第3話 自由な女神

 ルピナス嬢が席を外している間、俺は残された黒いモヤを使って能力の検証を行っていた。


 まず分かった事は、あのモヤはアレだ。

出現時は黒々とした極悪な集合体だが、時間と共に薄くなり今はもう消えてしまった。

イメージ通り、空気中に溶けて拡散してしまったのだろう。


 一部始終が見えてしまう事に関しては、もう諦める事にする。

極まった性癖の紳士なら喜びの舞を披露してくれるのだろうが、俺にはそれ系のへきは全くない、普通の紳士だ。


 次にあのモヤ、先程俺が命拾いした様に、比較的自由に移動や待機が可能だ。

一定の速度を超えて動かすと散り散りになってしまうので、慣れが必要と感じた。


 最後に臭いだ。

流石にルピナス嬢のモヤで検証するのは憚られたので予想の段階だが、彼女の様子を見るに相当凶悪な臭いだったと思われる。


 多分あのミキサーが悪さをしたのだろう。

彼女がアレをする切っ掛けとなった、俺が最後に押したボタン。

それを押す前に、多数あるツマミを適当に弄った事で、臭いの具合が変化したのではないだろうか。


 大量にある回転するツマミや、上下や左右に動かすフェーダーが臭いや音なんかに対応していて、自由に屁をコーディネートできるのかも知れない。


 これは検証するのに時間がかかりそうだな……ルピナス嬢は絶対協力してくれないだろうし、俺の能力は俺には使えない仕様みたいだし……

腹が張っているのに、おならが出そうで出ない時なんかは重宝しそうだったのだが……


 今はこのくらいかな。

説明書が有れば解り易いのだけど、ルピナス嬢がこんな能力が有るのか、と驚いていたからなぁ。前例や仕様書はなさそうだ。


 ごろんとその場で大の字に寝転ぶ。

それにしても、何でおならなんだろう。俺の人生でおならに関するエピソードって無かったと思うけどなぁ。

もしかして忘れてる?黒歴史の様に俺の中で封印されし出来事が――――


「木村さん」


 慌てて直立し、頭を下げ謝罪する。


「誠に申し訳ありませんでした。心からお詫び申し上げます。

今後はあなたに対して、不用意に能力を使用しない事をお約束いたします。申し訳ありませんでした」


 ゆっくりとルピナス嬢が口を開く。


「私は見ての通り小娘です。

ですが、女神としてミネルバトンに降臨し、偶像アイドルはトイレには行かないというイメージを守り、尽くして参りました。それを……屁どころか……


 お友達連中がカフェで甘いものを食べたりしている時、私は水や白湯と共に、霞を食べて過ごしていました。


 トイレに行かなくても良い様に!


 なのに……いえ……木村さん、謝罪を受け入れます。ホント、今後は気を付けて下さい」


 切実な叫びに心が痛くなるが、俺には一つ疑問に思う事が有ったので尋ねてみる。


「あのルピナス様、一つお尋ねしたいのですが――――」


「ルピナスです。呼び捨てて下さい。あと、変な敬語も結構です」


「りょ、了解。えーと、ル、ルピナスって瞬間移動使えるよな?

さっきトイレ……じゃなかった、宅配便を受け取りに行った時の様に。

他にも俺をここに連れてきたって事は、自分以外も移動できるのだろう?


 だったら、体内のうん……じゃなかった、えーと老廃物だけを然るべき場所に転移させられないかな?……って思ったんだけど……どう?」


 ルピナスが纏っていた剣呑な気配が一気に霧散する。


「木村さん……素晴らしい発想です!そんな事、思いもしませんでした!出来る!出来ますよ!


 あぁ……何て事でしょう!こんな方法があったなんて!

これでもう!あの味も何もない霞なんぞを二度と食わなくても良いのですね!


 あぁ……ケーキ!ケーキが食べたい!好きなだけ食べても良いなんて!しかもトイレに行かなくても良いだなんて!


 本日この時をもって、私は、脱脱糞宣言をいたします!

もう二度とうん――――」


「だー!落ち着け!喜びのあまり、言わなくても良い事まで言いそうになってるぞ!レディーが口にする必要はない!」


 俺の声でピタリと動きを止めるルピナス。また顔が赤くなり始めた。


「申し訳ありません、少しはしゃぎ過ぎました。

それでは、お茶にしましょう。美味しいケーキの準備をいたしますので」


 パチンと手を合わせて、楽し気な提案をする美女。


 それはアンタが喰いたいだけだろう、と思ったが口にはしない。


「いやいや、急ぎの案件ではないとはいえ、ノンビリしていて良いの?

俺、ここに骨を埋める覚悟が完了しそうなんだけど」


「そうでした……基本的にここで、一人で作業しているので、ちょっと楽しくて……えーと、能力は覚醒したようですし、あとは最終確認と装備ですね。

お茶をしながら、一つずつ片付けていきましょう。


 ポーチュラカ!お茶の準備をお願いします!準備する物は念話で送りました。急いでください!」


 やっぱりお茶はするのか……まぁ長い事禁欲していた様だし、気持ちは分かるからな……


『えー!?そんな事、急に言われても!』


 どこかから声が聞こえた。あの失礼なポーかな?

大変そうだが、俺にも美味いケーキを頼むぞ。


 お茶の準備が整うまで、ルピナスの、どこそこのケーキが美味しいらしい、どこそこのクレープが、シュークリームが……と、美味しいらしい甘味の話を延々と聞かされた。


 全て、らしいらしい、と伝聞だった事に憐憫の情を催した。

と、同時にそれほどまでに、管理する世界の為、己を律する彼女に対して畏敬の念を覚えた。


 まぁその内容がトイレに行かないってのはどうかと思うが……


 それでも、流されて受ける事になった今回の案件、必ず成功させてやろうと決意しつつ、ルピナスの話に付き合った。


 



 美女との楽しいお茶会はあっと言う間に終わってしまった。

ルピナスの勧めで、失礼なポーも参加し、3人でキャッキャウフフと過ごした。


 最後まで俺をカブトムシ呼ばわりした、失礼なポーは後片付けの後に退出。

俺とルピナスはテーブルに広げられた世界地図を、頭を突き合わせて見ていた。


 見慣れた地図、地球の世界地図であり、ミネルバトンの世界地図だった。


 ルピナスによると、管理者は世界を創る時、数種類ある惑星のフォーマットから選ぶらしい。

それでルピナスが選んだ惑星が、たまたま地球と同じ奴だった様だ。


 地球と魔力の濃度が違う為、魔物が存在していたり、草花の植生が異なる。

それ以外は多分ほぼ同じだろうとの事。

あとは、まぁ現地で実際にこの目で確かめるしかない。 


「それで、違和感がある場所が、ココと、ココと――――」


 彼女が気になる場所に丸を記していく。

フランスから日本までユーラシア大陸を、同じ位の緯度で横断するように6つの丸が付く。


 他にちょっと気になる場所ということで、エジプトやインド等4か所にも小さな丸が追記された。


「こっちの大陸にはないの?」


 南北のアメリカ大陸には今のところ違和感はないらしい。

という事は、ユーラシア大陸がメインで、アフリカ大陸に影響が出始めているという事なのだろうか。


 ぼんやりと丸が付いた地図を見る。


 行くとしたら端からだよな。フランスから日本へ向かうのが良いか。

最終目的地が日本の方がモチベーションも保てると思うし。


 これ何年掛かるんだろうな……


「どこから行きますか?好きな場所に転送できますよ」


「フランス、じゃなかったフラムリアからにするよ。そこから東へ向かう」


 空飛べたら良いのにな。俺の能力おならだしな……

自分には使えないから牛丼王子の様に屁で空を飛ぶことも出来ないし。そもそも出来ても嫌だよなぁ。友達に噂とかされても恥ずかしいし……


「わかりました。あとは装備ですね。ちょっと待っていてください」


 そう言って瞬間移動するルピナス。


 くぅ……羨ましい!屁で瞬間移動する方法はないだろうか?


1.A地点の屁とB地点の屁を空間を捻じ曲げて繋げる……無理だな。出来る訳ない。


2.事前に色んな場所で屁をしておき、その屁に向かって跳躍する……無理だな。出来る訳ない。


3.1度嗅いだ屁を覚えておき、その屁に向かって跳躍する……屁の臭いなんか覚えられるか!無理に決まっている!出来る訳がない!


 ダメだ、屁で瞬間移動は無理だ。


飛行もダメ、瞬間移動もダメ、ホント屁はなんの役にも立たない。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る