第31話

「せっかくここまで来たんですから、この辺りを見て回りませんか。」


 吉田さんが言う。

 ぼくもそう思う。


「ココらへんの芝生広場は特に歴史的な関係は無いんだけど……金原城跡がこの近くにあるんだ。せっかく誘ってもらえたし、行ってみない?」

「いいですね。調べたことがなにか役に立つかも。」


 特に役になんか立たない可能性の方が高い気がするけど、そもそも役に立つって何が……?

 しかし、史跡って、見るだけでワクワクしますよね。行ってみたら、なんてこと無いなんてことも結構あるんだけど。


「じゃあ、行こうか、遊歩道を歩いていくと良いみたい。」

「はい、行きましょう!」


 吉田さん、今日は朝からすごく元気だ。前回、ピオンモールに行ったときにも思ったけど、もう精神的なショックは少ないかな。

 だとすると、元気になってくれて嬉しいよ。ぼくのあばら骨もそう申しております。


 遊歩道の周りには自然が多くあり、特に整備はされていないようだが、綺麗に整っているように見えた。

 今日は天気も良いし、少し暑いくらいだが、散策をするには良い日和のように感じる。


「吉田さん、暑くない?日焼け止めとかある?」

「は、はい!大丈夫です……。でも日焼け止めは塗ろうかな。」


 吉田さんはバッグの中から日焼け止めクリームを出して、腕に塗り始めた。

 ぼくはその様子を眺めている。なんか、女の子がクリームを塗る様子って良いですよね。何がでしょうか。女の子がすることは全部可愛く見えてしまうのです。それが思春期ということなのでしょう、多分。


「あんまりじっと見られていても、恥ずかしいのですが。」

「あ、ごめんね。」


 見すぎたようだ。いけねえいけねえ。

 ぼくは辺りを見回す。郷土資料館は良い場所なんだけど、なにぶん地味なので人影は少ない。

 まあ、みんな行くならピオンモールとか、大通りとかに行くよね……。


「おまたせしました。あれ、貴方は塗らなくてもいいんですか?」

「ぼくは家を出るときに塗ってきたから。」


 男がマメに日焼け止めクリームを塗っているのを見られるのもなんだか照れくさい。

 そういうことに気を使っているように見られるのが収まりが悪い感じがするのは思春期特有の自意識過剰だろうか。

 そんなことより、城跡だ。


「じゃあ、行こう!もう少しで到着だよ。」

「はい、楽しみですね!」

「うん、そうだね。でも、あんまり楽しみにしすぎないほうが良いかもよ。」

「え、なんでですか。」


 ぼくたちは話しながら歩く。


「よくあるじゃない、ガッカリ名所って。北海道の時計台とか。」

「ああ、すごい有名なのに行ってみたら、思ってたのと違うってヤツですね。」

「そうそう。ここは有名じゃないけど。」

「ささやかでも、ここは史跡ですから、そういう思ってたのと違うってこともあるかもしれませんね。」


 そう言って吉田さんが笑う。

 ぼくもその笑顔をみて笑ってしまう。吉田さんは笑顔をくれる。吉田さんといると気持ちが軽くなるな、という感覚がある。

 とかなんとか、考えていると、史跡の金原城跡に到着した。


「わあ……ただの丘ですね。」

「だから言ったじゃない。」

「もっと、城的なものがあるもんだと。」

「大阪城とか、姫路城みたいな城郭は、全国的に見てもほとんど残ってないんだよ。」

「そ、そうなんですか?」

「明治時代に、『廃城令』っていう命令が出て、ほとんどのお城は取り壊されたんだ。」

「そ、そうなんですね。」


 ただの丘と思われた城址をぼくたちは歩いてのぼる。

 本当にただの丘だ。


「それはそうとしても、城ってほとんどが軍事拠点で、いわゆる生活の場として使われた城って少ないんだ。」

「え、城っていうと、なんか大きいお屋敷って感じですけど。」

「そういう城もあるけど、大体の城はこの金原城みたいな、土の盛り上がったところだったり、山の上だったり、そんなところなんだ。」

「お城っていうと、お殿様とお姫様とがいて……ってイメージでした。」


 まあ、大体そうかもしれない。時代劇とか見ても、城に殿様がいてあれこれやってるもんな。

 そろそろ、頂上だ。

 ぼくたちの目の前に、住んでいる街の全景が広がってくる。


「良い眺めですね。」


 吉田さんが街を見渡しながらつぶやく。


「そうだね。」


 ぼくたちの学校も、駅も、川も、すべてが見える。


「こうして、街の全景を見渡せるという点がこの金原城の意義なんだ。」

「なるほど、こうして見て、わかった気がします。」

「こうして実際に自分の目で見られて良かったよ。」

「私も、そ、その一緒に来られて良かった、です。」


 過去のものが、今にこうやって残っていて、その時のことについて思いを馳せることができる、それっていいことだよね。


「あ、あの。」

「ん、何?」

「貴方って、何が好きなんですか?」

「え、なんで?随分、突然だね。」

「ええと、クラスでもあんまり話さないじゃなかったですか。それで、せっかくだから色々知りたいなって。」

「そうか、吉田さんと話すようになったのって、つい最近だもんね。」


 吉田さんは首がもげるんじゃないかって勢いでうなずいている。

 せっかく友達になったから、あれこれ知りたいのかもしれないな。


「そうだな……。食べるものなら、オムライス。趣味なら、うーん、そうだな、読書かなあ。吉田さんは何が好きなの?」

「え、わ、私もですか。」

「そりゃ、お友達になれたんだから、お互い知っておいた方がいいかなと思って。」

「そうですね、食べ物は、パスタが好きです。趣味はウィンドウショッピングとか、あとはドラマを見たり。」

「へー、どういうドラマを見るの?」

「あの、海外ドラマとかをよく見ます。ビッグバン★セオリーとか。」

「海外ドラマか。ぼくはテレビをあんまり見ないんだよね、面白い?」

「面白いですよ!海外のコメディって、笑いのツボが独特で、ああ、これが面白いんだって理解できたときに嬉しくなります。」


 そういって、すごいいい笑顔を見せてくれる吉田さん。

 もうね、今日は朝からずっと笑顔を見てるんだ。もう、心臓に良くない。吉田さんと出かけるとなんかすごい良くない気がする。

 健康に悪い。だって、なんか脈拍がずっと上がってるもん。

 脳内のお医者さんが、「落ち着いて聞いてください。脈拍が……!」って言ってるもん。


「ちょっと仲良くなれたね。お互いのことを知れて。」

「はい!」


 街を改めて眺める。


「じゃあ、そろそろ街に戻ろうか。」

「そうですね。バスの時間もありますし。」


 ぼくは、少し悩んだが、吉田さんに手を差し出す。下りの階段はすこし危なっかしい。

 吉田さんはぼくの手を握って、二人でおそるおそる丘を下っていく。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「掠ちゃん、聞いてください。」

「お、おう、テンション高いね、美優ちゃん。」


 その後、駅前に戻ってきた私たちは、駅ビルの喫茶店でお茶をして、その日は解散になった。

 二人で喫茶店のケーキを食べ、雑談し、コーヒーを飲み、雑談をし。

 あああああ、ケーキの味を覚えていない……。

そして、帰ってくるなり、私はすぐに掠ちゃんに電話をかけた。


「なんで、彼はあんなに優しいのでしょう。」

「そうだね、彼は優しいよ。」

「今日も私の失敗を助けてくれたんですよ。」

「そうなんだ。何もしてくれない人より10倍前後いいよ。」

「好きなものについて知ることもできました。」

「一歩前進だね!言われてみれば、カレのことって結構謎だなあ。」

「なんでですかね。」

「あ、な、なんでだろうね。」

「なんか思い当たることがあるみたいな言い方ですね。」

「う、い、いやあ、ほら、カレって目立たない方じゃない……。」

「まあ、たしかにそうですけど。」

「だから、その。友達がいないから。」

「あの人当たりの良さでなんで友達がいないんでしょう。」

「なんでだろうね……。」


 彼は話すと、特に問題になるような性格ではないし、それに、し、紳士的だ。いつだって。


「まあ、高校に入ったばっかりだし……。」

「そうでしょうか。そうかも知れません。」


 人見知りな方なのかも知れないなと思った。


「掠ちゃん困りました、もっともらしいデートの口実がなくなってしまいました。」

「結構仲良くなったんでしょ?だったら、もう普通に誘っても大丈夫じゃない?」

「なんか、急にガツガツしだしたって引かれないでしょうか。」

「え、ガツガツしてないって自分で思ってたの?大丈夫?美優ちゃん、もう全然、普段のおとなしいイメージ消え去ってるくらいカレの前では積極的に見えるよ。」

「え、そんな、はしたないって思われないでしょうか。」

「ブレーキぶっ壊れてるなって、最近は思ってる。」

「それは掠ちゃんの感想でしょ!」

「カレの場合は大丈夫だと思うけどなあ……。」

「うう、恥ずかしい……やりすぎたかも……。」

「何やらかしたの?」

「やらかしてなんかいません!でも、その、手を握ってしまいました。」

「大正時代じゃないんだから。それくらいでどうこう思ったりしないよ。」

「でもでも、まだ二回目のデートですよ。」

「カレの場合、デートだと思ってないかも。」

「あ、でも、階段を降りるときに手を取ってくれたんですよ。」

「それは、カレが優しいから……い、いや、距離が近くなってるのかも!」

「そうですよね!!」


 彼が手を取ってくれたときの、はにかむような照れた顔を思い出して胸の中が暖かくなる。

 手に触れたときの体温が、まだ手に残っている気がする。


「夏休みはまだあるし、次はデートだって言って誘ったらいいよ。」

「うう、緊張します……。」

「美優ちゃんなら大丈夫でしょ。カレだって、無碍に断ったりしないと思うよ。」

「わ、わかりました。話を聞いてくれてありがとうございます。」

「ううん、私も……美優ちゃんのこと、気になってたからいいよ。おやすみね。」

「はい、おやすみなさい。」


 こんなに、幸せな気持ちがいっぱいでいいんだろうか。

 彼の体温を、表情を、声を、そんな諸々が記憶の中にある。

 思い出すと表情が崩れてしまう感覚がある。いけないいけない。


[今日はありがとうございました。]


 これは、お礼だけど、次の一手への布石だ。

 次は、ちゃんとデートだからね。







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