第26話
[お出かけのことなんだけど、動物園でもいいかしら]
携帯電話に飛び込んできたメッセージを見てぼくは驚いた。
園山さんからメッセージが来た、そのことにもかなり驚いたがお出かけの内容を変更したいということも驚いた。
い、いや、資料館に行くと思い込んでいたのはもしかしたらぼくだけかもしれない。
取材しないといけないという話と、二人で出かけるという話にはリンクがなくて、別の話をしていたのかもしれない。
……本当か?
いずれにしても、急いで資料館へ行かないといけないというわけでもないなと思う。もうすぐ夏休みだし、夏休みの間に取材が終わっていればいいだろう。
しかし、なんで動物園なんだ?
[動物園でもいいけど、なんで動物園に行こうと思ったの?]
[読んでいる小説に動物園が出てくるので。]
ああ、そう、そうなんだ。それで動物園に行きたくなったのね。ぼくも本の中でオムライスが出てくるとなんだかオムライスが食べたくなるし、油そばが出てくると油そばを食べたくなるもんな。まあ、動物園は食べないけど。
それより問題は……。
「ねえ、なんで目の前にいるのにメッセージを送ってきたの。」
「……。」
まただんまりですか……。どうも都合が悪いことか、もしくは照れくさくて口に出さないことが多いみたい。
ピコン。
メッセージが来た。
[たまには、あなたとメッセージでやりとりしたいのよ。]
顔を上げると、園山さんがその美しい目でぼくのことをじっと見ていた。
[いいよ、たまには。]
△△△△△△△△△△△△
「今日はどこに行くんだ?」
「あ、動物園に行くっていってました。楽しみです。」
「そうか、今日は天気もいいし、ふれあい広場も楽しいと思うぞ。」
ここに現れるナンパ野郎さん、ついにぼくにも話しかけてくるようになったぞ。
おかしくないか?
健康的な時間から駅前に現れてるし、なんかすごい親切に話しかけてくれるし、これ、本当に最初の登場時にナンパしてたのなんで?逆に。
いや、ナンパを成功させるために親切にするスキルとか考えると威圧的に話すより親切にする方がいいだろうけど。
でも、男であるぼくに話しかけてくるのはもうおかしいだろ。
「おまたせしました。」
「お、来たようだな、じゃあな。」
「あ、はい、さよなら。」
「お友達ですか?」
いや、園山さんにも話しかけてくれてたよ、前に。忘れたの?可哀想すぎるぞ。
でも冷静に考えると、学生に気さくに話しかけてくる知り合いでもない大人って、結構危ないな。
次に会ったら注意しないといけないな。
でもそれってぼくがやることかなあ?
「いや、友達じゃないんだけど……。」
「そうでしたか、おまたせしたようですね。」
「ぼくは、ちょうど今きたところだよ。」
「30分も待ち合わせよりも前ですが。」
「それ言ったら、園山さんだってそうでしょ!!」
園山さんが早く来るから、もうぼくも早く来ないとって思ってこうして来てるんじゃない。
いや、いいんだけど、別にいいよ。
「じゃあ、行きましょうか。バスで行きましょう。」
「うん、そうだね。8番乗り場だよ。」
「はい。」
「勝手に歩き始めなくて、良かった。」
歩きながら見ると園山さんの今日のコーディネートは、一緒に出かけたときに買った服を中心としているようだな。
すこし崩れたデザインのフレアスカート、光沢のあるブラウスにチェックの入ったミニジャケット。
非常に可愛い。普段の清楚なイメージとは違う、アクティブな印象だ。
「その、可愛いね、服。似合ってるよ。」
「そうですか、一緒に買ったのに見せてなかったから、良かったです。」
「でも、褒めるのちょっと遅くなかったですか?」
「……ごめんよ。」
あんまり可愛いもんだから、正面から褒めるのがすごい照れくさくて、さ。
バスに乗り込む。後ろの二人がけのシートに座った。
バスのシートって、二人で座れるけど、実はすごく距離が近くなる。
ちょっとすると肩が触れ合いそうになるその距離感にぼくはドキドキしている。
園山さんは、いつもの無表情だ。ぼくだけか、とも思うけど逆に園山さんが気にしないでいてくれることに救われた気持ちにもなる。
「動物園で、何を見たいの?」
「何をみたいというのは無いです。でも、動物全部を見たいです。」
「そっか、じゃあ楽しもうね。」
「ええ。」
そう言うと、園山さんはぼくの顔をじっと見る。ぼくは照れくさくてフロントガラスの向こう側へ視線を向ける。
街の中心を抜けて、バスは郊外へ向かっていく。
動物園は、もう少し先だ。
○○○○○○○○○○○○○○○○○
動物園のチケットを二人分買って、入場口へ向かう。
園山さんは、いつもの無表情だが、足取りがフワッフワしてたので、多分楽しみで仕方がないんだろう。
受付でパンフレットをもらって、エントランスの広場に足を踏み入れた。
普段の生活では見ることのない非日常がそこには広がっている。
ぼくが園山さんと一緒に出かけるのも、非日常だと思う。横にいるこの美少女を見ると、本当におなじ場所にいていいのかと思うのだ。
「行きましょう。」
「何から見るの。」
「……困りました。」
「決められないんだね。」
ぼくは、その様子に笑顔が出てしまう。いかんいかん。もっとかっこいい顔でいなくては。
「こういうときは、もうなんでも見たいものを一番最初に見よう。」
「なんでもですか。……私、ゾウがみたいです。」
「いいよ!行こう」
ぼくが言うと、園山さんは、早速適当に歩き始めてしまった。
そっちは爬虫類館だ。
「ちょちょちょ!待って!そっちは爬虫類だよ!」
「……そうなんですか。道が折れ曲がっていて難しいですね。」
「動物の展示の周りに道がある感じだからね。」
「じゃあ、こうしましょう。」
そう言うと、園山さんはぼくの手を握ってきた。
……。
…………。
………………。
ぼくの思考は止まってしまっていた。手を握った園山さんが、不思議そうな顔でぼくの顔を覗き込む。
ここは、照れてはいけないところだ。そう、照れちゃいけない。
「じゃ、じゃあ!行こうか!!」
「はい。」
ダメだ、照れる!
無理だよ!照れるに決まってるじゃん!
道中、ほとんど何を話したのかさっぱり思い出せないが、とにかくぼくたちはゾウ舎前まで到着していた。
「ここがゾウの展示だよ。インドゾウだって。」
「そうなんですね。……あれがインドゾウですか?」
「どう見たって、飼育員のお兄さんじゃない!!」
そんな小ボケいる?
もしかして、さっきから緊張しっぱなしのぼくを気遣ってくれているのかもしれない。
「ごめん、ぼくが緊張してるもんだか……。」
「あ、もしかして、あっちがゾウですか。」
なんか、別に気遣ってくれてる訳じゃないみたいだな。いつもどおり過ぎる。
飼育員のお兄さんが掃除を終えたらしく、出ていくと同時に入れ替わりでゾウが広くなっている場所へ出てきた。(運動場というらしい)
「そうだね、あれがゾウだよ。え、園山さんゾウ見たこと無いの。」
「ええ、始めてみました。あれがゾウなんですね。あの長いのはなんですか。」
「あれは、ゾウの鼻だよ。」
「それくらいは知ってます。」
「じゃあ訊くなよ!!生まれて初めてゾウ見た人みたいな質問するな!」
ぼくがおもわずツッコむと、ぼくの目を見ていた園山さんが、ふっと視線をそらした。
園山さんが視線を逸らすときは、笑っているときのような気がする。
「あんなに大きいんですね。」
「まあ、地上最大の動物って言われてるからね。」
「最初から大きいんですか。」
「いや、どんな動物だって、最初は赤ちゃんだよ。あ、見て、今出てきたのが子ゾウだよ。」
大きい二匹のゾウの後ろから、小さくて、すこし白い色のゾウが出てきた。
園山さんは、その子ゾウを見て、すっと目を細めた。憧れているような、慈しむような、普段見ない表情をしている。
「この3月に生まれたばかりだって。前の二匹が両親なのかな。」
「じゃあ、あのゾウたちは家族なんですね。」
「そうだね。ゾウの家族だ。あの二匹が子ゾウのことを一生懸命かまっているようだよ。」
大人のゾウが、鼻で子ゾウのことを触ったり、さすったりしている。子ゾウも、ヒョコヒョコ動いて応える。
檻の中の暮らしでも、家族がいっしょに暮らしているというのは幸せなことなんだろう。
「ゾウは何を食べるか知ってる?」
「……そうですね、本に書いてあったことによると草を食べるはずです。」
「正解。でも、動物園のゾウは、野菜を食べるんだよ。キャベツ、人参、きゅうり。」
「私たちは、ゾウを食べられますか?」
「ゾウは食べないでしょ。」
「そうですか、食べられる動物はどこで見られますか?」
「動物園は食べ物を見せるためにあるんじゃないよっ!!」
フフ、と園山さんがぼくのツッコミを聞いて笑う。
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