第64話
「屋台のご飯って、なんてことないのに妙に美味しいと思わないか?後輩くん!」
高須部長はそう言って、やきそばとフルーツ飴を買った。ぼくもたこ焼きを買って袋にぶら下げている。
確かにお祭りの日に食べる屋台メシというのは特別美味しく感じたりするものだ。
「確かにおいしいですけど、そんなに山盛りの焼きそば、食べ切れますか?部長。」
「なあに、大丈夫。私がダメでももう一人いる。」
「え。」
ぼくを充てにしているのなら、そう言って欲しかった気もする。
いや、何にしたって、頼りにされるのは照れくさいなと、そう思わなくもない。
「それならそれで、まあ、がんばりますけど。じゃあ、たこ焼きも食べてくださいよ。」
「もちろん、そのつもりで買わせたんだからな。」
そう、このたこ焼きも高須部長のリクエストだった。お互い、好きなものを買って持ち寄ろうと言ったが、買い出しに行く前に部長がしきりに、
「そうだ、後輩くん、タコって実は頭が良いって知ってるか?」
「タコって、瓶のフタを開けることができるらしいぞ。」
「明石の名産はタコらしいぞ。」
とタコ攻勢をかけてきたのだ。どう考えてもたこ焼きを買ってこいってことでしょ。
そんなにたこ焼きが食べたいなら、最初からたこ焼きを買ってくれって言ってほしいくらいだが、なんだか変なところでシャイなのも高須部長らしかった。
「あの高台の上にベンチがあるんだ。そこで食べようじゃないか。さあ行くぞ。」
「はい、気をつけてくださいね。」
「なあに、大丈夫だ。」
そう言って、部長は人混みをかき分け歩き出す。ぼくは、あまりにも前のことを気にしなさすぎの部長が心配になって、部長の前まで歩いて行った。
「あ、あの、すまんな。」
「いいえ、部員の義務みたいなもんですよ。」
「ロマンチックではないな。」
その言葉には返事をしないで、ぼくたちは高台の階段を上がった。
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「やはり、焼きそばは良い選択であったな。ちょっと多かったが。」
「そうですね、でも、ちょうどよかったんじゃないですか、物足りなくならずに。」
そう言って、僕たちは祭りの様子を高台から眺めていた。
アルティメット・射的のおかげで余計に歩き回って、動き回り、心地良い気だるさに身を任せている。
スッと音がして、空に一本、光の矢が放たれる。
かと、思えば、
ドン。
重低音を響き渡らせて、炎の華が、その大輪を夜空へと誇示していた。
「あ、花火。」
つぶやくように、高須部長が言う。
「そうですね、花火。ここからよく見えるんだ。」
「ああ、そうだな……。その、綺麗だな。」
そう言って、高須部長は空を見上げている。
部長のメガネが、夜空と、花火とを、映し出している。
「ええ、とても。」
ぼくも、つぶやくように言う。
しばらく、そうして、打ち上がっている花火を見ていた。
ふと、気がつくと、部長はいつの間にか、ぼくのことを見ていた。
「後輩くん。」
「はい、なんですか、高須部長。」
なんですか、と言いはしたが、ぼくは今日、この話をするという気はしていた。
「その、だな。」
じんわりと夏の夜の冷気が背中を冷やすような感覚。
「はい。」
「わ、わた。……私は、後輩くん、君のことが好きだ。」
「……はい。」
高須部長のメガネは、もう夜空ではなくぼくの顔を反射している。
「つ、付き合ってほしい。私と彼氏彼女の関係になってほしいんだ。」
……そうだな。
「高須部長。」
「はい。」
「ぼくは、高須部長といると、普段のぼくではできないことができるようになる気がします。難しい場面で冷静になること。迷うときに決断する勇気をくれること。」
「……そうかな。」
「ぼくは本当に、本当に部長のことを尊敬してます。」
「うん。」
「でも、いえ、これはぼくの都合です。ごめんなさい、ぼくは部長とお付き合いすることはできません。」
「……なんでか、教えてくれるか。」
「ぼくは、好きな人がいます。とても大切な人です。この気持ちがある限り、他の人と付き合うことはできないのです。」
「……そ、そうか。フラレたんだな、私。」
「……すみません。でも、嘘をつくのは高須部長にたいして失礼だと思うので。」
高須部長は、メガネを外すと、はらはらと涙を落とした。
ぼくは、その涙を拭うことはできない。
しては、いけないのだと分かっているのだと思う。
「そ、そうか!しかし、なんだ、私みたいな優良物件、みすみす見逃すなんて、勿体なかったな。」
「ええ、本当にそうですね。高須部長は本当に魅力的な女性です。好きな人がいなかったら。」
「その先は聞かないほうがよさそうだな。」
「……そうですね、すみません。」
高須部長は、ベンチから立ち上がると、パンパン、とおしりの辺りを叩いてほこりを落とした。
「じゃあ、帰ろうか。」
「はい。」
一人で帰ろうとする高須部長。
涙は拭いてやれなかったけど、一人で帰すわけにはいかなかった。
「帰りましょう。」
横に立って、一緒に歩く。
「キミ、そういうところだぞ。」
「何がですか?」
「そういうところが、いかんのだ。」
そう言って、帰り道をあるく。
人混みのなかでも、ぼくたちの間には、音が無くなってしまったようだった。
さよなら、と手を振って、ぼくは高須部長の家の近くで別れた。
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