擬傷(三)

 叔父の話によれば、芦乃の大伯母様は琥珀領と翡翠領の両方に近い村に住んでいる。ずっと昔に夫を亡くし、娘が二人いたがどちらも翡翠領の貴族に嫁に出してしまった。今は、屋敷で身寄りのない子供達に読み書きや、石の加工、裁縫、料理の仕方など様々なことを教えているらしい。母もまだ子供だった頃、子供達に混じって共に学んでいたそうだ。私はそんな話は初めて聞いたので、正直驚いたが、実際に会って、頬ぼねのあたりにある二つの黒子ほくろを見て見覚えがあることに気がついた。まだ母が元気だった頃、時々私の屋敷に訪ねて来た人だ。私の記憶では、茜の母親ともよく話をしていたのを覚えている。だから私はてっきり、茜の母親の親戚か何かだと思っていた。

「あら、あなたはもしかして、撫子?」

「は、はい」

「まぁ、夕顔にそっくりねぇ……さすが親子だわ」

 にこにこと微笑んだその顔は、やはり血縁があるせいか母に似ているように見えて、母が長生きすれば、きっとこんな風になっているだろうなと思う。それは、もうありえない話だけれど……

「それで、こちらの方はどなたかしら? なんだか、男だか女だかわからない、下品な顔ね。背が高いから、男よね? 撫子、あなた、東宮様の妃候補なのでしょう? なぜ、こんな野良猫のような顔の男と一緒にいるのかしら?」

 叔父上とは逆で、大伯母様は私には優しく、希彦は気に入らないといった様子だった。確かに、妃候補となっている私が、見知らぬ男と突然訪ねて来たのだから、あまりいい気はしていないのだろう。

「こちらの方は、希彦様といって、帝の直々のご命令で事件の真相を調べにいらしたんです」

「事件?」


 私が茜にかけられている呪詛の嫌疑の話をすると、大伯母様は希彦に対して明らかに敵意を持っているような、射るような鋭い視線を向ける。

「茜が呪詛を? まさか、そんな、ありえないわ。血の繋がりがないもの」

「え? 血の繋がり?」

 どういう意味か訊ねると、大伯母様は大きくため息を吐いた後、私たちを屋敷の奥へ案内した。その間、中庭で楽しそうに遊んでいた少女たちは、私たちをじろじろと見つめていて、希彦に対して「素敵」「かっこいい」「綺麗な顔」と色めき立っていた。確かに、綺麗な顔だとは思うけれど、茜や母に対して、呪詛の嫌疑をかけているような男だし、私にとっては印象が悪い。それも、子供が一人、あんな死に方をしているというのに、どこかニヤニヤと笑っているような、不謹慎な男でもある。

「あの呪文は、一族の者にしか教えられないものだし、茜はまだ十五歳にもなっていないでしょう? 中宮様の部屋から、その人形が見つかったからといって、犯人が紅玉領の者だと考えているのでしょうけど、そこが大きな間違いだわ」

 大伯母様は箪笥の一番上の引き出しから、巻物を一つ取り出して、床の上に広げる。そこには叔父が話していた先祖の檜佑から始まる家系図が並んでいた。

「これはわたくしが趣味で作った家系図よ。夫が戸籍を整理し、編纂する仕事をしていたから、わたくしもわたくしなりに分家で話を聞いたり、残っている色々な文献を調べてまとめたものなの」

 その家系図の末端に書かれているのが、私と従姉妹たちの名前だった。

「残念ながら、今現在、檜佑の子孫として生きているのはこれだけよ。他はみんな、数年前に流行った疫病で死んでしまったわ。わたくしの孫たちには教える前に夕顔のことがあったから呪法のことは何も知らないし、そもそも、嫁入りの時に紅玉を渡されるのは本家の娘だけなのよ。それにね————」

 大伯母様は希彦の方を一瞥すると、母が起こした騒動について話始める。

「わたくしは、夕顔がやったと言われている呪詛も、本当は中宮様の……いえ、瑠璃領の者による自作自演だと思っているの。今回も、同じなんじゃないかしら?」

「……瑠璃領の者?」

「そうよ。だって、見つかったのは頭が猫で体は人間の目の部分が紅玉になっている人形一体だけなのよね?」

 確かに、叔父から聞いた呪法では、人形は必ず二体必要だった。それなら、もう一体を持っている人が犯人ということになるが、そもそも、そのもう一体を持っているということは、呪法を知っているということになる。

「呪文は知らなくても、夕顔が自分の部屋に作ったあの紅玉の祭壇に置かれていた人形を見た人なら多数いたわ。きっと、他領から来ていた姫やその女房たちも見ている」

 中宮様が体調を崩し、陰陽師に調べさせ、呪詛だと判明した。そこに置かれていたのが、例の人形で、それと同じものを母が祭壇に置いていたと証言する人がいたというのが、疑わしいと大伯母様は主張する。

「瑠璃領の女は、昔からずる賢いのよ。ひょっとして、近頃、中宮様の元へ帝の御渡りが減っているんじゃない?」

「それは……確かにそうだが————」

 それまで、ほぼ黙って話を聞いていた希彦が、少し動揺しているのか眉根を寄せた。

「やっぱりね。そもそも、今回は誰がその人形を見つけたのかしら?」

 叔父が言っていた通り、大伯母様は賢かった。

「人を呪おうとするのであれば、そうやすやすと見つかりやすい場所に人形を置くかしら?」

「……」

 希彦は少し考え込んだあと、大伯母様の話に思い当たるところがあったのか、急になっとくしたようにぽんと手を打つ。

「なるほど、確かに、それも一理あるな。人形を見つけたのは、確か瑠璃領から行儀見習いにきていた女童だったはず。そうだったな、狗丸いぬまる

 護衛のため側で控えていた側仕えの男に確かめると、男は深く頷きながら言った。

「ええ、そうです。来年の東宮様の妃選びで、瑠璃領からお越しになられる姫様————桔梗ききょう様の女房となる予定であると聞いています。名前は確か、藤豆ふじまめ

 今回、人形を見つけたのは瑠璃領の藤豆。それが過去に起きた母が犯人とされる呪詛の際に使われた人形と同じであると騒ぎ立てたのも、中宮様の女房。つまり、どれも瑠璃領の女がしたことだ。茜の背後に誰かいたという、最初の見解こそが間違いであった可能性は、十分にある。きっと、紅玉領も、母も茜も、呪詛とは関係ない。





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