第42話
「言ってみれば、ダブルデートというものではないでしょうか。」
園山さんが言ってのける。
ぼくの認識では、ダブルデートというのはカップルが二組参加しているはずなのだが……。
カップルが1.5組ってのは、ちょっとダブルの要件を満たしていない気がします。
「そ、そうですね。ダブルデートです。そう、ダブルデート。」
みろ、吉田さんがバグってきたじゃないか。
なんか、とてつもない問題の前に、小さな問題を無視するかのような、恐ろしい力技による解決がなされている気がする。
電車が揺れている。街を抜け、海沿いへと出たようだ。海が見える。
と言っても、自然の海岸ではなくて、港湾なんだけどね。
キラキラと光を反射して水面が光っているのを見ながら、ぼくはこの異常事態をなんとかした形にしようと頭をひねっていた。
「その……三人で同じアルバイトをするわけじゃない、今度。」
「そ、そうですね、たしかに。」
吉田さんが、混乱しつつも同意してくれる。
「だからさ、親睦を深めておこうよ、この機会に。」
「……そういうことです。」
絶対違ったよね。理由はわからないけど、とにかくこの場に来たかっただけだよね、園山さんは。
なんとなく、収まりがついたなと思って、吉田さんを見る。
今日も可愛いコーデだな、と今気づく。
「あ、遅くなってごめんだけど、吉田さん、今日も可愛いコーディネートだね。」
「あ、え、はい……。ありがとうございます。」
「ちょっと、私は?」
「はいはい、園山さんも可愛いよ。」
園山さん、もうぼくの反応を待つとかではなく、直接的にお褒めの言葉を要求してきた。
いや、褒めるよ……。可愛いもん。だけど、なんだその距離感。
「そうですね、一緒に働く三人ですから、仲良くなったら、楽しいですよね!」
「仲良くなれば働くのも楽しいよ!」
「……やったー。」
やったーじゃねえんだよなあ。
だけど、なんとか前向きなイベントにすることができたようだ。
……本当か?
□□□□□□□□□□
「はい、チケット。」
ぼくは二人にチケットを渡す。この水族館は、半分公共施設みたいなところだから、入場料は値頃な感じだ。
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
園山さんが乱入したのを防げなかった手前、チケット代はぼくのおごりだ。これしきのことで、許されるとは思っていないが……何かしないと罪悪感がすごい……。
「じゃあ、早速見に行こうよ。順路はこっちだな。」
「はい、行きましょう!楽しみですね。」
「私も……。」
「はいはい、急がなくても逃げないから。」
そう言って、三人で展示を回り始める。
水族館の魚たちを眺めていると、アレコレと考えて悩んでいる自分が小さく見えてくる。
優雅な水の中の生き物たち、それらは、ぼくに余裕のある生き方を選べと教えてくれる気がしてきた。
「あ、ねえ、ねえ、マグロ水槽ですって!一緒に行ってみましょう!」
そういって、ぼくの腕を抱きかかえる吉田さん。
うん、ふよんってするなにかがぼくの二の腕にアタックしてるよ。いけない、男性にそういうことをしては。勘違いするからね。ホントに。
「あっちに、ペンギンがいるそうです。行きましょう。」
そういって、園山さんが、ぼくの反対の腕をがっちりホールドした。
いけないよ、腕をそういう扱いしちゃ。痛いですから。それ、なんか痛いんです、キマってるってヤツです。
「ウギギギギ。痛い!ふたりとも!仲良くなって!両方に引っ張ったら古代の死刑みたいになっちゃうから!」
「あ、ごめんなさいです。」
「……ごめんなさい。」
余裕のある生き方どこ行っちゃった……?
水槽で泳いでいた魚たちは、俺知らね、とばかりにぼくの前からは消え失せていたのだった。
リクエストを順番に解決するべく、マグロ水槽の前に来た。
ふたりは、ぼくの両方の腕にくっついたまんまだ。
はからずも、ぼくはただのクズ男と成り果てたのではないだろうか。ぼくが望むと望まざるとに関わらずだ。
な、なんでえ……?
「……マグロって、こんな大きいんですね。」
「そうだね、しかも泳ぎ続けてないと死んじゃうんだよ。」
園山さんがしみじみとマグロの感想を言う。ここにいるのは、比較的若いマグロらしいけど、それでも十分大きい。
両手広げてもはみ出るくらいだもんな。
「……これがあの、マグロ。」
「園山さん、お寿司のこと考えてるもしかして。」
園山さんがビクッとした。……考えてたな。
「マグロも、漁獲量が減ってきてるらしいから、大切にしていかないといけないようだよ。」
「そうなんですね。食文化を守ることも大切ですけど、自然を大切にしていくことも重要ですよね。」
吉田さんが反対からぼくの言うことに応答してくれる。
マグロ、食べ続けたいものね。だったら、マグロを大切にしなきゃ……。
「ところで、二人共、ぼくを開放してくれない。」
「え。」
「……いやです。」
なんで不服そうなんだよ。
「これ、ぼくがただのクズ野郎になりさがってるからね。みんなの気持ちは嬉しいけど、クズのぼくでいいの?」
「……いいですけど。」
「吉田さん!?不承不承、クズであることを受け入れないでいこう!?」
「クズは困ります。」
「あんま、クズって言われるのも心が痛むんだよな。」
二人はなんとかぼくの腕を開放してくれた。
気持ちは嬉しい。というか、ぼくに対して、どうしてこうも好意的に接してくれるんだろうか。
ぼくはなんの取り柄もない、地味な人間だ。そして実際、今この状況はクズだ。吉田さんのデートについてくる園山さんを断れなかった。吉田さんのためのデートだったはずなのに。
頭の中に鎌首をもたげ始めたどうしようもない考えを振り切って、今度はペンギンを見に行くことにした。
三人でペンギンの展示の前に座って、ぼんやりとペンギンを眺めている。
「ペンギンも、こうしてじっと見ていると、それぞれ個性があるよね……。」
「そうですね、あの端っこの子なんか、ずっと他のペンギンについて回ってますよ。」
「ピョコピョコしてて、かわいい。」
そうだね、可愛いよ。ペンギンも可愛いけど、キミたちも可愛いよ。
なんでぼくと出かけることになったの。ぼくはどうしたらいいんだよ。
まあ、今はペンギンをじっくり見ようじゃないか。そうして、ぼんやりしていると。
「すみません、あの、お花を摘みに……。」
「ああ、ごめん、ここで待っていればいいかな?」
「はい、じゃあ、すみません。園山さんも、一緒に行きませんか?」
「え……。そうね、じゃあ、行こうかしら。」
女性陣ふたりが連れ立って、館内方面へ歩いていった。
ぼくは、それをみながら、分不相応とも思えるその二人の美少女について、煩悶していた。
□□□□□□
私は園山さんを誘って歩きだし、二人でオープンテラスへ来た。
彼とは違う場所、ちょっと離れて見えないところ。
私は園山さんに聞きたいことがあったから。
「園山さん、こうして二人で話すことってなかったよね。」
「そうね、あまり、お話する機会がなかったから。」
園山さんの綺麗な目が、私の目をじっと見ている。なにかを伺うように。
値踏みするように。
「園山さんは、彼に告白されて、断ったって聞きましたけど。」
「ええ、そうよ。ハッキリとお断りしたわ。」
「でも、園山さんはそのあとも彼と一緒にいる。」
「……。」
園山さんは黙って、じっと私を見る。何かの言葉を探しているのか、それともそうではないのか。
私は、胸のうちから溢れてくる疑問を、話すしかない。私の園山さんへの疑問は尽きなかった。
「どうして、彼と、一緒にいるんですか。断ったのに、フッたのに……。」
「……たとえ、彼とお付き合いしていなくても、一緒にいることはできるわ。」
「そうですか?無駄に彼に期待させることになるんじゃないですか?」
「……。」
園山さんは、初めて目をそらした。何かを考えているのか、自分の気持ちを覆い隠そうとしているのか。
私は、園山さんの手を握った。
どうしてだろう。明確に、私と園山さんは彼のことを争っている気がする。
お互い、敵同士。
だけど、園山さんはなにかに迷っている。そのことがひどく可哀想に感じられたのだ。
「私は、彼が好きです。」
「!」
園山さんが目に見えて動揺した。
だけど、私は続ける。
「彼と、お付き合いしたい。彼の恋人になりたいんです。」
「……そう、そうなのね。」
「園山さんは、そうじゃないんですか。」
「……。」
「彼といるときの園山さんは、学校にいるときの園山さんと違う。クラスではもっと、ハッキリとした話し方ですし、勉強もできますし、他の人に優しくしてる。」
「……違わないわ。」
「いいえ、彼と一緒にいる園山さんは、明らかに違います。彼に甘えているんです。言葉は少ない。態度もそっけないように見える。だけど、そうすることで彼が言う言葉、してくれること、そういう何気ないことに喜びを感じているんじゃないんですか。」
「……。」
園山さんは、黙って、自分の手元、私と園山さんのつながっている手を見ている。
「彼と私が恋人になって、それでいいんですか。」
「……嫌よ。」
「私もじゃあと言って、譲ったりはしません。」
「いじわるね。」
「ここで優しいふりをして、誰かに譲ったりしたら絶対に後悔するから。」
「……ねぇ、吉田さん、実は私、自分の気持ちがなんなのか、まだわからないの。でも、吉田さん、いいえ、美優って呼んで良い?」
「はい、じゃあ、私も風香さんって呼びます。」
「でも、美優が、今、彼のことを好きだって言って、私、困ったわ。彼を失ったら、どうしようって。」
いつも見る、完璧な美少女で、凛々しい園山さんじゃない。
道に迷っているような、どこか不安な様子で、自分の気持ちを探している風香さん。
初めて、私とおんなじ歳の女の子なんだって、分かった気がする。
ずっと、違う世界の人みたいに感じていたから。
「でも、勝手にデートについてくるのはやりすぎです。」
「ズルしてデートの約束しちゃうのは、卑怯だわ。」
「いいえ、彼から誘ってくれたんだからいいんです。」
「じゃあ、私も誘ってもらう。」
「そしたら、次は私がついていきます。」
「「……。」」
「「フフフ。」」
笑顔が押さえきれない。同じ、恋をしている。
私たちはわかりあえた。
そして、私たちは、争わなければいけない。
この恋を叶えるために。
たった一人の、愛を勝ち取るために。
「じゃあ、戻りましょうか。」
「そうね。」
「この状況で、同じアルバイトに行かないといけないんですか?」
「あら、行くって言い出したのは、美優じゃないの。」
「そうです、また二人きりにはしておけませんからね。」
「もう、私の楽しみを奪わないで。」
私たちは歩いて戻る。彼のいるところへ。彼の元へ。
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