擬傷(二)
檜佑は「この幸せは、この紅玉のおかげだ」として、家の守り神として丁重に扱うように言い残し、紅玉の祭壇を作らせました。祭壇が完成して、檜佑はこの世を去りましたが、その後の時代でも困りごとが起こると度々、謎の少女や少年がふらっと屋敷に現れて、人形を作るように助言していったそうです。
失せ物探しや人探しだけでなく、戦火に巻き込まれた時も、その人形のおかげで、我が一族は難を逃れてきました。
今は安寧が続いている時代ですから、不思議な少女や少年を見たという話は聞かなくなりましたが、呪法はこうして現在まで受け継がれて来たのです。この屋敷も何度か建て替えましたので、祭壇もつい先月新しくしました。衝重ねや台座、鏡などはおそらく、最初に祭壇を作った頃のままか……何代か前に作り直したものだと思います。
微妙に木の古さが違うように見えますし……私の祖父の代に一度、屋敷で不審火の騒ぎがあって、その際に一部、焼失したという話も聞いておりますので————
* * *
「そうして、大小様々ではありますが、ここぞという時に呪法を使えるようにと代々親から子へ、この呪法は伝えられて来ました。決して、何かに悪用するためのものではなかったのです」
ところが、その呪法を悪用したのが、私の母・夕顔だった。叔父はちらりと私の方に視線を向けたが、すぐに背けて話を続ける。
「いつからこの風習があったかは不明ですが、十五歳になると人形の作り方と呪文を教えられます。それが習わしで、姉は呪文を教えられる前から、紅玉の不思議な力を感じとっていたのか毎日暇さえあれば眺めているような人でした」
代々言い伝えられて来たその呪法には、様々な逸話があり、縁結びだったり、災いを跳ね返したり、その規模や用途は様々だったそうだ。母は自分が妃に選ばれたいが故に、障害となる瑠璃領から参加していた中宮様の部屋に密かに人形を置き、もう一体を自分の部屋の一角に祭壇を作り置いていた。急に体調を崩した中宮様を陰陽師が一目見て、呪詛によるものだと判断し、部屋からあの人形が見つかった。そして、誰かが言ったのだ。あの人形と同じものが、母の部屋の祭壇にあると。
「姉はみこ様と呼ばれていた女に連れられて戻って来ました。もともとは、家族の安寧だったり幸せを願うものであったのですが、姉は人の不幸を願ったのです。それが人を呪い殺す呪詛となり、みこ様に『あの紅玉は、使い方を間違えると大変なことになる』と言われ、我々もそのとき初めて知ったのです。それで、父は呪文を教えるのを禁じたのです」
母には叔父の他に三人兄妹がいるが、全員、自分の子供には決して教えないと約束したらしい。他の親戚筋にも同じように禁止させたため、もし、今回呪詛として使った者がいるとしたら、叔父の把握していない、もっと遠い親戚ではないかと叔父は言った。
「確かにここが本家ではありますが、分家のさらに分家とまでいってしまうと……誰が知っているかまで把握することは難しいです」
「しかし、この人形にはめられている紅玉は、こちらのものなのではないのですか?」
希彦は例の人形を叔父に見せる。だが、叔父は首を振った。
「わかりません。人形自体は、呪法で使われるものと形は同じ形をしていますが、紅玉がこの紅玉から切り出されたものかどうかは……ただ————」
叔父は祭壇の前に立ち、何度か頭を下げてから紅玉の向きを変える。大きな紅玉の裏側には、明らかに切り出されたように欠けている部分が数カ所あった。
「紅玉が元の形に戻るには、力を使い終わた後だと言われています。今は元どおりになっていますが、この左側の一部は、三十年ほど前に叔母が結婚の際に持って行きました。娘が嫁ぐ際は、嫁入り道具として一部を持たせる風習があったので……何か困ったことがあれば、呪法を使うようにと。いつの間にか元に戻っていたので、以前、叔母に訊ねると確かに息子のことで困ったことがあり、呪法を使ったと言っていました。姉も同じように、妃選びに臨む際、母がこの右側の欠けている一片を持って行かせました」
他にも欠けているところがあるが、誰がいつ持っていったかは不明。欠けたままになっているということは、力を使わずにそのままになっているということではないか、と叔父は考えている。
「姉が持っていた分も、同じく力を使い終わっていないので、この紅玉に戻っていません。人の手では戻せないので……ここに」
叔父が指差したのは、大きな紅玉の後ろにちょこんと置いてあった、小さな赤い欠片だった。言われなければ、誰もそこにあったなんて思いもしない。
「確かに、色は似ているかもしれませんが、紅玉領は紅玉がよく取れるから、そう名付けられている土地です。その人形に使われているものと、この紅玉が同じかどうかは……私にはわかりませんね」
人形の目に使われている部分は、何かで滑らかに削られて人の手が加えられている。紅玉領の人間は基本的に皆手先が器用で、石の加工は子供でもやり方を知っているくらいだ。希彦は欠けている部分に紅玉の欠片を当てがって確認していたが、目になるよう磨いたり削ったりして、形が変わっているためこの紅玉と同じかどうかは証明はむすかしそうだと笑った。
「それでは、この家の親戚筋をたどってみるしかないか……そういうことに一番詳しい者はいないだろうか?」
「そうですね……」
叔父は少し考えてから、はたと気がついたようにぱっと目を見開いて答える。
「
「芦乃の伯母上?」
「父の一番上の姉です。私が知る限りで一番の年長者ですし、女ながらとても頭の良い優秀で、国司だった伯父を陰ながら支えていた方です」
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