第34話
「ほいじゃ、午後からお客さんが来るから、諸々教えておいてね。」
美智夏さんがぼくに丸投げして食堂を出ていく。ぼくに対する信頼だと思いたい。
まあ、多分、面倒だからじゃないかと思うんだけど、おそらくぼくが教育係をやるということも込みで今回の園山さんのアルバイトをオッケーしてくれたんだと思う。
園山さんに声をかける。
「食器を洗ったら、お客様とのやり取りがある仕事を教えるね。」
「わかりました。よろしくおねがいします。」
「じゃあ、さっさと洗っちゃおうか。」
二人で食器を洗ってしまう。丼ものは使う食器が少なくなるのが良いところだ。
というか、まかないの基準って、洗い物をいかに減らすかっていうところもあるよね。大体ワンプレート。
管理棟のカウンターまで二人でやってきた。
管理棟は、宿泊の受付もやるんだけど、レンタル用品の貸出とか、売店業務とか、割とあれこれとある。
「レジはお金を扱うから、慣れてきたら教えるよ。まずはそれ以外の業務だね。」
「わかりました。」
「うん、じゃあ、レンタル用品の貸出について教えようか。」
レンタル用品の一覧表と価格について、見ながら教える。
コテージなので、キャンプっぽい感じが楽しめるものがレンタル用品として用意してある。
「レンタル品は、カウンターの後ろの棚に大体置いてあるんだよ。」
「そうですね、ひと目でわかります。」
「で、貸し出すコテージの名前を控えて、棚から順番に貸し出して、ここになくなったら、隙を見て補充しておきます。」
「隙……ですか。分かりました……隙あり。」
「いてっ!普通に痛いよ!遊びの余地がない!」
園山さんが突然、手刀を繰り出してきた。なんて早い手刀なんだ……見切れなくて全部食らった。
突然、手刀が飛んでくるなんて思わないじゃないか。
「そういう武術的な隙じゃないよ!カウンターにひっきりなしにお客さんが来たら急いで補充に行ったりしなくていいから、カウンターのお客さんを優先で対応して、お客さんの対応が無くなったらってこと!」
「はい、わかりました。」
本当に反省してんのかな。てか、ごめんなさいとはひとっつも言ってなくないか?
「あと無闇に手刀を使ってはいけません。」
「はい。ごめんなさい。」
まあ、ごめんなさいしたからよし。
棚をざっと二人で眺める。
バーベキュー用の用品、網、備長炭、火箸、軍手。水遊び用の浮輪、ボール、水中メガネ。
ランタン、タープ、キャンプ用の椅子、焚き火台。
「どこに何があるか、ざっとでも見ておくとすぐに出せるから、見ておいてね。」
「はい、わかりました。多分、大丈夫ですよ。」
「うん、園山さんが優秀なのは分かってるから、心配してないよ。」
どのくらいの業務をまかせるのかは難しい。実はやることはたくさんあるけど、いっぺんにたくさん渡すとパンクしてしまうかもしれない。
あとは、返却されるレンタル用品のチェックとメンテをお願いするだけでもとりあえずは良いかもしれない。
「じゃあ、レンタル用品関連の仕事をもうちょっと教えるから、倉庫の方に行こうか。」
「わかりました。あの、もう少しここを見てもいいですか。」
「いいよ。焦らなくて大丈夫……。」
園山さんが実は優秀だ、ということは同じクラスのぼくが一番知っている。いや、みんな知っている。しかし、時々すごいことを言い出すからイメージが突飛な人になってるんだけど、僕の中ではね。
どうして優秀さがこれで分かるか?それは自分がどういう状況なのか分かっているという点に尽きる。すぐに何でも言われるとおりするんじゃなくて、おぼえておいてと言われた棚の状況を把握しようとしている、自分は今不十分だと分かっている。それができることがすごい。
……正直、このアルバイトをオッケーしたのは、園山さんくらいの優秀な人がいてくれたら助かるなって思ったからだ。
でも、友達を働かせるっていうのは、あんまり良い感じじゃないよね……。何かお礼をしないとな。
「また、見ますけど、とりあえず、倉庫に行きましょう。」
「オッケー。大丈夫、あとでまたカウンターに入ってもらうから。」
「わかりました。」
裏の倉庫へ歩きながら話す。
「その、緊張してる?大丈夫、最初はお客さんが少ないと思うから。」
「そうですね、そうでもありません。」
「本当かな……?」
ぼくは園山さんの顔を見る、表情はいつもの無表情。
だけど、目を見ると、最近は彼女の感情が読める気がした。気のせいだろうか。
落ち着いている、だけど、ほんの少しの不安。
「大丈夫。」
「……そればっかりですね。」
フフと園山さんが笑う。ぼくは照れくさくて笑ってごまかす。
倉庫で、レンタル品の返却に関してと、メンテを教える。
まあ、基本的には壊れたりしたものは修理品として分別しておく。
壊れていないものは綺麗にして、倉庫に収めておく。ローテーションさせないといけないので、順番を守って置いておく。
「ここらへんは、実際に返却されたときに一緒にやっていこう。」
「そうですね、大丈夫だと思います。」
いっぺんにやるには多い。仕事の一連の流れを知っておけば、何をやってるかがわかる。
全部できなくても、何をしてるのかわかれば、考えることができる。
「人がわざわざやってるんだから、人を活かす働き方があるってこと。」
「急にどうしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ。」
△△△△△△△△△△△△△△△
「れーくん、そういえばね、今年はこういうのもあるの。」
「なんですか?『謎解きの町』?」
裏でオープンの準備をしているときに美智夏さんが話しかけてきた。
「なんかね、町全体でやるイベントみたい。ウチにも依頼が来てて、キーワードを言われたら問題を教えるってことをやるみたいだよ。」
「へー、面白そうだね。でも、誰にやってもらおうかな。」
「それは、風香ちゃんでいいでしょ。すっごい美人だし。」
「おばさんも十分いけると思うけど……。」
「私はほら、基本裏方だからサ!」
面倒くさくてやりたくないだけだな。しかし、美人の園山さんがやれば、好評だろうなという気がしたので、その線で考えよう。
「ぼくがサポートするということで、園山さんに頼んでみるか。」
「お、前向き!じゃあよろしくね。」
美智夏さんから、イベント用のキットを受け取った。園山さんはカウンターでレンタル品をチェックしているはずだな。
二人で中身をチェックしようとカウンターへ移動した。
「園山さん。お願いしたいことがあるんだけど。」
「はい。なんですか?」
それから、町全体で行うイベントのこと、コテージでは問題を出す役割があることなんかを説明した。
二人でキットを開封して中身を確認する。
「ええっと。これが問題カードで、このワッペンが問題を出す人用なんだね。」
「これをつけてるのを見て、私に問題を訊ねてくるんですね。」
「そうみたい。カードを見ながら問題を出すのでいいみたいだから、簡単な方だと思うけど、お願いできるかな?困ったことがあったらぼくもサポートするから。」
「いいですよ。お安いご用です。」
おお、園山さんが頼もしく見える。
何より美人の園山さんだから、すごい人気になるかもしれないな。
「じゃあ、試しにぼくがキーワードを言うから、問題を出してみて。」
「はい、じゃあ、どうぞ。」
「キーワードは、 『みずうみのまち』」
「はい、問題です。
『1918年にアーネスト・ラザフォードによって発見された、水素原子の原子核を構成する素粒子はなんでしょうか?』」
「ちょ、ちょっと待って?そんな高校物理みたいな内容が書いてあるの?」
「いいえ?」
「いいえじゃないよ!謎解きできたはずのになんで受験勉強やらされてるんだろう?ってなるでしょ!」
「学び直しです。」
「リゾートに遊びにきて学び直したりしないよ!」
いや、する人もいるかもしれないけど。でも、街歩きのイベントで高校物理をやらされるとは思わないだろ。
「そうですか。」
「そうだよっ!ちゃんとカードの問題を読んでね。」
「はい、では問題です。
『1918年にアーネスト・ラザフォードが発見した水素原子の原子核を構成する素粒子は陽子、ですが……陽子のもつスピンの数はいくつでしょう。』」
「もっと難しくなってんじゃん!バージョンアップしろって言ってないよ!ですが問題にする必要もないし、もうレベルがなんだろう、これ。」
「量子物理学です。」
「みんな解けない問題出してどうするの!」
「ちなみにスピンは1/2です。」
「答えなんか聞いてないだろ!」
学び直しどころか、田舎の町にきたら突然の大学教育である。
「小さい子も来ると思うから……。」
「小さい子にはちゃんと出します。」
「大人にも普通にカード読んであげて。」
不服そうな雰囲気出さないでよ……。
その後、ポツポツ現れたお客さんたちに、園山さんが普通に問題カードの内容を読んでいる様子を見かけた。
……ぼくを揶揄って遊んでたな……。
まあいいけど。
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