爆走と激走
伊賀ヒロシ
爆走と激走
― ある朝、車で駅まで向かっていた時の事。
目の前の道を、スーツ姿で「爆走」する女性を見かける。
彼女の着ている小綺麗なスーツ姿からは想像もつかない走り方に少しだけ驚く。
もしかしたら、あの走り方は遅刻?なのかなと瞬間的に感じる。
その場所から駅まで走っても10分くらいはかかるはず・・・。
― でも、それくらい必死な「何か」の為に彼女は「爆走」しているのだ。
その後、ダッシュする彼女を車で抜き去る・・・。
信号待ちの間、彼女の事が気になった私はバックミラー越しに様子を伺う。
そこに映っている彼女の表情は、決して写真としては残せない、ある意味奇跡の一枚だった。その顔からかなりの必死さを読み取った私は、咄嗟に車のギアをバックに入れて彼女の所まで戻ると無意識に扉を開ける。
「どうぞ、乗ってください。急いでいるんですよね?駅までだったら乗ってください・・・。」
と、私が声を掛ける。
普通なら知らない人からの声掛けは怖くて「結構です」と言うのだろうが、本当に彼女は切羽詰まっていたのだろう。
彼女は驚いた表情をしながらも、「有難うございます、助かります!」と言って、すぐに車に乗り込んだ。
「はあはあ」している彼女の呼吸音から、(大変な状況に置かれている)という事がより深く伝わってくる。
「本当に有難うございます。ちょっと寝坊を・・・助かります。」
という彼女の言葉から、少しだけ安堵の様子が伺えた。
私は真っすぐ正面を向きながら彼女に一言だけ伝える。
「間に合えばいいですね。」
私はアクセルを踏み込み、彼女の不安を拭い去るかのようなスピードで駅前へと向かう。勿論、法定速度は守りつつ、数分で駅前へと送り届ける事が出来た。
「駅、着きましたよ!」
という私の言葉に対し、彼女は掌に握ってあった500円玉を渡そうとしてきたのだ。
汗で額に髪の毛がくっついている姿と、500円玉を握りしめていた為に汗ばんでいる掌が、彼女の「今日」という日の大切さを教えてくれた。
「有難うございます。あのこれ・・・。」
「いや、受け取れませんよ!とにかく急いで。頑張ってください。とにかく早く!」
と笑いながら彼女を急かす。
「え?・・・あ、有難うございます!」
彼女は軽く頭を下げると、お礼を言いながら急いで走り改札へと消えていった。
朝から始まった、あまり体験する事が無いような出来事に少しだけ不思議な気持ちになった。今はただ彼女が遅刻しない事だけを祈るばかり。
人の一生懸命な姿は、どんなものであれ、素敵だなと思ったその日の始まり。
一日一善とはこういう事なのかな?と、自分でも考えながら笑顔で過ごせる日となった。
間に合うと良いですね・・・。
爆走と激走 伊賀ヒロシ @takocher
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