第57話

「こんちわー、ご注文の品持ってきましたー。」


 管理棟の裏手、従業員と仕事関係の業者が使用するドアの方から声がする。

 ぼくは売店整理の手を止めて、そちらの方へかけていく。

 ドアの前で待っていたのは、宮古商店の店主、哲太郎さんだ。

 哲太郎さんはたしか30歳前後で、体育系の大学を出ているはず。だから身体全体ががっしりしていて、シルエットもマッシブだ。


「ありがとうございます、哲太郎さん。」

「よう、坊主ぼんず、来てたな。飲み物なんかは倉庫に運び込んじまったぜ。」

「はい、じゃあ、サインですね。」

「これな、ありがとさん。そういや、叔母さんにボートレースのエントリーはどうするんだって聞いてくれよ。」

「ボートレースですか?」

「そう、龍神湖でよ、やるんだわ。奉納だつって。まあ、夏祭りの一種だわな。」

「叔母さんを出場させるんですか?そんなに運動得意だったかな。」

「いんや、この場合、坊主ぼんず、お前が出ることになる。」

「え、ぼくがですか。」

「そうに決まっとろうが。奉納じゃけん、ここいらの商いをやっとるヤツらはエントリーするのが習わしよ。」

「そんな習わしないでしょ。」


 ぼくと哲太郎さんが話していると、美智夏さんがやってきた。


「いやあ、しかし若いのが来てるんだったらな。俺もやりがいがあるし。」

「ほとんど、哲の都合じゃない。」

「じいさんばあさんだって、若いやつがいりゃ喜ぶぜ。じゃなきゃ、おじさんばっかだからな。」

「そうだけど、稼ぎに来てるんだよ、れーくんは。」

「分かってるよ。だから、今年はな、金一封だぜ。」

「ハハハ、魅力的ですね。」


 それって、優勝したらってことだろ。まあ、実質タダ働きみたいなもんだ。別に、それが嫌なわけじゃないけど。


「どうしたんですか?」

「ああ、吉田さん。園山さん。」

「アレ、随分、キレイなお嬢さんたちがいたんだね。」

「私はキレイじゃないって言いたいのね。」

「そんなこた、ひとっつも言っておりませんよ。」

「哲太郎さん、こちらは、吉田さんと園山さん。ぼくのクラスメイトです。」

「おお、そうか。俺は宮古みやこ 哲太郎てつたろう。このコテージの物品はウチの店から大体納入してるんだ。よろしく。」

「よろしくおねがいします、宮古さん」

「……よろしく。」


 哲太郎さんは、ひとつ頷くと、ぼくたちを見回して、言う。


「これだけ、若いしゅがいるんだもの、思い出づくりにボートレースに出たらいいじゃないか。しばらくいるんだろ。」

「はあ、そうね、そういう考え方もできるか。れーくん、風香ちゃん、吉田さん。どう?この近くの龍神湖でボートレースがあるんだけど、出てみない?別に優勝なんてしなくてもいいのよ。思い出づくりに。」

「ああー、私、運動系はちょっと……。」


 吉田さんは、運動は苦手ではないと思ったけど……ボートが得意じゃないとか、水が得意じゃないとかいろいろ事情があるんだろうな。


「どうするの?」


 園山さんはぼくを見ていう。ぼくはどうしようか……。


「せっかく、来たんだし、ボートレースに出てみようかな。園山さんも出る?」

「あなたが出るなら、私もそうするわ。」

「む、む、私も……いや、でも……。」

「吉田さん、無理しなくていいよ。」

「気持ちは出たいですからね。」

「分かってるよ。」


 ぼくと園山さんが出場することになった。まあ、あれだ。こんな田舎くんだりまで来たんだからレジャーの一つも体験させてあげたかったのだ。


「おお、じゃあ、坊主とお嬢ちゃんが出場だな。よかった!メンツが立つってもんだよ。」

「はい、よろしくおねがいします。」

「そんじゃあ、本番は明後日だが、迎えに来るから、みんなで行こう。」


 哲太郎さんは、カラカラと笑うと、帰っていった。

 美智夏さんは、苦笑しながらぼくたちを見ている。


「まあ、せっかくこんな山奥まで来たんだから、自然を感じて帰ったらいいって思ってね。さあ、そろそろお客様がくるわよ。」

「はい、がんばります!」

「よし、吉田さんは元気がいいわね。売店よろしくね!」

「……がんばります。」

「風香ちゃんもよろしくね!」


 ぼくはぼくで、納入品のチェックと、品出し。そんで、お客さんが来たら駐車場の整理だ。

 慌ただしい時間が始まる。


 ------------


「チーズが1点、ポテトチップスが1点、ビール6缶セットが1点ですね。以上でよろしかったですか?」

「はい。」

「お客様、バーベキューでしたら、炭も買い足しておくといいですよ。」

「じゃあ、そうしようかな。」

「はい、炭セット1点。合計4点で3,000円になります。」


 吉田さんが、小気味よくレジを処理してくれている。ぼくは時々見に来るくらいだけど、園山さん仕込みの炭を追加で売るという技を身に着け、バーベキュー客に次々に練炭を追加で買わせていた。

 吉田さん、めちゃくちゃ向いてるぞ、この仕事……。


「あ、お疲れ様。すごい楽しいね!このお仕事。」

「良かったよ、楽しんでもらえて。てか、すごい向いてるね、吉田さん。」

「そ、そうかな。先生がいいからだよ。」

「ぼくは、練炭を追加で売れとまでは言ってない。」

「それは、その……。」


 吉田さんは園山さんの方をちらっと見る。カウンターでは園山さんがレンタル品の貸出をしていた。

 吉田さんが見ていることに気づいた園山さん。それはそうと、目でぼくを呼んでいるようだった。

 じゃあ、がんばって、と声をかけて、園山さんの方へ移動する。


「どうかしたの?」

「レンタル用の焚き火台と、椅子が足りなくなりそうなので、倉庫から補充してください。」

「はい。」

「あと、私にも話しかけてください。」

「別に話しかけてないわけじゃないでしょ。」

「頻度が足りません。」

「頻度って。」

「美優ばっかりズルいです。」

「なにもズルいことなどない。二人のことはちゃんと見てるから。」

「むう。」

「なんか、謎の図々しさが出てきたね。」


 ぼくがそう指摘すると、園山さんはフフと笑う。本当にかまってほしいわけじゃないだろうけど……。

 でも、ぼくも園山さんと話したい、かな。

 ぼくは手を振って、倉庫へ頼まれたレンタル品を補充しに行った。


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「風香さん、すごいですね。手慣れてて。」

「……美優も初めてとは思えないほど、よくできてるわ。」

「そんなことありませんよ。でも、楽しいですね。」

「ええ、……居心地がいいわ、このコテージ。」


 園山さんは管理棟の中を見回しながらそう言う。

 田舎で、周りは山で、森しかない、そんな場所だけど、このコテージは妙に居心地が良かった。


「彼がいるから、でしょ。」

「ええ、そうね。」

「否定しないんですね。」

「事実だから。」

「私もそうですよ。」

「そうだと思った。」


 私たちの友情は、危うい。同じ人を好きになった女の子どうし。

 でも、私は風香さんを否定できない。風香さんは、私をどう思ってるのだろう。


「明日、ボートレースですね。」

「そうね。楽しみだわ。」

「ボート、乗ったことあります?」

「……多分、大丈夫よ。」

「あれ、なんか不安な発言。」

「冗談よ。私、スポーツは一通りやってるの。どれも本気でやってないだけ。」

「そうなんですね。お金持ちっぽいな。」

「私自身がお金持ちってわけじゃないから。」

「そうでしょうか。でも、風香さんはいつも控えめですね。」

「興味がないだけよ。」

「アルバイトもしてるし。」


 そう言うと、風香さんは黙ってしまい、そしたら顔が真っ赤になった。

 照れてるのかしら、もしかして。


「は、初めてアルバイトしたわ。」

「そうなんですね、私もです!」


 そして、手元のお茶を覗き込みながら、考えた。

 私たちはどうなっていくのだろう。この気持ちも、そして、関係も。


「お、お疲れ様。どう?大変じゃない?」


 休憩していた私たちをみつけて、彼が声をかけてくれた。


「そうですね……。」


 そして、働いて、日が暮れて、労働に従事した一日が終わっていく……。








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