第39話

「ううううう、あっつい!!もうやってられん!」


 ぼくの声がこだましたのは、オンボロアパート大宇宙荘203号室のまさにぼくの部屋。

 ちゃぶ台で夏休みの宿題を片付けようと頑張っていたぼくは、あまりの暑さに悲鳴を上げていた。


「大体、エアコンすら無いのがダメなんだよ!」


 そうは言っても、この大宇宙荘、築40年をくだらない物件であり、やろうと思えばできなくはないが、やったとて効果が少ないだろうというのがエアコン化なのだ。

 まあ、分かっている。限界が何事にも存在するということは。


 仕方ない、気は進まないが図書館に行って夏休みの課題をやっつけるとしよう。

 今後もアルバイトに励むためには、課題は邪魔で仕方ないのだ。やろうと思えば、バイト先のコテージでできなくもないんだけど、それよりは働いていたいという気持ちがあるので終わらせてしまいたいんです。

 誰に対して言い訳してるんだか。

 ぼくは宿題一式をカバンに放り込み、大宇宙荘を出発した。


 ○))))))


 図書館に来たのは、園山さんとの勉強会以来か。あの勉強会も、突然だったな。

 というか、突然じゃないイベントが園山さん関連では存在していない気がしている。

 とにかく夏休みの課題をやってしまわなければならん。

 ぼくは学習スペースの空きを探し、なんとか場所を確保した。


 図書館の良いところはとにかく勉強していても文句を言われないところ。これがファミレスとか喫茶店だとさすがに気が引けるからな、数時間居座るのは。

 それに、お金もかからないしね。

 そして、冷房が入っているので涼しいところだ。冷房が無いと生きていけない……どうしてこんな暑い日が続くのだろう。きっとぼくたちが犯した罪の報いなのですね、アイスコーヒーで罪を洗い流してなんとかならないでしょうか。

 いいえ、そうは行きません。罪は深い。


 そんなくだらないことを考えながら課題を進める。今日がんばるだけで、半分は終わるんじゃないか。頑張れぼく。

 ああ、しかし、ぼくの集中力を切り裂いて落としたのは、スマホの通知でした。

 音はしなかったけど。

 画面に現れたのはメッセージ。


[あなた、今、どこにいるの?]


 この、簡潔な物言いは園山さんだな。まあ、通知に園山さんって出てるし。


[図書館で課題と対決中]

[図書館?しばらくいるのかしら]

[今日だけでは終わりそうにないし、いると思う]

[わかった。]


 何かがわかった園山さんからその後のメッセージは来ることが無かった。何がわかったんだろう、eureka!アルキメデスは風呂に入って叫んだと言われているが、なんでそのことが分かったのか。アルキメデスは独身ではなかったから、奥さん辺りが聞いたのだろう。

 アルキメデスですら結婚できているのに、ぼくはなんでひとりなのだろう。大宇宙荘が四畳半だから悪いのか。

 ああ、アルキメデスよ。ぼくに力を……具体的にはこの三角比ってヤツが……なんてことしてくれたんだアルキメデス、おい聞いてるのかアルキメデス。

 アルキメデスが返事してくれません、も、もしや、死んでる!?(紀元前212年?没)


 などと、ぼくが三角比とサイン・コサイン・タンジェントしているときに、ぼくの横に突っ立っている人がいる。


 園山さんだ。


 もう、ぼくは驚かなくなってきた、きっとみんなもそうだろう。みんなって誰。それはこの図書館に集まって勉強しているみんなだよ。

 みんな元気ー?

 心の中で呼びかけてもレスポンスはありません、当たり前ですね。


「ここ、いいかしら。」

「あ、はい。どうぞ。」


 横に座った園山さんが、カバンから課題を出し始めた。


「園山さんも課題やりに来たの?」

「いいえ?」

「じゃあ、なんで課題を机に並べてるんだよ。ワークを叩き売りでもするつもりなの?!」


 園山さんが、人差し指を唇に当てて、しー、と静かに注意してきた。

 おかしい、なんでぼくの方が変な人みたいになってるんだ。

 でもぼくは分かってきた。聞いたことと反対のことを言うのは園山さんの照れ隠しだ。

 多分。

 ごめん、ちょっと自信ない。


「じゃあ、一緒に課題やる?」

「わかりました、そうしましょ。」


 課題を開いた園山さんが、シャーペンを持つと、ぼくも同時に課題に取り組み始める。

 あんなに暴れていたアルキメデスが、おとなしくぼくの課題に付き合ってくれている気がする。

 ありがとう、アルキメデス。

 ここまで言っておいてなんだけど、三角比とアルキメデスが関係なかったらどうしよう。

 とかって言ってる間に、園山さんがすごいスピードで課題を進めている。

 開いたときに、真っ白だったからびっくりしたんだけど、この速度でできるんだったら、そら後回しにもなるかも。


「ね、あなた、国語得意だったわよね。」

「得意ってほどでもない気がするけど、普通くらいには分かるよ。」

「じゃあ、教えて。」

「いいでしょう。どこがわからないの。」

「ここから。」

「ふむ、えーと……。」


 園山さんに頼まれて国語の課題を教えているとき、ぼくのスマホに通知が入る。


[今、なにされてますか?お時間ありますか?]


 この丁寧なメッセージ、おそらく吉田さんだな。まあ、通知名に吉田さんって書いてあるし。


[図書館で課題をやってる。]

[そうなんですね、しばらくいる感じですか?]

[そんな感じかな。]

[今から行きますね!]


 みんな、ヒマなんかな。

 いや、こう言ってはなんですが、課題はひとりでやるより誰かとやったほうがはかどるから。

 多分そう。きっとそう。


「ぼーっとしてないで、続きを教えて。」

「あ、ごめん。」


 園山さんと国語の課題を進める。国語って、授業を聞いていても、本質的にはわからなくて、自分で掴むしか無いことが多い気がする。

 古文とかは、テクニック的なものを学ぶ必要があるけど。

 まあ、そんなことを思いながら国語の課題に取り組んでいると、吉田さんがやってきた。

 ……なんか、なんとも言えない表情をして立っている。


「早かったね。」

「園山さんも一緒だったんですね。」

「そうなんだよ、なんか別に誘ったわけじゃないんだけど、ここにいる話をしたら来てくれたんだ。」

「そうですか……じゃあ、私はこっちに座りますね。」


 吉田さんは、ぼくの隣、園山さんとは反対の方に座った。


「吉田さんは、課題の進み具合はどう?」

「そ、そうですね、えーと。」


 吉田さんが課題のワークブックを開く。

 見た感じ、ほとんど埋まってらっしゃるんですけど?何をしにいらっしゃったのかしら。


「すごいね、ほとんど終わってるじゃない。」

「え、えと、まだ終わってないところもあって!そう!細かいところが!」


 吉田さんは夏休みの課題はスタートダッシュで終わらせるタイプなのかな。

 まあ、その方がいいよね。ぼくはアルバイトがあるから、つい後回しにしちゃうんだけど。


「じゃあ、なんかあったら教えてもらおうかな。」

「はい、任せてください。」

「……。」


 なにかな、園山さん、なんで、課題のワークをぼくのほっぺたにギュウギュウ押し付けてくるの。

 あ、途中だったから?まだ教えきってないからね。はい、やりますから。


「ごめんごめん、じゃあ次ね……。」

「はい。ここの文の指している意味というのがわからなくて。」

「あ、それはですね、この前の段落に書いてある文が……。」


 なんか、吉田さんが園山さんに教える係に参戦してきたぞ!

 先生役が多すぎるんじゃないかな!?いいけど、別にぼくが教えなきゃいけないわけじゃないけど!

 あ、なんか、園山さんが今度は吉田さんのほっぺたにギュウギュウとワークブックを押し付け始めた!

 どういう?どういう感情なのそれって!?


「え?え?なに?どういうこと?!もっと教えてってこと?」

「むー。」


 可愛く言っても伝わらないよ。1/3も伝わってないよ。


それから園山さんに教えつつ、吉田さんに教わりつつ、ぼくたちは課題に取り組んだ。しばらくして……疲れたぼくはこう切り出す。


「ちょっと休憩しようか……。」

「はい。談話室に行きましょ。」

「え、ええ?!」


 なんか、園山さんがぼくの腕をひっつかんで立った。

 そして、吉田さんも、何故かぼくの腕をひっつかんだ。

 ぼくは、コートの男二人に捕まったちっちゃい宇宙人みたいな感じで談話室に行くことになったとさ。


 ○○○)))


「吉田さん、課題終わっててすごいね。」


 三人で飲み物を飲みながら話している。


「ありがとう。私、休みが始まったらもう全部終わらせないと気がすまなくて。」

「それって、思っていてもなかなかできないよ。」

「私だってちゃんと終わらせられます。」


 どういう会話インターセプトなの。ぼくが園山さんは課題終わらせない子だなんて言ってないでしょ。


「園山さんは数学を解く速度が早いから、十分余裕を持って終わらせられるよ。」

「……そうですか。あなたも大分進んでいるようね。」

「まあ、休みの後半もアルバイトに行くから、終わらせちゃいたいんだよね。」

「アルバイトしてるんですか?何をされてるんです?」

「親戚が宿泊施設をやってて、それの手伝いだよ。」

「コテージなんですよ、山の方にあります。」


 園山さんが、いつもの無表情で言う。しかし、どことなく得意げな雰囲気なのはなんでだ。

 吉田さんがピクッと反応すると、こっちをゆっくり見た。


「園山さん、どうして知ってるの?」

「私も一緒にアルバイトしたから。」


 吉田さんの視線がぼくと園山さんを行ったり来たりしてる。

 吉田さんは美人だ、めちゃくちゃ可愛い。可憐な感じがするんだ。

 だけど、今の吉田さんはめちゃこわい。なんか、鬼気迫るものがあります。


「え、なんで。」

「ぼくがアルバイトに行くって話したら、一緒に働きたいって。」

「なんで、私も誘ってくれなかったんですか!?」

「え?アルバイトってそんな気軽に友達を誘ってやるものなの!?」


 ぼくの認識に無いぞ、そういう友情関係は。


「私も行きます!」

「え。」


 なんか、吉田さんもアルバイトをすると言い出した。


「……行きますよ。」

「え。」


 ぼくと目があった園山さんもそう言い出した。


 ……なんだろう、もしかして、ぼくが知らないだけで友達と同じアルバイトをするのは結構よくあることなのかもしれない。

 陽田の言っていた、今までとおなじじゃないってこういうことなんかな。


「えーと、そうだな、みんなと一緒にアルバイトできて嬉しいよ。」

「良かった!頑張ろうね!」

「……がんばります。」


 なんか、ものすごい大変なことになってないか?

 なんか、なんとなくどうしてこうなったんだろうって思いながらぼくは天井を見上げた。










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