第6話 失敗がいっぱい

 冒険者組合、荒くれ者の巣窟で、内部は荒れ放題って感じを想像していたが……


 内部は結構広く、入って右手側にカウンターがあり、4人の受付嬢とゴツイおっさんが1人座っている。

奥には机が並べられており、何人か座って書類仕事をしている様だ。隅には2階への階段もある。


 部屋の左側を見ると、軽食コーナーになっており、荒くれ者どもが談笑している。この時間から酒を呑んで出来上がっている荒くれた荒くれ者も居るな。


 部屋の突き当りには両開きの扉が2カ所設置されており、案内板によると、左側の扉が魔物の解体室へ、中央寄りの扉が訓練場へと続くようだ。


 意外と獣人が多く、異世界に来たんだなと改めて実感した。


 受付嬢は全て接客中だったので、暇そうなおっさんのところに行く。

このおっさん、強そうだ。ガタイは良いし、目付きも鋭い。左眼の辺りにうっすらと傷痕もあり、歴戦の戦士っぽい。


「おう、初顔だな。登録か?」


 佩いている風切丸に目を向けながら、おっさんが口を開く。


「ええ、お願いします」


 登録書を取り出したおっさんが、ペンを持つ。


「それじゃあ、名前は?使用武器は?得意な魔法は?――――」


 ギャルゲーの名前入力をしている気分になりながら、一々答えていく。


「魔法なんですが、発動しないんです。誰かに師事したいと――――」


「おい!そこの貧相なお前!私の荷物持ちにしてやる、付いて来い!」


 なんか騒いでいる奴のせいで会話が途切れてしまう。が、構わず続ける。


「師事したいと思っているのですが、ここで紹介とかお願いできます?」


 騒がしい方向に目を向けていたおっさんが、思案顔を浮かべる。


「戦闘訓練なら俺がしてやるんだが……魔法なぁ、一応心当たりは有るが……あんまり期待すんなよ?」


「分かりました。あと戦闘訓練もお願い――――」


「おい!なんで付いて来ない!平民風情が、さっさと来い!愚図が!」


 大事な話をしているのに、うるせぇなと目を向けると、大嫌いなタイプの男が俺を見ていた。

なんと、絡まれていたのは俺だったのか。だが大事な話の最中だったので、おっさんとの会話を続ける。


「是非、戦闘訓練もお願いしたいのですが」


「貴様!この私を誰だと思ってる!お前の様な平民は――――」


 ガシッと肩に置かれた手を払う。


「触るな。それにうるせぇよ。今、大事な話をしてんだよ。あっち行って水でも飲んでろ」


 ワナワナと震えだすバカを改めて見る。

趣味は悪いが、金のかかってそうな装飾が付いた鎧を着ている。

武器はスタンダードなブロードソード。これも趣味は悪いが、金のかかってそうな装飾が施されている。


 顔、言うまでもなく醜悪だ。顔つき自体は整っているのだろうが、ねじ曲がったこの男の本質が滲み出ていて見るに堪えない。


 俺と同い歳くらいか、ちょっと下か……どちらにせよ、この歳になるまで矯正されることも無く生きてきたのか。可哀そうに。爆裂カブトムシで楽にしてやるか?


 見かねたのか、おっさんが仲裁に入る。


「いい加減にしないか!シラー!これ以上問題は起こすなと言ったはずだぞ!」


「うるさい!組合長ごときが、私に口答えをするな!だいたいそこの平民がさっさと――――」


 ‘’PASSING WIND‘’


 俺は小さく呟いた。

お馴染みになったミキサーが出現する。


 音を比較的大きく、臭いは強烈にしてやろう。

ついでにメロディーを奏でさせてやろうか、練習したハトポッポだ。

あ、否、ダメだ。そんな事をしたらコイツがヒーローになってしまい、拍手喝采、大量のおひねりが飛び交いそうだ。


 それにコイツが屁でメロディーを奏でるパイオニアとなってしまう。

俺がかくし芸大会で披露した時、コイツの二番煎じだと思われるのは断固として避けたい。


 よし、デカい音と強烈な臭い。お父さんバージョンで良かろう。


 おっさんとバカの言い争いが途切れた瞬間を見計らい……今だ!


 へぇボタンを押す。


 ぶぅううぅぅうぅぅうううぅううううううぅぅ


 なんと!へぇボタンを押している間、屁が出続ける事に気付いた。


 静寂に包まれる。誰も彼も呆気に取られている様だ。


 もう一回、へぇボタンをチョンと押す。


 ぷりっ

 

 可愛らしい音がした。


 誰かが噴き出したのを皮切りに、爆笑の渦が巻き起った。

皆が笑っている。お日様も笑っている。今日もいい天気だ。


「ち、違うんだ!俺じゃ……俺じゃない!コイツが、そうコイツがやったんだ!俺じゃない!」


 誰かが揶揄からかう。


「お前以外いねーだろ!このカメムシ野郎が!あんな屁、初めて聞いたぞ!」


 皆が口々にカメムシ野郎にヤジを飛ばす。

ちょっと気の毒になってきたので、さっさとどっか行けばいいのに、とカメムシ野郎をみると――――


 あれ?なんかモヤ、すげぇデカいんですけど……


カメムシの背後にどす黒いモヤが、まるで悪魔の様なシルエットを浮かび上がらせている。

やらせはせんぞ!とか言いながら、やけくそに暴れそうな雰囲気。


 受付のお姉さん達に触手を伸ばす悪魔。慌ててそっちはダメと触手を払う。

俺の方に来る触手。イヤ!来ないで!と触手を払う。


 結果的に、部屋全体がモヤに包まれる。


 ヤバイ、もうどうしようもない……


「う……くせぇ!なんだこの臭い、目に来る……毒だ!毒の屁だ!」


 カーニバルが始まった。


 臭い!死ぬ!と皆が苦悶の声で叫ぶ。戻す人も出始め、それを見た人が更に戻す。

皆が脱出口に殺到し、転ぶ人も現れ、怪我人まで……


「慌てず、急いで、ゆっくり出ろ!」


 おっさんも血相を変えて叫んでいる。混乱している様だ。


 阿鼻叫喚、まさに地獄絵図。


 あわわわわわ……やばい……どうしよう……


「キャッ!」


 俺のすぐ近くでお姉さんが転んだ。


「大丈夫ですか、さ、掴まって」


 紳士的に手を貸し、立ち上がらせる。

ハンカチーフで鼻と口を覆った彼女は、受付嬢の一人だった。


「ありがとうございます、私は大丈夫ですから、獣人族の方達に手を貸してあげてください」


 彼女が指差した方を見ると、屈強な獣人の荒くれ者達が、何人も荒くれずに倒れている。

そうか……嗅覚が違うんだな。こりゃ大変だ。


 動ける人間たちで獣人達を運び出す。

俺も一番奥で倒れていた狼?の獣人を抱え起こし、肩を貸して外まで出た。


 広場はテロでもあったかの様な有様だった。

其処彼処そこかしこに屈強な荒くれ者が横たわっており、救護班が走り回っている。


 遠巻きに一般人達が神妙な顔でこちらを伺っている。


「組合で毒を撒いた奴がいたんだって」


 怖い噂が広がっている。


「あ……うぅ……」


 連れ出した獣人が息を吹き返した様だ。水筒を手渡す。

ゴクゴクと勢いよく水を飲む獣人。


「すまん、助かった。あぁ、お前、あのカメムシ野郎に絡まれてた奴か。俺はキリーク、上級だ。今回は借りておく」


「キムラです。よろしく。具合だいぶ良くなった様ですね」


 ああ、と頷くキリーク。世話になった、と水筒を返された。

周りを見ると続々と倒れていた人々が復活し始めている。


 リーンゴーンと鐘が鳴り始める。12時だ。

嘘だろ、まだ昼かよ……なんかすげぇ疲れたのに、まだ昼……


「皆無事か?ちょっと集まれ」


 おっさん改め、組合長が噴水の淵の上に立ち、荒くれ達を呼び寄せた。

俺とキリークも号令に従い近づく。


「災難だったな、皆。

今回の件、がっちりとシラーの家から賠償と見舞金を頂いてやるから、それで手打ちにしろ。


 それからシラーの奴は手配書が回る事になった。

屁の件じゃねぇぞ、あいつ、ここから逃げるのに、その辺に居た商人から馬をぶんどったらしい。しかも商人殴って流血沙汰だ。


 組合の恥さらしを許すな。見かけたら殺さねえようにぶん殴って連れてきてくれ。


 で、今日はもう仕事にならねぇ。休みにする。

今日締め切りの依頼を受けてる奴らは注意しろよ、あとで俺んとこに来い。

最後に、この騒ぎを知らねぇ奴等には、お前らから伝えてやれ。以上だ。なんかあるか?」


 いくつかの質疑応答の後、楽しく解散となった。


 俺はどうするかなぁ……今から森に行くか?

うーん、なんかもう今日はそんな気分じゃなくなったなぁ。

街でぶらりと――――


「おい、キムラだったな。ちょっと来てくれ」


 おっさんに呼ばれた。

え?俺?と見ると、そうだ、付いて来いとアゴで組合事務所へ促された。


渋々付いて行き、雑談をしながら歩く。


「お前、オーレグに来たばっかだろ?宿とかちゃんと決まってるのか?」


「ああ、宿ならあそこの、アンドロメダだったかな憩いの宿を常宿にしようかと」


 ここから宿が見えたので、指差して伝える。


「アルカナストライクだ。泊ってる宿の名前くらいちゃんと覚えとけよ。まぁ良い宿だよな。俺も家に帰れない時はよく世話になってる」


「あぁ、そんな名前でしたっけ。おお!綺麗になってる!」


 建物の中に入ると、教会の方々が聖水を撒きつつ、何か呪文を唱えて床を綺麗に浄化していた。居酒屋の便所みたいだったのに、パチンコ屋のトイレくらいになっている。良い仕事するなぁ。


 教会の責任者っぽい人と二三言葉を交わしていたおっさんが、俺に向けて手招きをした。

カウンターの内側に通されて、階段を上る。


 二階の突き当り、組合長室に通された。


 俺はソファーに座り、おっさんは自分の執務机の席に着いた。


「まずは、これだ。冒険者組合の証明書だ。常に携帯しとけ。だが、無くすなよ、次からは金取るからな」


 キムラ、初級と鉄のタグに刻まれており、革の紐が通されている。

首にかけようかと思ったが、革ひもが切れるかもと思い直しカバンに入れた。


「規定はコレだ。暇なときに目を通しておけ」


 小冊子を投げ渡される。これもカバンに入れた。宿で読もう。


「んでだ……キムラよ。お前さん、覚醒者だろ?シラーに何かしたな?」


 わざわざ呼ばれた時から、嫌な予感はしていた。





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