第4話 意外となんか平気

「お待たせしました。奮発して色々持って来ましたよ」


 使い込んだ感のある革製の肩掛けカバンを手にルピナスが戻ってきた。


「まずは剣、あ、木村さんのところでは刀でしたね」


 カバンから刀がニュロっと出てきて、ギョッとする。

物語ではお馴染みの光景だが、物理法則を無視した状況を目の当たりにすると、ちょっと脳の処理が追いつかない。


 刀を受け取りながら、カバンについて尋ねる。


「そのカバン、噂に聞く無限収納とか時間停止とか付いてるの?」


「流石に無限ではないですが、結構入りますよ。

時間停止機能は高価で……このカバンは父が昔使っていた物です。こっそり持ってきました」


 父の私物って事は、‘’二十‘’の世界の物か……


 準備された物品は、革鎧のセット、着替え等の身の回り品、ポーション各種、保存食等々、至れり尽くせりで、お金も金貨1000枚という大盤振る舞い。彼女の今回の案件への士気の高さが伺える。


「剣より刀の方が木村さんに馴染みがあるかと思って選びました。銘は‘’風切丸‘’といい、風を斬るらしいです。凄いですねぇ。


 持ってきた品々はどれも私の世界‘’ロマンシア‘’製ですから、性能は折り紙付きですよ。

あと、コレが一般的な服装です、ちょっと着替えてみてください」


 その場でパンツ一丁になり、いそいそと着替える。

今更だが、今まで着ていたTシャツ、胸にでっかい日の丸と共に達筆で平常心と書かれている。


 下は緑の芋ジャージに便所サンダルだった。なんだコレ……誓って俺はこんな服、所持していなかった。まさか死に装束だったのだろうか……


 棺桶に入れられた、この装いの俺を想像してげんなりする。

せめて家族葬だったら良いのだが……


 頂いた服は丈夫で動きやすい。続けて上下の鎧と刀も装備。


 刀は1m位で、一般的な刀より少し長いのかな?だが、175cmの俺には丁度良く感じた。

やはり武器を持つとテンションが上がり、孫を見る様な目で俺を見ているルピナスに気付くまで、振り回して楽しんだ。

 

 しかし、イメージに身体がついてこない。

このもどかしさが知識のみの弊害なんだろうな。

素振り等しっかりやろうと心に決めた。


「ありがとう、どれもこれも良い品なのが分るよ。とってもありがとう」


「良かったです。その変なTシャツも含めて、これらの品はカバンに入れて使ってください」


 このTシャツは処分してくれてかまわないのだが……


「それにしても金貨1000枚も良いの?あとレートはどんな感じ?」


 実は金貨1000枚で、パンの耳1個がやっと買える程度だったりしたら困る。

えーっと……と呟きながらタブレットをいじるルピナス。


「日本円に換算すると金貨1枚で壱萬円くらいですね。それから、ミネルバトンのお金の流通量を私が管理しているので、これくらい問題無いですよ。


 そもそも大変な任務をお願いしているのに、お金を稼ぐために余計な事をして死なれては困りますから。


 お望みならまだご用意致しますけど、そんなに要らないでしょ?

あ、無駄遣いしたら殴りますよ」


 アリアハンの王様に聞かせてやりたいくらいに良い事を言う。


「分かってる。ありがとう」


 にっこり笑うルピナスと見つめ合う。

こんなところか……なんだかんだと彼女とのやり取りは楽しかった。

向こうで死んだらまた会えるだろうか……しょぼい死に様だったら呼び出されて怒られるかもな。


 ぷんすかと怒るルピナスが目に浮かぶ。フフフ


「さて……こんなところかな」


「そうですね。こんなところですね」




「じゃあ……行くよ」


「はい、行ってらっしゃいませ。あ、何かあった時の為に、定期的に連絡してくださいね。

長距離を移動する時もお手伝いしますし。

各地に設置されている私の神像に触ってくれたら良いですから、忘れないでください」


 一気にしんみりした空気が霧散してしまう。


「え?連絡取れるの?」


「え?当然でしょう?違和感の正体が木村さんの手に負えない様なモノだったらどうするのです?

それに移動だって、幾つもの国を歩いて移動するつもりですか?いくら時間が有っても足りませんよ。


 私もロマンシアでの生活が有るので、四六時中対応は出来ませんが、その時はポーチュラカに頼みますから」


 最後まで甘い女神さまだった。


「わかった。その日食べた晩飯の量や味まで、しっかりと報告するよ。んじゃ、頼む。ちょっくら違和感の元、探してくるわ」


「はい、ではフラムリアの都、オーレグの付近に送ります。

行ってらっしゃい、木村さん、ど――――」


 ルピナスの可愛らしい声を最後まで聞けないまま、俺の視界が暗転した。

久しぶりの酩酊感に意識をしっかりと保つ。




 肌で空気の質が変わった事を感じ、ゆっくりと目を開ける。


「降臨、満を持し――――」


「グギャアァー!」


「どわぁああぁあ!」


 緑の醜悪な顔の化け物が目の前でこん棒を振り上げている。

ブオンと、PASSING WINDが発動し、ミキサーが俺の目の前に出現して視界を塞ぐ。


「ちょ!じゃまああぁぁ!」


 慌てながらも左腕を咄嗟に掲げ、来るべきこん棒を防ごうとする。


 ゴンという衝撃を受け、たたらを踏み、尻もちをついた。


「だー!ミキサー邪魔!」


 電源ボタンを探す為視線を彷徨わせる。その都度、つまみやフェーダーが動きまくり、こっそりと‘’へぇボタン‘’と名付けたアレが主張し始める。


 今度は逡巡せず押した。


ミキサーが消え、俺は多分ゴブリンだろうと思われる魔物に慌てて視線を向けた。


 ゴブリンの下腹部がアマガエルの様に豪快に膨れて――――


 ブバンと弾けた。


 飛び散る緑の血と肉片が、ベチャベチャベチャと周囲に降り注いだ。


 当然至近距離に居た俺は一番の被害に遭い、口に入った肉片やら血を、涙目になりながら吐き出す。

全身も血と肉片まみれで、おまけに酷く臭い。


 非業の死を迎えたゴブリンよりもダメージを受けた俺は、ふらつきながら立ち上がり、ルピナスの準備してくれた水筒を取り出し、口をゆすいだ後、水を被って汚れを落とす。


 500ml位の水筒だが、驚くほどの水量が入っており、なんとか体裁を整えることが出来た。


 しかし、今のは……


 転移していきなり目の前にゴブリンが居た事は、後でルピナスに文句を言うとして、PASSING WINDの効果なのは間違いないだろうな。


 体内のガスを増幅させた……のか?

放出が間に合わない程の速さで増えた為に破裂した?

そこまで影響を与える事が出来る能力だったのか……ルピナスに誤爆した時こうならなくて良かった……


 無残な屍を晒しているゴブリンを見る。何が起こったのか分かっていない様な顔をしていた。


 投げ出されたこん棒が目に入り、殴られたことを思い出す。

殴られた衝撃はあったが、痛みは全くない。折れてもおかしくない状況だったけど、コレが格の違いって奴なのか。


 開始早々の衝撃のエンカウントだったが、得たものは多かった気がする。


 差し当たっての急務はPASSING WINDだな。

いきなり発動して視界を塞ぐのは勘弁してもらいたい。

あとはつまみとフェーダーの効果の確認。


 軽い気持ちで使用して、先程の様な事になったら大惨事だ。


 転写された知識から、1時間も歩けばオーレグの街に辿り着くことは分かっているので、しばらくゴブリン相手にPASSING WINDの検証と刀を使った実戦を経験しよう。






 日が傾き始めたので、喜び勇んで街へと向かう。

転移した時間は午前中の早い時間だったようで、日が傾くまでと雑に目標を設定してしまった俺は、ヘトヘトになっていた。


 しかし実りのある、実に充実した時間だったと思う。

刀は風切丸の切れ味が良すぎる事と、殴られても痛くないという緊張感の無さから、期待していた程の効果は無かったが、様にはなって来たのではないかと思う。


 そしてPASSING WIND、もう大事なシーンを‘’見せられないよ!‘’と隠される事が無い、任意での発動と終了が出来るようになった。


 それからミキサーだが、見た目と最初の印象から、ラジオなんかの収録で使われているサウンドミキサーだと思っていた。


 だが、それだけでは無かった。音の強弱を決める以外に、音自体を作る、音を重ねる、エフェクトをかける、といったシンセサイザーの様な機能。

更に、シンセで作られた音を自動で演奏させるシーケンス機能なんかを含んだ複合マシンだった。


 腹を抱えて大笑いしたのが、ヴォコーダー機能という、機械音声を出力させる機能。


 自分の尻から『誰だ!』と、おっさんの声がした時のゴブの顔と、それを見ていた俺の顔はとても人様に見せられる状態では無かった。


 一気にPASSING WINDが好きになった。


 生前音楽に携わっていなった事を心底悔やむ。

作曲なんかを経験していたらもっと面白い事ができたに違いない。勿体ない事をしたよ。


 年末のかくし芸大会に呼ばれても活躍できる様、屁でハトポッポが奏でられる様になったところで、本日の訓練を終了した。

おひねりを更に得る為に、次は複数のゴブを相手に、カエルの歌の輪唱に挑戦するつもりだ。


 カエルで思い出したが……ミネルバトンに来て最初に受けた洗礼、ゴブが膨れて弾けた、あれのやり方も分かった。

ゲインと書かれたツマミがガスの量に対応していた。


 技名も考えた’’爆裂カブトムシ’’だ。


 俺の来世の行く末を暗示している様でアレだが、何故かこの名がしっくりときてしまった。


 ただこの技、強すぎる、そして近くにいる俺への被害が大きすぎる為、切り札として封印する事にした。

虫やゴーレム、スケルトンなんかには無効だろうが、それ以外なら必殺の効果が有ると思う。


 ヤバいと思ったら遠慮なく使う。しかし、なるべく使わなくて良いように、剣の腕を磨きたい。


 そして今回全く成果が無かったのが、魔法だった。

ルピナスに魔法が使える事は確認していたのだが、全く発動しなかった。

カーブの握りできちんと投げているのに、ボールがさっぱり曲がらないといった感じで、俺としてはちゃんとやってるだろ?って思うんだが……


 これはメガネで巨乳美人の魔女先生に手取り足取り、ご教授してもらうしかないな。


 まだ見ぬ魔女先生に想いを馳せる俺の行く先に、大きな門が見えてきた。






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