失踪(五)
驚いて葵が顔をあげると、また希彦がにやりと笑っている。こちらは姿を消した桜子を思い、胸が張り裂けそうなほど心配しているというのに、その顔は実に不謹慎で、なぜだかものすごく楽しそうに見えた。葵は希彦に対して「なんだこの男、どうかしてる」と嫌悪感を抱き、眉間にしわを寄せる。
「それは、どのような意味でしょう? 人ではなければ、一体、なんだと?」
「簪には魔除けの力があるといわれているのを、知っているか? その魔除けが壊れたのだ。それも、なんとも不自然な壊れ方をしている。
「……もののけ?」
「聞いたことはないか? この山には、古くからそういう話があるんだよ。子供や若い女が戻ってこないという、神隠しにな」
一瞬で目玉をくりぬいた謎の光、不自然な折れ方をしていた魔除けの簪、突然消えた女……どれも普通の人間の仕業とは思えない。
「二の姫もそうなのではないか? 攫ったのは人間ではなく、物の怪————いや、神隠しと呼ばれているなら、神の仕業か」
瞳をぎらりと輝かせ、実に楽しそうに、希彦はそう言ったのだ。葵は背筋が寒くなる。そこで漸く、この男は頭がおかしいのだ、と気がついた。
「そうでなければ、なんの仕掛けも見当たらない、内側から錠のかかったこの部屋から、人が消えるなんて、ありえない」
苦虫を噛み潰したような表情をする。捜索に加わるように指名された時、どうせ頼りにならぬなら、いいように利用してやろうと思っていたが、相手は一筋縄にはいかないと察したのだ。さらに、そんな葵の表情を見て、希彦は腹を抱えて笑い出した。
「お前は考えていることが顔に出やすいなぁ。今、この男、どうかしていると思ったであろう?」
「いいえ、そのようなことは……」
「嘘をつかずとも良い。自分でもそう思っているからなぁ。むしろ、それは私にとっては褒め言葉だ」
「はぁ?」
殴ってやりたい衝動にかられたが、狗丸が鋭い視線を葵に向けている。帝がわざわざ派遣してくださったこの男を殴ったら、それこそ大問題になって、桜子の捜索が打ち切りになってしまうかもしれない。葵はぐっと堪えて、わざと大袈裟に笑って見せた。
「わたくしがあなた様をどう思おうと、そんなことは今、全く関係のないことです。さっさと姫さまを探していただけませんか?」
こんなところで、無駄話をしている暇はない。一刻も早く、神だか物の怪だか知らないが、桜子を見つける。葵の目的は、ただそれだけだ。
「朝廷から、わざわざ帝に任命されてこちらにきたのでしょう? 見つけてくれるのですよね?」
「あぁ、まだこの世にいるようだしな」
「はぁ?」
意味がわからなくて、無理やり作った笑顔のまま聞き返すと、希彦ははっきりと言ったのだ。
「すでに殺されたのであれば、二の姫の
当主の屋敷を見たが、両親のそばにも、女房たちのいた部屋にもその姿はなかった。
「だから、生きている。この世にいると言ったんだ。私は普通の人間とは少し違ってね、
「はぁ……」
にわかには信じられない話で、葵はやはり、この男は頭がおかしいに違いないと思う。葵の反応で、心を読んだのか、希彦は、まだ信じていないな、と小さくため息をついてから言った。
「山寺の願掛けは信じるのに、私の話は信じられないのか? ようするに、物の怪や神が存在するという話なのだが。私にはそれらが視える目があるから、帝からこの役目を仰せつかっているというのに」
「それは……あなた様がなんだか胡散臭————いえ、信用に値する人物かどうか、まだ判断できていないというだけです」
「ふん、まぁ、確かにまだ半日も経っていないしなぁ、無理もないか。ならば、これならどうだ?」
希彦は、願掛けの指南書を葵に手渡し、またにこりと笑った。
「二の姫を見つけられるように、お前が願掛けをしろ。扉は壊れてしまっているからなぁ、お前が経をあげている間は、扉を塞いで、誰もその姿を見ることがないように狗丸を置いて行く」
その間、私は他領で桜子の目撃情報がないか調べる、と言いながら、葵の後ろに周り、桜子が消えたのと全く同じ位置に座らせる。
「その願いがこの山寺に祀られている仏か神の力によって叶えば、すぐに見つかるとは思わないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます