風雲・夏休み編

第30話

「おはようございます。二回目なので本当にそうなのか自信はありませんが、貴方は早く来すぎなんじゃないでしょうか。」

「同じく10分前に到着した吉田さんに言われたくないよ。おはよう。」


 そんなわけで、吉田さんと資料館に行く日が来た。

 夏休みに入ってすぐなので、休み感は薄いなと感じたけれど、考えてみれば学校には8時前には登校しているわけであるからして、10時に駅前広場なんて、かなりのんびりしているんじゃないだろうか。


 吉田さんは夏らしいホットパンツにニーソックス、半袖のブラウスにキャスケット帽。ヘアスタイルも帽子に合わせて三つ編みにしているので、かなりキュートだ。可愛いね。決して変な意味ではないよ。


「今日のコーディネートも可愛いね、夏らしさを感じるよ。じゃ、行こうか。」

「え、あ、あう、ありがとうございます。」


 ここでアレコレとやり取りを発生させると面倒なことになる気がしたので、早口で吉田さんを褒めたあと、バス停へ向かって歩く。

 吉田さんは、すこし不満顔をしながら、「も、もうずるいです。」と言っていたが何もずるくなどなかった。

 可愛い格好してくる吉田さんの方がずるいな。恋愛テロリストめ。断固抗議する。ありがとう。

 懐柔されました。


「バスで15分くらいで資料館には到着するね。まあまあの距離だな。」

「周囲の自然も豊かなところですし、遠くなるのは仕方ないですかね。」

「確か、史跡に近いところに作ったからそんな位置にあったような気がする。」

「なるほどですかね。」


 その、ですかねの接続位置あってるかな?でも、いい、許す。

 資料館で取材した内容をまとめる用のノートを見せながら、ぼくたちはバスに揺られた。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「と、言うわけで郷土資料館に到着いたしました。」

「誰に言ってるんですか?」


 誰だろうね。でも、こう節目節目で声を出していくことが必要かと思って。

 郷土資料館は学生は入場無料なのだよ。良いね。なんか、何かと出費をしていた1学期を経て、まあまあの苦しさを感じていたからね。


「吉田さんは学生証を持ってきたよね?」

「ええ、ちゃんと持ってきましたよ。」

「ん?なんか、それ、猫が書いてないか?」

「あ、これは!!にゃんこ証でした!」


 なんだよにゃんこ証って、何の証明になるんだ。いや、何かの証明になったとしても、なんの役にも立つまい。

 それより、入場無料というところの旨味を落とすことになるのは苦しい。いや、払ったとしてもめちゃくちゃ安いんだけど。

 200円くらいだったかな。


「ぼくが持ってきたから、クラスメイトなんですって、受付の人に聞いてみるよ。」

「うう、すみません。私がポコポコタヌキなばっかりに。」

「なんか、吉田さん、最初に話したときに比べてキャラクター崩壊が激しくなってない?」

「その、キャラクターについては模索中でして……。」

「……なんでそんなことを?」

「だって、優等生キャラだと、園山さんとかぶっちゃうと思いまして。」

「言っておくけど、園山さんは優等生キャラじゃないよ。」


 あれは、エニグマだ。謎という名の怪物なのだ。

 ギリシャ神話にもそう書かれている。


「とにかく、聞いてみるよ。」

「一緒に行きましょう。」

「はいはい。」


 そう言うと、吉田さんがぼくの手をむんずと握るやいなや、受付へ向かって歩き始めた。

 『きみたちにはっきり言っておく。男子高校生の手をむやみに握ってはいけない。

 それは好きだと勘違いするからだ。

 ヨウダへの手紙 16:3-6。』

 このネタ、ギリギリ危ないかな、ダメだったら後で消すね。誰に言ってるんだ。


「あのすみません。」

「はい、なんでしょうか。」


 メガネをかけた中年くらいの女性が受付に座っていた。

 ぼくが入場についての質問をすることとした。学生証持ってきたのぼくだけだし。


「あの、クラスメイトと一緒に資料館で調べものをしたいんですけど、彼女、学生証を忘れちゃって。ぼくが持っているので、一緒に入場無料になりませんか?」

「あらあら、そうなの。じゃあ、学生証を拝見します。うん、いいですね。じゃあ、彼女さんは、こっちに学校名とクラス名、名前を書いてね。」

「え、私、か、彼女じゃありません。」

「そうなの?てっきり……まあいいじゃないの、とりあえずこの受付用紙を書いてくれれば大丈夫ですから。」

「わかりました。じゃあ、書くね。」


 彼女って思われちゃったな……吉田さんに悪いことをしたかもしれない。

 ぼくはなんだか照れくさくて、吉田さんの方を見ていられない。吉田さんがペンを動かす音だけが聞こえてくる。

「まだってことなのね。」とかなんとか受付の人が言ってるのが聞こえる。

 おい、なんて話ししてるんだ。よしなさい。


 という、なんか照れくさいアクシデントもありつつ、資料館への入場を果たすことができた。すごいな、今日の目的をほぼ果たした気がするぞ。まだこれからなんだけど。

 あれこれと問題を解決すると、やってやったぜという気持ちが残るので、それで達成感が出ちゃうんですよね、みなさんもそういうことあるでしょう?

 どうですか、吉田さん。


「え、なんですか?」

「なんでさっきからずっと手をつないでるのかなって思って。」

「あ、なんか、ごめんね、えへへ。」


 えへへじゃねえんだよなあ、可愛い仕草やめて、本当に勘違いしちゃうから。


「あ、ここらへんが戦国時代の展示だよ。」


 ぼくはさりげなく、資料のあたりを指差すことで手を離すことを画策した。

 ぶらーん。

 手はついてきた。

 作戦は失敗です。


「あ、本当だ。ここらへんのことが書いてあるね。」

「この状態でも、会話を途切れさせること無く続けられるの、ある意味尊敬するよ。」

「あれ、なんかありましたか。」

「手!手が!握られっぱなし!」


 吉田さんは、しばらく考えるふりをしていたが、特に何かをすることなく続けた。


「じゃあ、早速取材しましょう。」

「取材するからぼくの手を開放してくれる?」


「仕方ありませんね。」と言って手を離してくれた。あれ、吉田さん、こんなキャラだったかな。

 考えてみたら、吉田さんとの交流はこの数週間だから、実はどういう人なのか知らない面の方が多そうなんだよね。


 ……。


 友達になったばっかりにしては距離感が近い気がするな。

 まあ、いい、なんか、なんでかわからないけど、これは考えるだけ無駄な気がする。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「このあたりに、昔、金原城きんばらじょうって城があって、そこをめぐる戦が金原攻めって言われる戦いなんだよ。」

「へえ、こういうのって、歴史では習いませんでしたよね。」

「まあ、ごく辺境の戦いであって、歴史全体に対する影響度って小さいからね。」


 郷土史なんてそんなもんだろう、でも、郷土史は小さくてもその地域の人たちの気質に影響したり、街の成り立ちに関わったりするから、勉強してみると結構面白かったりする。


「この城に入って防衛を担っていたのは、野家のいえ氏って言われる一族で、織田配下に入った徳川氏と戦ったんだよ。」

「へえ、そうなんですね、相手は結構な有名人じゃないですか。」


 とかなんとか、金原攻めに関する史実を調査してノートにまとめていった。

 資料館の展示もかなりわかりやすかったので、ほとんどこれを展示資料に起こすだけでもよさそうなくらいの取材ができた。


「吉田さんのおかげで、かなり完成度の高い取材ができたよ。」

「いえ、貴方の解説のおかげです。なんでそんなに詳しいんですか?オタクですか?」

「え、ええ、まあ、オタクということでいいです。」

「冗談ですよ!そんなションボリしないでください。ほら!!元気だして!」


 すごい、今日の吉田さんは朝から明るいし、楽しくて元気の出ることを言ってくれる。

 吉田さんは前からすごい人気だったけど、その理由も納得だな。


「じゃあ、取材も一通りできましたし、お昼ご飯にしましょうか。」

「そうだね、じゃあどうしようかな。」

「あの……私、お弁当を作ってきたんです。」

「え、そうなの?ぼくは何も持ってきてないんだ。」

「そうじゃなくて。」

「そうではないとな?」


 じゃあ、なんなんじゃな?


「二人で食べるために多めに作ってきました。」

「え、ぼくの分もってこと?」

「そうです。はい。」

「どおりで、なんか出前する人みたいな荷物を持っていると思った。」

「それは嘘でしょ。」

「はい、それは嘘です。普通のリュックサックくらいです。」


 ぼくの冗談に、アハハと屈託のない笑顔を見せてくれる吉田さん。

 ぼくもなんだか楽しくなって笑ってしまう。


「資料館の前にある芝生で食べましょう。」

「そうだね、じゃあなんか飲み物を買っていこう。飲み物くらいはおごらせてくれ。」

「はい、じゃあ私は緑茶でお願いします。」

「オッケー。」


 そして、資料館の前にある芝生広場へ来た。ベンチへ座ってお茶を手渡す。

 吉田さんがお弁当を出してくれた。

 けっこう、大きいな。


「これ、作るの大変だったでしょ。ありがとう。」

「いえ、そんなことないですよ!さあ、食べましょう!」


 そして、吉田さんが開けてくれたお弁当の中身は……焼き肉だった。


「焼き肉しか入ってねえ!」

「掠ちゃんから、焼き肉がお好きだと聞きましたので。」

「いや、嫌いじゃないけど、常識的な範囲でしか食べないよ!この、男子高校生が焼肉食べ放題に来てテンション上がりすぎて限界まで頼んじゃったみたいな量入ってるじゃん!」

「えへへ。」

「えへへって可愛く言ってもだめ!これ、食べきれないんじゃない。」

「可愛いって、そんな。」

「え、そこ?今そこ拾っちゃう?」

「はい、じゃあ食べましょう。」

「ぼくの話、通じてた?なんかみんな都合よくいきなり話をカットしない?」


 でも、自分のために作ってきてくれたお弁当が嬉しくないわけじゃない。

 とにかくぼくは頑張って、焼き肉を食べきった。(吉田さんも普通くらいには食べた)


「ご、ごちそうさまでした。」

「やっぱり、いっぱい食べてくれるのを見ると嬉しくなりますね。」


 ……次は常識的な範囲でお願いします。




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