第43話
「おまたせしました。」
「ああ、全然待ってないよ。」
ぼくは戻ってきた二人の美少女を見やる。別に泣きながら出ていった訳ではないのだが、戻ってきた二人を見たとき、柔らかくなったような、スッキリしたような、なにか違う雰囲気になっている気がした。
そして、どこか二人の距離感が変わったようにも。気のせいだろうか。
「さあ、ペンギンももうぼくみたいな人間に見られるのは限界だろうから、行こうか。」
「はい、行きましょう。あ、私、お弁当を作ってきたんですよ。一緒に食べません?」
「……私も、お弁当作ってきた。」
「え、またお弁当作ってくれたの?なんか、毎回申し訳ないな。ありがとうね。」
以前は、焼き肉しか入っていないという驚異の焼肉弁当だったけれど、今回はどうなんだろう。
いや、焼肉弁当だったとしても、文句など言いはしないが。
「じゃあ、飲み物はぼくにおごらせてよ。あっちにテラス席があったから、そこで食べようか。」
「はい!」
「……はい。」
日陰とはいえ、暑い風の吹き込むテラス席に三人で腰掛ける。
木目調のテーブルは、すこしザラッとした感触だが、落ち着いた雰囲気で、リラックスできそうだ。
「じゃあ、私のお弁当から、今日は、サバサンドとツナサンドです!」
「おお、美味しそうだね!」
キャロットラペと合わせられたツナマヨのサンドイッチ、そして、ベーシックなサバサンド。
どちらも美味しそうだ。それに、手間がかかるんだよ。それを考えると本当にありがたかった。サバサンドってトルコの料理だっけ。
「はい、じゃ、これ、園山さんも」
「ありがとうございます。……わたしのお弁当は、これです。」
「……お寿司だ。」
「はい、お寿司です。」
お寿司……食べたいとかってレベルを通り越して、自分で持ってきちゃってた……。
あ、これ、もしかして……。
「え、水族館だから!?」
「……。」
「なんか言ってよ!!」
園山さんが、すーっと目をそらした。
水族館で魚みたら、お魚が食べたくなるよねー的な冗談を言ったりするけど、本当に用意してきちゃったりする……?!
「……助六寿司ですけど。」
「この季節、生物はちょっと怖いもんね。」
これで生モノがネタに乗ってたらちょっと危険だったな。
「ん?これ、吉田さんのお弁当も水族館だから!?」
「はい♪」
「はい、じゃねえんだよなあ……。」
でも、どちらも美味しそうで、非常にありがたい。
「じゃあ、食べようか。」
「「「いただきます。」」」
本当にどちらも美味しかった。サンドイッチも、お寿司も、食べやすいサイズだったので、気軽につまめる。そして、食べながら話をするのにも向いていた。
ぼくはふたりと水族館で見た動物たちの話をしたり、夏休みの過ごし方について話したりした。
「園山さん、動物園のときも、見た動物を食べたがってたね。」
「別に食べたがったわけじゃありません。」
「……たとえば植物園に行ったら、やっぱり食べられるか気にするんじゃない。サラダ作ってあげようか?」
「……お断りします。」
吉田さんが、その話を聞いて、ぼくの顔を覗き込んでくる。
「え?動物園ってなんですか?」
「なんか、園山さんが動物園に行きたいって言うから、ふたりで行ったんだ。夏休み始まってすぐくらいかな。」
「夏休み直前です。」
「夏休み直前だって。」
吉田さんが、園山さんをがっと掴むと、テーブルから引き剥がして、物陰に連れて行った。
おーい……。
「(動物園ってなんですか!?抜け駆け!!)」
「(別に抜け駆けはしてない、私は彼に出かけたいって言った、それを彼は了承した。それだけ)」
「(でも!きいてない)」
「(〜〜〜♪)」
「(なにその古典的ごまかし!)」
「(あなたの気持ちを聞く前だし、第一、私と彼がいつ出かけても何かを言われるおぼえはないわ)」
「(それは、そうですけどっ!)」
「おーい、何やってんの。」
「あ、ごめんなさい、なんでもないんです。」
「そんなこと無いでしょ……。」
園山さんが珍しく困惑した雰囲気出してるし……。
でもなんか、吉田さんと園山さんがすごく仲良くなったっぽくて、ぼくは嬉しい。
……だって、なんか、朝、集合したときの空気の微妙さったらなかったから。
「じゃあ、お昼も終わったし、水族館の後半、見に行こうよ。」
「はい、行きましょう。」
「……おー。」
ぼくらは、また水族館をゆっくりと見始めた。
前の、どこか剣呑な雰囲気は少し和らいだような気がする。
□□□□□□
地元の駅に戻ってきて、ふたりにお礼を言う。
「今日は、ありがとう、楽しかったよ。」
「はい、私も!とっても楽しかったです。」
「……私も、楽しかった。」
「じゃあ、今日は、解散にしようか。」
「そうですね、少し寂しいですけど。」
「……わかった。」
少し傾いた日が、ぼくらの影を地面につくる。
「じゃあ、ね。」
「一緒に帰りませんか。」
園山さんが言ってくれた。本当にありがたい。
ぼくのことを、こうして誘ってくれて。
「ありがとう、でも、ちょっと今日はこれでお別れしよう。」
「そうですか……。また。」
園山さんが、背筋の伸びた綺麗な姿勢で、帰り始めた。
でも、どこかさみしそうな、そんな雰囲気もある。ぼくが、園山さんの背中を見ることがあまりないからだろうか。
だけど、ぼくにはまだやることがあった。
「吉田さん。」
「はい、え、どうしたんですか。」
「送っていくよ。」
「え、え、本当ですか!?園山さんは?」
「いいんだ、だって、今日は吉田さんとのデートだったはずだろ。」
「そう、ですか……じゃあ、行きましょうか、一緒に。」
ふたりでゆっくり歩いていく。吉田さんを送っていくのは初めてだったな、そういえば。
まだ残る日中の熱を感じながら、ぼくらは歩いていく。
「ごめんね、デートにできなくて。」
「……そうですね、がっかりしました。」
「園山さんが来るって、さすがにわからなくて。」
「本当ですよ。びっくりしました!」
そういって、コロコロと笑う。吉田さんは本当に笑顔が素敵だ。
「それもそうなんだけど、ぼくがはっきりと園山さんにお断りしなかったのが悪かったなって。」
「……それも本当ですよ、私とデートだったのにね。」
「デートかどうかはともかくとして、って言ってたとも思ったけど。」
「でも、デートに誘ってくださいってお願いしたんですからね。」
「そう、だから、ごめん。」
「フフ、君は優しすぎるんじゃないかな。」
「ぼくは優しくはないよ。ただ、いい加減なだけ。」
「そうかなあ。」
そう言って、吉田さんは、ぼくの前に出る。
くるりと振り返ってぼくの顔をみつめている。
「でも、今度はデート、ちゃんとしてくれますよね。」
「……埋め合わせにね。」
「それでもいいですけど、ちゃんとデートなら。」
そして、くるりと前を向いて歩き始める。足をすこし大きく振って、ふざけたような行進をする。
「お手柔らかに。」
ぼくが言うと、
「はい♪」
と、言って笑った。
□□□□□□
駅前に戻ってきて、さあ帰ろうかと思ったら、気がついてしまった。
園山さん、もう帰ったんじゃないのか。
だって、さよならしたときは、歩き始めてたじゃないか。なんで、駅前で立って待っているんだ、誰かを。いや、待っていないのかもしれない。けど、ぼくは待っていてほしかった。
……待っていて欲しかったって言ったか?
ぼくは、園山さんのところへ歩いていく。小走りだったかも知れない。
「……あなた、一緒に帰れるの?」
「ここで断るって選択肢、ある?」
「どうかしらね。じゃあ、帰りましょ。」
そう言って、園山さんは歩き始めた。ぼくもその横に並んで歩き始める。
園山さんは、いつもの綺麗な姿勢。歩く姿も美しいと感じる。ぼくは、そんな園山さんと歩いているのが好きだと感じている。
なんてことない、今日の話をしたりしながら、帰り道を歩いていく。
「そういえば。」
「何かしら。」
「なんで、お寿司持ってきたの。ぼくは水族館に行くなんて、一言も言ってないと思うんだけど。」
「……お寿司、食べたかったから。」
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