第二章 擬傷
擬傷(一)
祭壇の棚は真新しい
しかも、よく見れば紅玉が置かれている台座もかなり古そうだ。傷だらけで、ところどころ凹んでいたり、欠けているようにも見える。同じように揃えた方が美しいと思うのに、なぜそうしなかったのだろうと不思議に思っていると、叔父が希彦に説明を始めた。
「この紅玉は、先祖が神様からいた頂いた、とても貴重な石なのです」
* * *
我が家の先祖・
ところが、あの地域は昔から洪水が起きやすいとされる場所ですから、最初の子供が産まれてまもなく、長雨が続き川が氾濫し、妻と子供が濁流に流されて帰らぬ人となったそうです。
川に流されてしまったので、死体は見つからず十分に弔ってやる事もできませんでした。
檜佑は毎日毎日、妻と子供を探しに出ましたが、やはり見つかりません。皆が諦めるようにいいましたが、毎日毎日、川の周りを探していました。このままでは、檜佑も死んでしまうと心配した近所の人たちが、北側の丘————つまりは、今この屋敷が建っているこの場所に落ちた雷の話をしました。昔から、この地域では雷が落ちた場所には願いを叶えてくれる神様がいるといわれていたそうで、「せめて死体だけでもいいから見つかるように願ってみてはどうか」と、提案したのです。
檜佑は、人の手がほとんど入っていなかったこの地に足を踏み入れました。神様に願っても見つからないなら、全て諦めて川に身投げするつもりでいたそうです。
そこで出会ったのが、不思議な瞳をした少女でした。
吸い込まれるような不思議な魅力のある大きな目と目があった時、明らかに普通ではない。人間ではないと、檜佑は直感的に感じ、「神様なのか? 神様なら、妻と息子の居場所を教えてくれ」と言いました。ところが、その少女は首を横に振り、「私は神の使いだ」答えました。檜佑はその少女に妻と息子の話を話すと、檜佑を可哀想に思ったのか、この紅玉のある場所まで案内したのです。
この紅玉は、その少女が神から頂いたものだそうで、困っている人間に渡すようにと言われていたらしく、少女は檜佑に渡すことにしたのです。
少女は紅玉の使い方を檜佑に教えました。木で作った頭は猫、体は人間の人形の目の部分に、この大きな紅玉を切り出してはめ込むようにと。同じものを二体つくり、一体を妻と息子が流された川に、もう一体は、自分の枕元に置いて、呪文を唱えてから眠るようにと。
少女の言った通りにすると、その日の晩、夢の中に妻と息子が出て来ました。そして、自分たちの死体がどこにあるか、その夢の中で語ったそうです。
そうして、妻が語った場所へ行ってみると、川と海が合流する手前にあった倒木の下から、二人の死体と川に流した人形が見つかりました。
二人を弔った後、檜佑は感謝を伝えに再び紅玉があった場所を訪ねましたが、少女の姿はそこにはありませんでした。また、不思議なことに切り出したはずの紅玉は、元の形に戻っていたのだそうです。
人形に入れていた紅玉も、いつの間にか消えていました。
その後、檜佑はこの地の開拓に精を出しました。人々が川の氾濫に怯えながら生きることのないように、当時被害にあった他の者たちと一緒に、人が住めるようにしたのです。
まだ若かった檜佑は新しい妻を迎えて、この屋敷を作りました。子宝にも恵まれ、幸せに過ごしていましたが、孫たちが次々と幼いうちに謎の疫病にかかりました。唯一残ったのは孫娘二人だけで、婿とることにしたのですが、姉の婿というのがどうもとんでもない男で、酒を呑むたびに暴力を振るうのです。
妹の方はそのことを知っていましたから、結婚なんてしたくないと思っていました。身なりに全く気を使わず、「誰かに見初められでもしたら困る」というほどで、あまり屋敷からもで出たがりませんでした。困り果てていた檜佑の前に、自分を神の使いだと言った少女と同じ目をした少年が現れて言ったのです。
「あの人形を二つ作って、屋敷の門の前に一つ、もう一つは孫娘の枕元に置くといい」と。
檜佑は言われた通りに以前と同じく頭は猫、体は人間の人形を作り、その目に切り出した紅玉をはめて、以前教わったものと同じ呪文を唱えながら孫娘の枕元と門の前に置きました。
すると、翌朝、孫娘は急に粧し込んで屋敷の外へ飛び出して行きました。夕方には、どこの馬の骨かもわからない謎の男を連れて戻って来て、その男と結婚すると言い出したのです。檜佑は驚きましたが、よくよく話を聞けば、その男は由緒ある貴族の三男坊で、学者として様々な功績をあげているなんの不足もない男でした。孫娘はすぐに結婚して、子宝に恵まれました。そして、不思議なことに、また切り出したはずの紅玉はいつの間にか元の形に戻っていたのです。
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