんの尻が渋い声でしゃべりだす。
「うわぁ!」
驚いたおっさんが座ったまま飛び上がり、バランスを崩してそのまま後ろに椅子ごと倒れる。
ゴンという鈍い音が響いた。頭打ったみたいだ……やべぇ死んだか?
ふらふらと頭を押さえながら立ち上がるおっさん。すまん。
「なんだ今のは!屁がしゃべったぞ!俺の屁が!こんな事も出来るのか!すげぇな!覚醒者ってのは!まだ若いのによ、大したもんだ!」
やめてくれ、俺は褒められ慣れていないんだ。
「すみません、頭大丈夫です?」
「お、おう。痛かったが大丈夫だ。それにしてもすげぇな。こんなに度肝を抜かれたのは初めてだぜ」
今度は臭くねぇんだな、とか呟きながら椅子を戻すおっさん。
俺はおっさんに纏わりついている黒いモヤを、臭いは無いが不快なので部屋の隅に移し、消えるまで待機させた。
「それで、この際ですから全てぶっちゃけるとですね――――」
おっさんが落ち着いたのを見計らって、俺はここにルピナスの抱いた違和感の調査に来たことを順序立てて話した。
「と言った感じで、アイツの違和感に関する情報収集に協力してもらいたいのです。
おっさ……組合長なら私には入らない情報もあるでしょうし、どうでしょう?」
昼行燈の様な、おちゃらけた雰囲気を終始纏っていた組合長の顔が、俺の話を聞くにつれ引き締まっていく。
あぁ、こっちが本来の顔なんだな。
「使徒様でしたか。知らぬ事とはいえ、数々の無礼ご容赦願います。
申し遅れました、私、サンザシと申します。今後は使徒様の命、万難を排して――――」
「待った、ちょっと待って、いきなりそんな畏まられても困ります。
確かにルピナスに頼まれましたが、俺は普通の人間ですよ?今まで通りでお願いしますよ」
年長者に必要以上に畏まった態度をとられると心が痛くなる。
「そ、そうか?なら、お前ももっと普段通り話してくれ。ルピナス様を呼び捨てたり、アイツ呼ばわりできるお方に、丁寧に接せられるとやり難い」
お互い嫌な思いをしながら気を遣う事は無い、と言う事で仕切り直すことにした。
机の上に広げられた地図を、おっさんと頭を突き合わせるようにして見ている。
記憶を頼りに、ルピナスが記した場所に丸をつけ、おっさんに見てもらっているところだ。
ルピナスと同じような作業をした時は、柑橘系の良い香りがしたのに、今はおっさんの加齢臭がする。
「どう?なんか心当たりある?
アイツは、よくわからんが何か変、みたいな言い方だったから、大規模な異変ではないと思うんだけど、これらの地域に共通した事って何かない?」
「そうだな……この丸の地域に限った事じゃないが、作物の収穫量が下がってきている。10年位前から徐々にな。ひょっとしたらもっと前からかも知れんが……
ここらも、今はまだ良いが、今後の事で偉い奴らは頭を悩ませているところだ。
あまり遠くの国に関しては判らんが、ここエジシルネールは現在結構な食糧難で、近々周辺国に攻めるんじゃないか?なんて言われているな」
エジプト辺りを示すおっさん。
エジプト、ここではエジシルネールか。そこは確か、ちょっと気になると言って、小さい丸をつけたところだったな。
うーん、食糧難か……作物の収穫量が落ちているって事は、土地の栄養が……って奴かな。連作障害とか?でも、この世界、結構発展しているんだよなぁ……農家の皆さんがそんな初歩的なミスをするかな?
まぁこれはちょっとルピナスに報告しよう。このあと教会にもう一度行こうか。
おっさんと二人でうーんと頭を捻っていると、ノックの音がした。
入れと言うおっさん、ちょっと偉い人っぽくみえた。
失礼しますと入ってきたのは、大惨事の時、俺が助け起こした受付のお嬢さんだった。
改めて見ると、ショートカットで小動物系の可愛らしいお顔の、メリハリのあるステキボディの娘さんだ。
俺を見て微笑む。えくぼの浮かぶ可憐な笑顔だった。
もしや、彼女がぼくの魔女先生なのでは?授業中はメガネをかけてもらおう。
そして手取り足取り――――
「どうだった?」
「はい、先方は、‘’今暇なんで話を聞くくらいはしてやっても良い。‘’との事でした」
「おお!そうか。わかった。ご苦労だったな」
一礼して出て行く魔女先生。なんの話だったのだろうか。
「おい!キムラ!今すぐココへ行け。大至急だ、走っていけ!」
そういって地図の書いたメモを渡される。広場を南に、随分と街の外れの方へ行くみたいだ。
俺の、何で?という顔を見て、おっさんが慌てて説明する。
「魔法だ。心当たりがあるって言ったろ?そいつに教えを乞え。
この国一番の魔法使いだ。
ただ、かなりのへそ曲がりでな、奴の気が変わったら会ってもくれなくなるぞ。
今、話を聞くって言ってたらしいから、今から行け、急げ!」
組合事務所を追い出されて、地図を頼りに土を固めて舗装された通路を、気持ち速足でテクテク歩く。
この辺は住宅街になっており、市もこの周辺の広場で開催されている様だ。
畑や果樹園等もここ、南区にあるのでかなり広い区画となっている。
その外れまで行かねばならない。
もう、あの受付嬢ちゃんにご教授して貰いたいのになぁ……魔法が使える様になった暁にはステキなご褒美を……
正直、そんな楽しい妄想をしないとやってられないぐらいの距離だった。
これは馬車とかを利用するのが普通だったのでは?
あの受付嬢ちゃんも徒歩で往復していたら、もっと憎しみを込めた目でおっさんを見ていたはずだ。
なんで徒歩で来たんだ俺は……おっさんが走れと言ったからだ。おっさんが悪い。
やはり屁で瞬間移動する方法を……
益体も無い事を考えながらひたすら歩いていると、やっと!やっと最後の目印が見えてきた。
畑はここまで、こっから先は私有地。許可なく入ったらヤバいよ。的な事の書かれた立て札だ。
進む先は森の様に鬱蒼とした木々が生えており、獣道の様な細い通路を進む。
度胸試し以外では入らない様な場所に、沢山のツタが絡んだ大きな洋館が建っていた。
見るからに不吉な雰囲気が漂っている。
玄関に立ち、ドアノッカーに手をかけ、覚悟を決めて打ち付ける。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴンと思いの外大きな音が鳴った。
暫くすると、ギギギギと建付けの悪そうな軋む音を響かせて、ゆっくりと扉が開いた。
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