選考委員

基維ひなた

選考委員

小さな文学賞の選考委員になった。

知人が勤めている編集部からの依頼だ。

選考は最終段階まで進んでいたが、急な欠員による補充とのことだった。


仕事はひとつ。

『最後まで読むと死ぬ小説』の最後の章を読んでほしいと。


作者は応募の常連で、毎回酷評と共に落とされていた。

それでも負けじと原稿を送ってくるガッツだけは好感が持てると、編集部でも有名だった。


『最後まで読むと死ぬ小説』

今回はまた陳腐なタイトルだ。

さて、どう料理してやろうか。

選考委員の一人がいつものように気軽に読み始めたところ、傍から見ても異様なほどに惹き込まれた。

食事も忘れ、無理にでも止めないといつまでも読み続けた。


「素晴らしい。これは素晴らしい」

うわ言のように言っていたという。


翌朝出社してきた同僚が、机に突っ伏している彼を発見した。

手元には例の小説の最後のページ。

徹夜で読んだのかと呆れて肩を叩くと、椅子から崩れ落ちた。


満足そうな笑みを浮かべて…ではなく、目を限界まで見開いていた。


その時は過労と診断され、小説は他の選考委員に引き継がれた。

亡くなった彼と同じく惹き込まれ、最後まで読み終えて亡くなった。


三人目も同じ結果になった時、さすがにおかしいと皆が感じた。

呪いだと騒ぐ者もいた。

選外として返却すべきだとも。


−−最後まで読めば死ぬ。

それが本当なら書籍化するわけにはいかない。


−−だが亡くなった三人が三人とも、取り憑かれたように読みふけった作品。

どれほど素晴らしいものなのか。


−−呪いだなんて馬鹿馬鹿しい。

しかし三人もの選考委員を殺した小説、これは売れる。


様々な思惑がぶつかりあい、結論は出ず。

件の三人以外は内容を全く知らないため、まずは分担してあらすじをまとめてはどうか、となった。

各人の読む範囲を決めてしまえば、全て読んでしまうこともない。

そうしてあらすじが書かれてゆき、最終章を残すのみとなったわけだ。


ちなみにあらすじを書いた後、全員が我慢できずに作品を全て読み、もれなく亡くなった。

担当の箇所のコピーしか渡さず、元の原稿は鍵付きの引き出しや金庫に保管していたにも関わらずだ。

もちろん何者かの手引きがあった可能性もある。

しかし皆気味悪がって、もはや誰も読みたがらないと。


ここまで聞いてもなお、自分なら読んでくれるかもしれないと声がかかったのだ。

信頼されているのか使い捨てにされているのかわからないが、大いに興味をそそられて引き受けた。

売れない作家ゆえ、幸いにも暇はある。


渡されたのは最終章のコピーと、一つ前の章のあらすじ。

流れがわかりやすいようにとの配慮だろう。

あらすじ自体はシンプルなものだったが、それでも面白いと思った。

そして最終章を読み始めた途端−−惹き込まれた。


むさぼるように読み、全貌を知らないにも関わらず感動の涙がこぼれた。

読みたい。

全部読みたい。

そんな衝動に耐えながらまた読み返し、涙に咽びながらあらすじを書いた。


気がつけば他の社員は帰っていた。

パーテーションで区切られたスペースから出ると、責任者も席を外しており誰もいない。

出来上がった原稿を机に置いて帰ろうと思い、他の机から付箋を拝借する。

その際机の上にあったボールペンを落としてしまい、拾おうとかがみ込んだ。


何かが落ちている。

小型のボイスレコーダーのようだ。

誰もいないのをいいことに、再生ボタンを押してみた。


出だしの言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った。


『最後まで読むと死ぬ小説』


これは作品を朗読したデータだ。

前任者が倒れた時に、机の下に落として気づかれなかったのだろうか。

もしかしたら最終章以外の全てが入っているのかもしれない。

読むのは駄目でも音声なら。

聴きたい。

聴きたい。


居ても立ってもいられず、責任者の机にあらすじを置き、元の原稿とボイスレコーダーを鞄に突っ込んだ。


一人暮らしの自宅に戻り、カラカラの喉をビールで潤す。

目の前には最終章の原稿とボイスレコーダー。

すぐにでも再生したいが、その前にやることがある。

再びビールを呷り、録音のボタンを押した。


素人のたどたどしい朗読。

時折感極まって声が上ずり、鼻を啜る音も入る。

それでも最後まで読み終えると、ボイスレコーダーをパソコンに繋いだ。


何時間もの朗読データを保存し、適当な一枚の写真と合わせて動画を作り、即席で動画投稿サイトに予約投稿する。


こんな素晴らしい作品を世に出さないなんてありえない。

自分が死んでしまったとしても、この感動を知ってほしい。

なに、無事なら投稿を止めて、原稿とボイスレコーダーもうっかり持ち帰ってしまったと返せばいい。

音声が大丈夫と知ればむしろ感謝されるはずだ。


投稿が無事受け付けられたのを確認し、満たされた気持ちで再生ボタンを押した。















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Xで相互さんが出された呟怖お題「選考委員」。

(呟怖とは、ハッシュタグ「#呟怖」を含む140文字(タグ抜きで136文字)で書く怖い話のことです)

136文字ではどうしても表現しきれず、こうなったら好きに書いてしまえ!

と好きにした結果がこちらです。

つじつまを合わせるのって難しいね!(今更)

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選考委員 基維ひなた @hinamo

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