第56話

「というわけで、ぼくたちは職場であるコテージへたどり着いたわけだ。」

「誰に向けて言ってるんですか?」

「そうだね……あえて言えば、自分自身かな……。」


 吉田さんが変なものを見る目でぼくのことを見ている。

 そうだろうね。でも、なんかこう気持ちを切り替えていかないといけない気がしてさ。


「れーくん、ちゃんと、『リゾートコテージ・ファイナルストライク』って紹介してくれないと。」

「美智夏さん、なかなか言い出せなかったんだけど、その名前、ちょっと勇ましすぎるよ。」

「この宿泊業界でやっていくにはインパクトが無いと!」

「そうかなあ、インパクトってそういうインパクトかなあ。」

「……私は好きですけど。」

「風香ちゃんは分かってくれるか!」

「ハハハ。」


 ほら、へんなやり取りしてるから、吉田さんが乾いた笑いを発するようになってきたじゃないか……。

 乾いた笑いは、心痩せさせるぞ……。


 管理棟の職員宿泊用の部屋に荷物を置いたぼくたちは、ロビーで待ち合わせをする。

 ついこの前来たばかりなのに、時間が大量に流れていった気がしていた。

 その間、ぼくの身に起きた出来事の内容が濃かったという証左でもある気がしているが、本当だろうか。


「おまたせしました。」


 吉田さんと園山さんがロビーに入ってくる。美智夏さんからは、「あー、とりあえずいつものクリーニング教えといて。あとはー、れーくんがテキトーに教えといて。」と丸投げされている。

 この発言を解釈すると、実は何から何までぼくに全部なげているんです。な、なんだってー!

 部屋に入るときにすでに制服は渡してある。二人共、ついでにぼくも制服に着替えていた。


「じゃあ、とりあえず、部屋のクリーニングについて教えるよ。昨日泊まったコテージがあるから、そこを回りながら教えるね。」

「はい、わかりました!」

「……おー!」


 ゆるめのテンションの二人をつれて、ぼくはコテージへ向かった。

 クリーニングについて教える内容については、前回と一緒だ。


「園山さんはおぼえてる?」

「……大体おぼえてましてよ。」

「なんで、お嬢様喋りになっちゃったの。」

「その、お嬢様だから。」

「そうかもしれないけど、いきなり変えないでよ。」

「ごめんなさい。おぼえてるわ。」

「じゃあ、バスルームは園山さんお願い。吉田さんはぼくとベッド周りから順番にやろう。」

「はい、よろしくおねがいしますね!」

「……おー。」


 なんか、園山さんが恨めしい目でぼくたちを見ながらバスルームへ行ったな。

 ぼくと吉田さんはベッドメイキングと、部屋のクリーニングをぼくが教えながら二人でやった。

 まあ、二人でやると早いわな。

 そして、バスルームは園山さんがやってくれたから、もう次のコテージへ行けそうだ。


「ありがとう、園山さん。おかげでどんどんクリーニングできるよ。」

「もっとお褒めください。」

「え、そうだな、園山さんが来てくれたから、ぼくもやる気がでるよ。クリーニングも綺麗にしてくれるし。」

「……。」


 いつもの無表情な園山さんだが、口からは、フフフと笑いがこぼれ出していた。

 よし、それ怖いから、普通に笑ってくれ。


「むう、私にはないんですか。」

「吉田さんも、ありがとうね。3人になって、すごくはかどるよ。覚えるのも早いし、助かる。」

「そうですか、そうですか。でしたら、もっとがんばりますね!」

「よろしくたのむよ。」


 そんなことを言いながら、コテージを回っていく。

 普段の倍くらいの速度でクリーニングが終わっていく気がするな。


 -------


「クリーニングは終わりっと。ちょっと休憩したら、吉田さんには売店のことを教えるよ。」

「はい、わかりました。なんだかんだで、ちょっと疲れますね。」

「クリーニングが一番、重労働と言っても過言ではないね。」

「ねえ、あなた、私はどうしたらいいの。」

「園山さんは、前と同じく、カウンターでレンタル担当だよ。」

「そう、いいわ。」


 休憩時間になり、ロビーの椅子に、女の子二人が座っている。ぼくはお茶を煎れて持っていってあげた。

 ありがとうと、二人は言って飲む。

 それをみて、微笑ましいと思う、しかし、のんびりしているヒマはぼくには無かった。

 急いで売店の状況を確認する。


 商品の状況、在庫の状況をチェックして、発注が必要かどうか確認。

 発注書を作って、美智夏さんのデスクに放り投げておく。実際に発注するのは美智夏さんだ。

 ぼくが発注しはじめるとおかしなことになるし……。

 レジのお金についても状況を確認。

 最近は自動で精算してくれるレジも出てきているが、売店のレジは全部手動。

 ミスがあると痛いんだけど、余計なお金は使っていられないというのも分かるんだよな。

 まあ、レジは大丈夫でしょう。


 吉田さんを呼びに行こうと思っていたら、吉田さんが売店へ来てくれた。


「すみません、待たせてしまいましたか?」

「ううん、ぼくがチェックしてただけだから、これから呼びに行こうと思っていたんだ。」

「そうですか、よかった。」

「そうそう。じゃあ、やろうか……の前に園山さんはなんでいるの?」

「私も売店やりたい。」

「そ、そう。色々できる人がいると助かるかな……。」


 園山さんがやる気をみなぎらせている。そのやる気を失うことが無いようにしなくてはいけないな。


「じゃあ、レジの打ち方ね。」

「はい。」

「……はい。」


 ぼくはレジ打ちから教える。高校生くらいになれば、そんなに難しくはない。

 みんな、お店でレジを見てるだろうし。


「できそう?」

「大丈夫だと思います!」

「……まかせて。」


 なんでか、優秀であるはずの園山さんが一番心配だ。


「商品を打ち込むときには、何を買ったのか言いながら打つといいよ。」

「はい!」

「例えば、『ポテトチップスを1点、ピールを3点』みたいな感じで。」

「そうですね、そうすれば間違えなさそうです。」

「で、最後に『以上、4点でよろしかったですか?』と聞く、そうすると、買い忘れとかが無いか確認にもなるし。」

「……まかせて。」

「ちょっとやってみようか。はい、じゃあ、これ。」


 園山さんが、レジにたち、かごの中身を出し始めた。


「……ポテトチップスが1点、ポテトチップスが1点、ポテトチップスが1点。」

「なんで全部1点ずつにバラシちゃったんだよ!しかもそんなにポテトチップス持ってきてないよっ!」

「フフ、好きなんでしょ。」

「何が!?ポテトチップス?!きらいじゃないけどそんなに持ってきてないだろ!」

「ご一緒に、炭はいかがですか。」

「炭?バーベキュー用のやつ?!ポテトチップスを焼くの!?もう揚げてあるのに?」

「カリッとしますよ。」

「もうしてるよ!これ以上は炭になっちゃうから。」

「じゃあ、それでバーベキューしましょ?」

「しないよ!ポテトチップスの炭じゃなんにも焼けないよ!」


 園山さんがフフ、と笑う。吉田さんが心底困った顔をしていた。


「ごめん、吉田さん。レジは吉田さんにお願いするよ。」

「え、は、はい。風香さん、そんな風に話すことあるんだ……。」

「あれ、吉田さん見たことなかった?園山さん、時々、こんな風にふざけることがあるんだよ。」

「ふざけてません。」

「なお悪い!?」


 吉田さんも、笑顔になって、フフフっと笑う。園山さんも、そんな吉田さんを見て、フフフと笑いをこぼれさせた。

 なんだか楽しいアルバイトになりそうだな、とぼくは思った。








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