第35話

「花火セットが2点で、2400円になります。はい、ちょうどいただきました。ありがとうございます。」


 ぼくはコテージの売店でレジ係をしていた。

 レンタル品もあるけれど、花火やお菓子、飲み物なんかの販売品もあり、そしてこれがよく売れるんだよね。

 旅行に来て、コテージでキャンプっぽい過ごし方をしていたら、そりゃ花火とか、酒盛りとかしたくなるよね。という需要を見込んでやっているのがこの売店なわけでして。


「はい、ポテトチップス1点、さきいか2点、ビール6点で3100円になります。4000円お預かりいたします。900円のお返しです。ありがとうございます。」


 ぼくはひっきりなしに販売を行っているわけです。

 あ、やばい。飲み物とかがケースから無くなりそう。

 レジ中のぼくは動けないので、園山さんに取ってきてもらうことにした。おなじくカウンターにいて、商品の受け渡しをしてくれている園山さんに話しかける。


「園山さん、申し訳ないんだけど、倉庫に行って飲み物を取ってきてもらえる?ケースの中の在庫が無くなりそうなんだ。」

「わかりました。行ってきます。」

「ビール3セットとあとはソフトドリンクをお願い。倉庫に行けば台車があるから、それに載せてきて。」

「はい。では、行ってきます。」


 とりあえずはこれでいいか。倉庫にある飲み物も冷やしてあるのですぐに売れるはずだし。

 夕食時間が終わって、売店のお客さんもまただんだん増えてきたようだ。お菓子も補充しておいた方がいいな。

 ぼくは売り場のストックから商品だなに商品を補充しようとカウンターから、売り場に移動した。


 よかった、まだお菓子のストックは足りそうだ。ぼくは急いで商品だなにお菓子を並べ始める。

 ポテトチップス、チョコレート、よく売れるのがおつまみ系のもので、さきいかやカルパス、チータラなんかが好まれる。

 そうして補充作業をしていると声をかけてきたお客さんがいた。


「おい、ビール売ってないのか?」

「申し訳ありません、今、補充しております。もう少しで商品が来ますのでお待ちいただけますか?」

「なんだ?俺には売れねえってのかあ?」


 見ると、中年くらいの男性が立っていた。結構大柄で、ぼくよりも頭一つくらい背が高い。

 しかし、大分酔ったお客さんのようだな、足元がふらついているように見える。夕食のときに飲みすぎたのだろうか。


「申し訳ありません、すぐに来ますので、お待ちいただきますようお願いいたします。」

「お前みたいななあ、小僧が、俺に指図するってのかよぉ!」


 その男性は、言うとぼくの襟元を掴んできた。

 正直驚いたが、こういうときは落ち着かせることが一番大事なのだ。


「お客様、だいぶお酒を召し上がったみたいですが、大丈夫ですか?少しお待ちいただけますか?」

「なんだよ!馬鹿にしやがってよお!」


 あ、お客様が腕を持ち上げられましたね。これはいけません。割と何を言ってもダメなパターンです。

 これまたぼくの顔がどうにかなっちゃうヤツかなと思って覚悟を決めた。

 刹那、ガタン、と音を立てて何かが落ちる音が聞こえる。

 見ると、園山さんが呆然とこっちを見ている。ぼくを見ているのか、そのお客さんを見てるのか、瞬時には判断がつかない。

 しかし、次の瞬間には園山さんが床を蹴ると、暴風のようにぼくの前に飛んできた。いや、誇張ではなく本当に飛んできたのだ。

 おや、園山さんは、大きく腕を振り上げ、お客さんに襲いかかりそうになっているぞ。


 ぼくは、普段しないような速度での判断を迫られてるようだ。ぼくはお客さんに掴まれて、園山さんの姿を見て、どんどん脳が興奮してきたのか、時間の進みがゆっくりしているように感じている。

 しかし、このままでは園山さんが取り返しのつかないことになってしまうことだけはわかる。

 ぼくは精一杯、掴まれている腕を振りほどいて、園山さんとその人の間に入り込んだ。構図的にはお客さんをぼくが背中にかばう感じ。

 園山さんの振った腕が、ぼくの肩と胸にぶつかる。攻撃ってさ、スピードがあればあるほど、一撃は重くなるんだよね。

 細い剣でも、十分な速度が出れば棍にでも恐ろしい衝撃を与えることができるのはそういう理由なわけ。なんの話かって?騎士の話だよ。


 その衝撃は、ぼくの身体にしたたかに与えられたわけで……。とんでもないよ。強すぎる、園山さん。

 しかし、園山さんを止めなければいけないぼくは、とっさに園山さんに抱きついた。

 すこし、身じろぎしてぼくを振りほどきそうになる園山さんに声をかける、できるだけ優しく。


「落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから。」


 そうすると、園山さんの身体は止まったように思った。

 後ろから、美智夏さんの声が聞こえてくる。


「はーい、すみませんね、ウチの従業員が。でもねえ、お客さん、やりすぎましたねえ。ちょっと警察署で落ち着きましょうか。」


 見ると、いつの間にか警察官の人たちが来ていた。

 男は、警察官に連れられて、管理棟を出ていく。警察官を見た途端、おとなしくなったようで、暴れもせずに出ていった。


 美智夏さんがぼくの近くにきて小さい声で言う。


「風香ちゃんをバックヤードに連れていきな。落ち着いたら戻ってきてもいいし、今日はもうおしまいでもいいから。」

「はい。すみません、お願いします。」


 見ると、普段はキッチンをしてくれているパートのおばさんがレジに立っていてくれた。

 美智夏さんにあとを任せて大丈夫だろう。

 ぼくは、抱いていた園山さんを離し、手を引いてバックヤードに移動する。


 バックヤードの椅子に園山さんをそっと座らせる。

 手を握って、背中をさすってあげる。


「ごめ、ごめん……なさい……。」

「大丈夫、大丈夫だよ。」


 園山さんの目からは、涙が溢れてくる。いつもの無表情も崩れ、悲しみに可愛い顔が歪んでいる。

 ぼくもそんな園山さんをみて悲しくなる。

 でも、できることは落ち着かせようと、さすってあげることだけ。


「……。」

「……。」


 しばらくの間、そうしてぼくは園山さんを落ち着かせてあげようとがんばっていた。

 園山さんもだんだん涙が出なくなり、落ち着き始めたように感じる。


「その、ありがとうね。ぼくのことを助けようとしてくれたんだよね。」

「……いいえ、あ、そ、その、そうです……。」


 いつもはつい否定してしまいがちな園山さんが顔を真っ赤にしてそうだと肯定してくれた。

 ぼくは感謝しかない。


「本当にありがとう。すごくすごく嬉しい。でも、その、従業員がお客さんに手を出したってことになると、本当に大変なことになるから。」

「あの、大丈夫でしたか。手が……。」

「ああ、うん、大丈夫。」


 ウソ、本当はめちゃくちゃ痛い。まだ痛い。一撃の重さが違った。


「このコテージってやっぱりみんな旅行で来るでしょ。だから、つい羽目を外しちゃう人がいるんだよね。まあ、だからね、あそこまで暴れる人はあんまりいないけど、ちょっと嫌なこと言われたりとかはあるんだ。」

「はい……。」

「ぼくは、もう慣れてるから、園山さんの気持ちは嬉しい、だけど大丈夫だから。」

「……。」


 園山さんは不服そうな雰囲気を出している。


「本当に手に負えなかったら、今日みたいに警察をお願いしたりね、できるから大丈夫。」

「……そうですか、そうですね。」

「うん、なにか飲む?暖かいものを飲んだら落ち着くよ。」

「そうですね、おまかせします。」

「うん。」


 ぼくはポットからマグにお湯を注ぐ。紅茶のバッグを入れて、蓋をした。

 ぼくが離れても、園山さんは落ち着いて見える。落ち着いたようだな。良かった。

 ぼくも園山さんの隣に座って、園山さんにもマグを渡す。

 ふたりでゆっくりお茶を飲む。


「今日はもうおしまいにしてもいいよ。」

「その、大丈夫です。」

「じゃあ、もう少しゆっくりしたら、戻ろうか。」

「はい。」


 落ち着いたのはいいけど……この状態になるまでやったアレコレのことを思い出すと、恥ずかしくて園山さんを見られない。

 じっとマグカップを見ていたら、園山さんが言う。


「抱きしめられてしまいましたね。」

「えっ、そ、その、園山さんを止めなきゃと思って。」


 フフと園山さんが笑う。


「あなたに抱きしめてもらいたかったら、暴れればいいということ?」

「暴れる前提なのやめて。」






 ……現時点では暴れるのを止める以外に抱きしめる予定は無いけど。








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