第29話
「良かったな、お前たち。念願の夏休みだぞ。」
担任の村田先生が教壇から言う。ついに、というか、やっとというか夏休みがやってきた。
少し前から気温は本格的に上昇し、「夏だぞ」ということを主張し始めてはいたのだが、兎にも角にも夏休みがやってきたのだ。
クラスメイトたちは全員、歓喜の雄叫びをあげ、クラスは騒然となった。
「落ち着け、お前ら!夏休みだからって問題起こすんじゃねえぞ。警察のお世話になるようなことはするな。課題は計画的にやれ。夜遊びはほどほどにしておけ。色々あるが、とにかく私が呼び出しくらうようなことはするんじゃねえぞ。」
「うっす。」
クラス全員の気持ちが一つになった瞬間だった。
内容をちゃんと分かっているかどうかはともかくとしてだ。
解散になって、陽田が話しかけてくる。
「そういや、お前は夏休みはどうするんだ。どっか行ったりするのか。」
「そうだな……。」
予定らしい予定はそれほどあるわけではないと思う。吉田さんとの約束があるけれど……。
しかし、まあ、わざわざ隠す内容でもないか。
「吉田さんと資料館に取材に行くよ。それ以外は、まあ、アルバイトとか。」
「へえ、お前、アルバイトなんかしてたのか。」
これは言わなくても良かったかな。しかし、せっかくできた友人に隠し事があるというのも落ち着かない。
それに、夏休み中には陽田と会う用事ができるだろうし、そういうときに自分の都合を分かってもらっている方が楽かもしれないと思う。
「夏休み中なんかは住み込みのアルバイトもあるしね。予定があるところ以外はそういうアルバイトで稼ぐつもりだよ。」
「そうか、しかし多分、今年は今までとは違うんじゃないか。」
「そうかな?まあ、高校生になったから変わってくるとは思うけど。」
「なんかイマイチ分かってなさそうだが、まあいいや、お迎えが来たぞ。」
「お迎えって、え?」
通学カバンを持った園山さんがぼくの横に突っ立っていた。
夏だからなのか、普段は下ろしている髪をポニーテールにまとめている。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。困った。普段から美しい園山さんがさらに最強に見える。
「あなた、部活に行きますよ。」
「そ、そうだった。部活があるんだ。」
「おうそうか、じゃあ、またな。」
「ああ、陽田。もしかしたら、夏休み中でも総合学習のやつで集まったりするかもしれない。」
「分かった、メッセージ入れてくれたら、行くぞ。」
「じゃあ、行こうか、園山さん。」
「はい。陽田くんも、さようなら。」
ぼくと園山さんは二人で教室を出て、地学準備室へ向かう。
「あいつら、もうすっかり二人でいることに馴染んじゃってるぞ。自覚なさそうだけど。」
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「お疲れ様です、高須部長。」
「お疲れ様です。」
地学準備室のドアをノックして、そのスライドドアを開けてみると、歴史研究会部長の高須さんが机の上に座って待っていた。
まあ、窓枠に座っているよりは全然安全でいいと思う。
多分、暑くなってきたので、窓枠には座っていられなかっただけという気もするが。
「よく来たな、後輩諸君。今日は夏休みの活動について決めるぞ。」
「夏休み中も活動するんですのね。」
園山さんが尋ねる。まあ、ぼくも実は初めての夏休みだからその内容は知らないんだけれど。
歴史研究会は、四季関係ない気もするけどな。活動内容的には。
「もちろん、夏休みという長時間を使うことができるこのときだからこそできる活動というのがある。」
「そうなんですね、どういうことをやるんですか。」
高須部長が立ち上がり、思わせぶりにゆっくりと地学準備室を歩いた。
そして、黒板の前に来ると、チョークを手に取り、こう書いた。
『合宿!!』
「そう、合宿だよ諸君!夏休みと行ったら合宿!特に海!」
「海ですか、歴史研究会なのに……?」
ぼくが訝しむと、高須部長は涼しい顔をして答える。
「当たり前だ。歴史的に見ても、海は重要な役割を果たしているんだぞ。それはともかくとして、海に行きたいからというのもある。」
「はあ、別に反対したりはしませんけど。」
「楽しそうですね。」
園山さんのシンプルなコメントに満足したように頷いた高須部長は、さらに黒板に書く。
『青年の家』
「場所だが、青年の家にする予定なのだ。私の家が超大金持ちで、海に別荘があるとかなら間違いなくそうするんだが、何しろ普通の家庭でな。別荘のべの字も無いから、青年の家にしようと思う。学生だから安く利用できる。これくらいなら部の予算でなんとかなる。」
「そうですか、でも、今から予約して間に合いますかね。」
「そのへんは抜かり無いぞ。もう、予約を……しまった。予約したつもりで何もしてなかったようだ。」
「部長でもそんなミスをすることがあるんですね。」
珍しく、意気消沈して泣きそうな顔になっている部長をぼくはなんとか慰めてあげようと考えた。
まあ、宿泊なら、学校を借りることだってできるかもしれない。
そう思って、提案してみる。
「部長、まだ学校で合宿ができるかもしれませんよ。聞いてみましょうか。」
「そ、そうだな、海とは程遠いが、合宿であれば楽しく過ごせるだろう。」
「ありますよ。」
「え?」
園山さんがなんか言い出した。
「あります。別荘。」
「え、べ、別荘というのは、つまり、あの別荘か?」
高須部長が突然のことに、語彙をなくしてしまっていた。
「そうです。海のそばに、我が家の別荘があります。」
「別荘なんてあるんだ、実際……。」
ぼくの口からとんでもない感想が漏れ出していた。そりゃあるだろ、世の中にはあるんだから。
しかし、そんなお金持ちが友人にいるという事自体、結構驚いている。
「歴史研究会の合宿のために使わせてもらえるのか?」
「おそらく大丈夫だと思います。親には確認いたしますけれど。」
「大変申しわけ無いが、確認してもらっていいかな。お礼はもちろんする。」
「はい、お礼も結構かと。おそらく、長期間放置されていたので、掃除等必要になりますから。」
「なるほど、労働が対価というわけだな。」
「そうなりますね。お手数をおかけします。」
こんな時に非常に申し訳ないが、ぼくは上品な物腰で喋る園山さんの様子に見惚れていた。
なんか、ぼくと話すときだけ、なんか端的というか、雑というかじゃないか……?
「では、そのようにしよう。日程はあらかじめ決めてあってだな、おい、後輩くん、聞いているのか。」
「は、はい。聞いています。」
今、ちょうど聞き始めました。
「8月の初め、4〜6日の予定だが、掃除をするなら1日伸ばしてもいいかもな。場所と、移動手段に関しては、追って考えよう。夏休み中も、週1回は活動するぞ。」
「はい、わかりました。アルバイトの予定があるので、調整しておきます。」
「え、アルバイトをするのか?後輩くんが?」
「ええ、夏休み中に、お小遣いを稼いでおかないといけないので。」
「そうか、その、分かった。」
いずれにしても、高校生にもなれば合宿もある、歴史研究会の合宿って何やるんだろうってのは疑問だが、とにかく楽しみだ。
じゃあ、解散しようかという段になって、高須部長がぼくを引き留めた。
「そうだ、申し訳ないが、ちょっと二人で話せないか。」
「え、二人でですか?」
「その、ちょっと相談が……。」
なんだろう、合宿のことかな。と思って園山さんのことを見る。
園山さんは、すっとドアの前で立ってぼくのことを待っている。
どうしたの、早く帰りましょう、ということを視線で話しかけてきているような気がした。
無論、表情はいつもの通りである。
「そうですね、夜に電話しましょうか。」
「わ、わかった。じゃあ、後でな。」
「はい、さようなら、部長。」
「ああ、二人とも、気をつけて帰るんだぞ。」
僕たちは二人で地学準備室を出る。
昇降口へ向かいながら、ぼくは園山さんと話す。
「高校生にもなったら、合宿もあったりして、なんだか楽しみだね。」
「ええ、私も、合宿なんて初めてです。」
「何やるんだろう、とにかく楽しくなるといいね。」
「……ええ、その、私も楽しみだわ。」
すっかり熱くなったアスファルトの上を二人で歩く。
うだるような夏の熱が、ぼくの夏休みを予見しているような、そんな気がした。
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「さあ、かけるぞ……。」
帰ってきて、上の空のまま、夕食を取り、入浴をして、出てきた私はさっきからずっとスマホを前に掛け声をかけている。
掛け声はかけているが、電話はかけられていない、そういう状況だ。
どうしてだろう、後輩くんに電話するなんて、以前なら、なんてことは無かった。
しかし、そ、その、デートに誘う、ということを意識したら気軽さなんて吹き飛んでなくなり、どうしたものか不安が次々に湧き上がってくるのである。
「さ、さあ、かけるぞ……。」
prrrr....
「わ!か、かかってきた!」
今どきの幼児でもこんなリアクションとらないぞ、という驚き方をして、私はすぐに通話ボタンを押す。
「わ、私だ、花江だ。」
「あ、高須部長、今大丈夫でしたか?」
「もちろんだ、こちらからかけるつもりだったのだが、すまない。」
突然の通話に私の心臓は爆発するんじゃないかという勢いで鼓動を打っている。
刻の涙が見えそうである。
「それで、相談というのは何でしたか?」
「あ、ああ、そのだな。後輩くん、以前、『永岩城、決死の7日間』を見たいと言っていたじゃないか。」
「ええ、歴史ものの映画ですね。面白そうだなと思っていたので。」
「そう、それな、どうも夏休み中に特別上映があるようなのだ、だから一緒にどうかと思ってな。」
「そうなんですね!ぜひ行きたいです。」
「そ、そうか!良かった。あの、8月17日だが、いいか?」
「いいですよ。予定に入れておきます。」
「良かった、楽しみだな。じゃあ、つ、次の部活でまた会おう。」
「はい、じゃあおやすみなさい。」
「おやすみ……。」
き、緊張した!
心臓が口からまろびでてくるんじゃないかと思った!
しかし、念願の、で、デートの約束を取り付けたぞ。おい、デートだぞ、これすごくないか?
私、高須 花江が生まれて初めて自分で勝ち取ったデートの約束だぞ。どうなってんだ?!自慢しなきゃ。
「お、不動。今いいか。」
「どうしたの、花が電話かけてくるなんて珍しい。」
「どうしたもこうしたもあるか、デートだぞ。デートの約束をしたんだ。」
「そう、良かったじゃない!それで、どうすることにしたの?」
「映画を見に行く約束をした。」
「映画ね、良いじゃない。初めてのデートの定番よ。何を見るとか決めてあるの?」
「ん?『永岩城、決死の7日間』だが?」
「……ん?それ時代劇?初めてのデートで時代劇見るの?」
「時代劇ではない、歴史映画だ。まあ、その時代的には昔の出来事のものだが。」
「花、恋愛初心者マークどころか、仮免のあなただから言うけど、映画デートの定番と言ったら、恋愛映画か、ホラー映画と相場が決まっているのよ!」
「そ、その、いくらなんでも意識しすぎじゃないか?」
「花、あなた、そんな及び腰でどうするの!二人の関係を進めたいんでしょ?」
「そ、そうだが、なんか怖くないか?」
「そこでビビってどうするのよ!恋愛は戦争よ!!」
私の友人、不動は非常に優秀で頼りになるんだが、どうも恋愛に関しては過激派のようだ。
「わ、私にもペースというものがある。」
「うかうかしてたら、誰かにかっさらわれちゃうんだからね。」
「今回のデートが上手く行ったら、また次の約束がスムーズにできるだろ?そしたら私の独壇場じゃないか?」
「はあ、まあ、花がそういうなら良いけど。とにかく、ちゃんと意識させないといけないからね。」
「分かってるよ。じゃあ、またな。」
「ええ、おやすみ。」
はあ、自慢しようと思ったのに説教されてしまった。
とりあえず、デートの約束はできたのだ。
私は、心の中のなんとも言えない暖かさを、ジワジワと感じていた。
電話から聞こえてくる後輩くんの声、いつもの通り落ち着いていたな。
ベッドに横になる。
もっと、彼の声を聞きたい。
なんでそんなことをするんだと、ずっと思っていたが、眠るまで通話していたいと、今初めて思った。
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園山さんの小説が始まって1ヶ月になりました。
みなさんのおかげで続けられております、ありがとうございます。今後とも、よろしくおねがいします。
この作品を良いと思ってくださったり、応援しようとおもっていただけたら、★や❤、コメントをいただけると大変うれしいです。
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