第27話

「次はライオンを見に行きましょう。」


 ぼくの手を引きながら園山さんが言う。ゾウ舎からライオンまではそんなに距離が無いはず。


「これがアフリカゾウだったら、おなじアフリカの仲間なんだけどね。」

「インドゾウだから、違うんですね。」

「そうだね、ライオンはサバンナっていう背の低い草が生えている地帯で暮らしてるんだよ。」

「……ライオンはゾウを食べますか。」

「なんでそんな食べるものばっかり気になってるんだよっ!」


 そんなことを言いながらぼくたちは動物園の中を歩く。アハハって笑いながら歩いているんだけど、もうぼくの心臓はなんかあったら止まってしまうんじゃないかってほどさっきからバクバク動いている。この調子だと人が一生で使う鼓動の数を使い切ってしまうんじゃないかと思うほどだ。

 原因はもちろん園山さん。そして、その握られた手。園山さんの少し低い体温が伝わってくる。ぼくの手がどんどん汗ばむ気がする。

 気持ち悪くなって離されてしまうんじゃないかという恐怖もある。でも、この止まらない汗に気づかれるくらいなら離してくれという気持ちも無くはない。


「……あれがライオンですか。」

「そうだね、ライオンだ。」


 ライオンたちは、広場に出てきて寝そべっている。ここはアフリカのサバンナではない。日本の動物園だ。餌は時間になれば出てくる。周りにはプライドを構成するメスたちもワサワサいる。

 かててくわえて、今日はいい天気だし、気温も夏前にしては落ち着いている。そりゃ、ライオンならずとも昼寝のひとつでもしたくなるというものだ。


 園山さんは、またすっと目を細めてライオンたちをじっと観察していた。ぼくもライオンたちを見る。けだるげな感じでゆっくりと歩いては横になり、日陰の良いところを見つけては居眠りをしている。

 立派なたてがみを持ったオスが中心になり、周りをメスたちが囲む。ハーレムだな、と思うが、そもそもライオンは一夫多妻制の動物なのだ。


「あれも、家族でしょうか。」


 園山さんが、じっとライオンを見つめながら問いかけてくる。


「そうだね、家族と言えるんじゃないかな。」


 ぼくは答える。のんびりとした空気の中で、しかし、一匹のオスが中心となって、何頭ものメスが周りを囲む家族。

 オスはメスを庇護して、そしてメスは餌を狩り、オスを支える。そして、オスは子供をつくるためにメスを。

 ……これ以上はやめておこう。


「オスは一頭だけですね。」

「ライオンは一夫多妻制だから。オスが一頭で、何頭ものメスと番になるんだよ。」

「そうなんですね。……オスの愛を得るのは大変そう。」

「どうなんだろう、むしろ頑張るのはオスの方だよきっと。」


 メスのさらに周りでは、小さなライオンたちが走り回って遊んでいる。あのくらいのサイズだと、猫っていう感じもしなくもないな。

 転がりまわって遊んでいる様子を見て、園山さんが目をさらに細めた。笑顔のような気もする。


「ライオンの子は可愛いですね。でも、ライオンばかり見ていられません。」

「次はどの動物を見る?」

「そうですね……。」


 ぼくたちは、次から次に動物たちを見る。イボイノシシ、アライグマ、ホンドタヌキ、レッサーパンダ。

 ずっと、手を離すことなく。


「ちょっとトイレに行きたいんだけど、手を離してくれないかな。」

「……お断りします。」

「一緒に男子トイレには入れないでしょ!」


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「これは、なんですか?」

「なんですかって、カンガルーだよ。」

「これがカンガルーですか。跳ねて移動すると読みましたけど。」

「あー、動物園のカンガルーは、大体の時間をこうやって寝そべって過ごしてるんだよ。」


 用事が無いのに、教室で歩き回ったりしないだろ?動物園で飼育されている動物たちは餌を取りに行ったりする必要がなかったりするので、大体の時間をこうやってだらけて過ごしているのだ。


「跳ねてるところ見たいです。」

「そんなことぼくに言われても、さすがにこれはどうしようもない。」


 てか、カンガルーを跳ねさせようとして、どうにかしたら問題になるでしょう、きっと。


「なんか、カンガルーってとぼけた顔をしてますね。」

「そうだね、可愛いよ。」

「あなたに似てます。」

「さすがにそれは無いと思うんだけど。」

「それで……カンガルーは食べられますか?」

「そのなんとかして食べてやろうっていう異常な執念はなんなの……?」


 なんとかこの動物園を食べ物見本市にしてやろうという野望かなんかなの?


「あ、食べられるみたいですよ。」

「食べちゃダメだよっ!」


 そうツッコんだぼくに、園山さんは指を指して見せる。

 指の先には動物園の売店があった。

 そこには、デカデカと「カンガルーのサンドイッチ販売開始!」とのぼりが立っているのが見える。


「生きてるカンガルーの前で、カンガルー食べさせるんじゃないよ!!」


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 オーストラリアでは、オオカンガルーは食用として扱われており、輸出品でもあるらしい。

 いずれにしても、この変わった食べ物を二人分買い求めたぼくたちは、中庭まで移動して座っていた。


「その、こんなお昼ごはんで良かったの。」

「ええ。さっそくいただきましょう。」

「そうだね。」


 ぼくらはカンガルーのサンドイッチをほおばる。

 カンガルーの目の前では流石に食べにくかったからな。移動してきてよかった。


「割と、あっさりしてますね。」

「そうだね、なんか鶏肉みたいな感じ。」


 筋肉質なカンガルーは脂身が少なく、鳥のささみみたいな味がする。

 サンドイッチのライ麦パンと合わせて、非常に美味しい。


「おいしいね、園山さん。」

「ええ、来てよかった。」


 ぼくひとりだけなら、動物園まで来たりしなかっただろう。それが、園山さんに誘われて二人で動物園に来られて、それで二人で過ごせて良かった。

 しかし、冷静になって欲しい。

 もう1ヶ月以上が過ぎようとしてはいるが、ぼくは園山さんに告白してフラレているということを忘れてはいないだろうか。

 なんで、フッた相手と動物園に来ているんだ……?

 ていうか、これ、完璧にデートじゃないか?

 全然、言い逃れできないほどデートだと思うんだけど、そこら辺どうなってんだろう。


「……デートだよね、これ。」

「……気のせいじゃないですか?」

「二人で出かけてきて一緒にご飯食べて、デートじゃなくて気のせいってことある!?第一、気のせいってそういう使い方する?!」


 園山さんは、ぼくのツッコミは無視して、残りのサンドイッチを食べてしまった。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 お昼ごはんを食べ終えたぼくたちは、ふれあい広場に来ていた。

 ふれあい広場というのは、来園者が小動物に直接触れられるという展示だ。

 モルモットをだっこできたり、アヒルに餌をあげることができたりとか、そういう感じのスペースなのだ。


「ええと、期間限定、カピバラ放し飼い。」


 そして、広場に目をやると。


 園山さんがカピバラに囲まれていた。


「大変なことになりました。」

「そうだね。」


 園山さんから美味しそうな匂いでもしてんのかな。


「逃げられません。」

「がんばって!園山さん」


 園山さんが逃げようと動くとカピバラたちもぞろぞろついていく。

 すごいよ。カピバラってそんなに素早く動かないんだけど、普段。めっちゃ動いてる。


「助けてください。」

「餌、えさあげようか!」


 ぼくは急いで、カピバラの餌を購入し、カピバラたちの気を引こうと、目の前に出してみた。

 おお、半分くらいのカピバラがこっちにきた。良かった。と思ったら、園山さんがぼくの方にきた。

 意味ねえだろ、それじゃ。


「私も餌をあげたいです。」

「何もして無くても集まってきてたのに、餌まであげだしたらもうここから出られないでしょ。」

「……。」


 いつもの無表情だが、すごく困った雰囲気が出ている。


「少しだけだよ。」

「はい。」


 そして、またカピバラに園山さんが囲まれていた。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 ぼくたちは猿山を見ている。

 ニホンザルたちが山を登ったり降りたり、日向でじっとしていたりする。

 園山さんは、他の動物たちと同じようにじっとその目でサルたちを観察している。


「……。」

「食べられないからね。」

「食べようなんて思ってませんよ。」


 ハズしたか。

 大体、第一声は食べられるかどうかだったからな。


「あのサルたちも、家族ですか。」


 二匹でくっついて、毛を繕っているサルたちを指して園山さんが訊く。


「あれは、グルーミングだね。家族どうしでもやるけど、自分は友達だよ、仲良しだよっていうアピールのためにああやって毛づくろいをしてあげたりするんだよ。」

「そうなんですね……。」


 どこか、遠いものを見るような瞳で園山さんが毛づくろいするサルたちを見ている。


「恋人たちかもしれませんね。」


 恋人、という言葉が園山さんから出てくるなんて、ということにぼくはショックを受けた。

 園山さんが恋人ということに興味を持っているということに対するショック。

 園山さんは恋人には興味がないと、自分がそんな偏見を持っていたということに対するショック。

 ぼくは、どこか園山さんという人を決めつけていたのかもしれない。

 それは、たくさんの無責任な告白を繰り返してきた男子生徒たちと同じだったのではないか。


 ぼくが、そんな益体もない考えにとらわれたとき、ぎゅっと手を握ってくる人がいた。

 園山さんだ。

 ぼくの目をいつものようにじっと見つめている。

 ぼくの心を見通すように。ぼくの恥部をすべて露わにするように。

 ぼくは目を逸らすことができない。


「そろそろ、帰ろうか。」

「そうですね。」


 ぼくの心がすべて見通される前に。











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