第21話

「あそこに座ろうか。」


 休日のフードコートは相変わらずの混み具合で、なかなか席が見つけられない。

 それでも、なんとか四人がけの席を確保できたぼくたちは、座って落ち着くことができた。


「先に選んできていいよ……と思ったけど、ぼくがごちそうしてもらえるんだっけ。」

「そうだね、一緒に行こうか。」


 荷物を席に置いて、二人でフードコートのお店を物色することにした。

 こう言っては吉田さんに失礼かもしれないが、デートみたいで緊張するな。というか、今になって急に緊張してきた。プリクラで吉田さんとの距離が近くなったのが原因だろうか。

 だとしたら、随分チョロい勢である。男子高校生なんて、目が合っただけで自分のことを好きなんじゃないかと勘違いできる年頃だからな、となんとか冷静な心を取り戻そうと無駄な考えにふける。


「どうしようかな……何にする?」

「あ、そ、そうだね。」


 そんなことを考えていたものだから、吉田さんに急に話しかけられてキョドってしまった。いや、いつもキョドってるかもしれない、人と話す時は。

 ほんとか……?


「すごいよ、でっカルビ丼だって、洗面器みたいな丼に入ってる!」

「ああ……それ、本当に多いよ。三人ぐらいで食べる用じゃないかな。」

「食べたことあるの?思ったより食いしん坊なんだね。」

「え、ちが。」


 誤解です。それはうっかり頼んでしまった園山さんの代わりに食べてあげただけなんです。いや、食べてるな。じゃあ、割と誤解でもないのか。

 自分の意思で選んだわけではなくてですね。


「普段はもっと、慎ましやかだよ。うどんとか好きだし。あ、うどんにしようかな。」

「うどんいいね、私もうどん好きだよ。」

「そうなんだ、同じものが好きってなんか親近感湧くね。」

「え、そ、そう?」


 お、なんか吉田さんが挙動不審になった。緊張していたのはぼくだけじゃないってことかな、そうだな、よかった、そう思わないと恥ずかしいからな。

 ごめんね、吉田さん。


「せっかくだからうどんにしない?」

「そうだね!私もそう思ってたよ、うん。」

「無理しなくてもいいよ。」

「してないよ、ほら行こう!」


 そう言って、ぼくの手を引いてうどん屋さんへ向かう吉田さん。

 ちょ、手!そんなに迂闊に男子高校生の手を握ってはいけません、勘違いします。


「何にする?私は、釜揚げうどんかな。」

「じゃあ、同じやつにするよ。」

「ほんと?じゃあ頼むね。釜揚げうどん、2つお願いします。」


 釜揚げうどんを受け取って、席に戻った。前にきた時は、うどんもそんなに食べられなかったな、そういや。


「じゃあ、いただきます」「いただきます。」


 二人でうどんを啜る。なんかシュールな絵面だな。

 黙ってうどんを啜っているのもなんかかえって気まずいかもしれないと思ったので、何か話そうと吉田さんの顔をみる。

 で、出てこない話題。こんな時、真の非モテは話題に詰まってしまうものなのか。


「美味しいね。」


 吉田さんが笑顔で話しかけてくれる。そうか、そういう話題があるか。


「そうだね。普段は、かけうどんだから新鮮かも。あ、ありがとう、ご馳走してもらって。」

「なんか、もっと豪華なものでもよかったのに。お礼なんだから。」

「いや、大したことしてないし、これでも申し訳ないくらいだよ。」


 なんだ割とちゃんと話せてるぞ。


「改めて、ありがとうございます。助けに来てくれて。本当に嬉しかった。」

「あ、ああ、どういたしまして?ぼくはただ石なんとか君に蹴られてただけの気がするけど。」

「でも、貴方が来て、私のことを逃してくれたから。」

「そ、そうかな。でも、怪我とかしなくてよかった。」

「でも、なんで助けに来てくれたの。」

「あの場面に立ち会うことになったら誰でも助けると思うけど。」

「そんなことないよ。でも、なんかすごく自然に来てくれたでしょ。」


 そうかなあ。吉田さんにも言ったけど、あの場面に出くわしたら誰だって助けると思うけど。

 しかし、考えられる理由としては……。


「告白パターン練習のせいかな。」

「何?告白パターン練習って。」


 つい口をついて出てしまった。

 やばい、これは人に説明するには非常に恥ずかしいヤツ!

 しかし、吉田さんと二人のこの状況では誤魔化すのはかえって難しい!

 と言うか、まあ誤魔化すほどのものでもないか。


「いや、陽田が言い出したんだけど……。」


 陽田のせいにとりあえずしておく。


「うん。」

「告白する時って、必ずしも安全じゃないんじゃないかって。その、男が暴力を振るうときがあるかもしれないだろ。」

「そ、そうだね……。」


 あ、吉田さんに言うのはよくなかったかな。思い出させてしまっただろうか。


「それで?」

「それで、告白される女の子が自衛するために、こう、想定練習をしてたと言うか。」

「想定練習?」

「男が暴力を振るいそうになった時に、女の子はどうする?みたいな。」


 しかしよく考えると、女の子の方は、暴力を振るった男のことを力押しでやり込めたり、なんか誘惑みたいなムーブしたりしてて、ろくな練習してないなという事に気がついてきた。


「そうなんだ、でもなんでそんな。」


 そうだよね……。なんでそんなことやってんだろ……。

 これの原因を探し始めると、ぼくの恥ずかしい過去に触れないといけなくなるんだけど。


「すごい言いにくいなこれ。でもまあ、あの、ぼくが5月くらいかな、に園山さんに告白したんだけど。」

「え、そうなんだ、だから仲がいいの。」

「いや……園山さんにはフラれたんだ。」

「そ、そうなんだ。」

「だけど、その話を陽田にしたら、園山さんは誰かが助けに来なかったのが不満なんじゃないかって言い出して。」

「ど、どういうこと。」

「ぼくが逆上して襲いかからないから誰も助けに来なくて、劇的な出会いを期待してたんじゃないかって。」

「ごめんね、なんか、うまく理解できない。」

「これ理解できたら逆にすごいよ。」

「それで、今度はぼくがフラれた時に襲いかかるパターンで告白して。」

「また告白したの。」

「そう……。それで、フラれた時に襲いかかって、それで園山さんが自衛して。」

「な、なんとなくそれは分かった。」

「みたいなことを何度かやって。」

「何度もやってるの?え、ど、どう言うこと。」


 吉田さんを完璧に混乱させたが、こんなこと言われても誰だって理解できないだろう。なんせ、当事者であるぼくもさっぱり理解できてないんだから。


「だから、男女間でそう言うトラブルがあることに対してなんか抵抗がないと言うか、すぐ助けなきゃってなっちゃって。」


 繰り返すうちに自然と身についてしまったぼくの恥ずかしい習性について明かさなければならないとは。恥ずかしくて顔を見られないです。


「そっか。でも、あの時、本当に格好良かったよ。」

「え。かっこ……。どこが?」

「校舎裏って、人通りも少ないし……だから、誰かが助けに来てくれるなんて思わなかった。最初は、石丸くんも普通だったけど、私が断ったらなんかすごい怖い顔になるし、もう私どうなっちゃうんだろうって、すごい怖かったんだ。」

「そ、そう。女の子にそんな思いさせるなんて最低だな。」

「だから、貴方が来てくれた時、本当にびっくりして、でも、嬉しかったんだ。」

「じゃあ、あの変な練習も無駄じゃなかったかな。」

「へんな練習って。」


 そう言って、少し暗めだった吉田さんの表情もまた和らいで、笑顔になった。

 女の子は笑顔が似合う。

 そうでなくてはいけないし、笑顔でいられるようにしたいものだ。


「じゃあ、貴方は練習のたびに告白してるの。」

「そうなるね、練習だから……ドラマで告白してるのと同じだよ。」

「その度にフラれてるわけだ。」

「そうなんだけど、ぼくの言った意味伝わってる?」


 毎回、本気で告白してるわけじゃないってことなんだけど。

 第一、本気の告白はあっという間に断られて、フラれてるわけだし。

 そう言ったぼくの顔を見て、吉田さんはニヤーと笑った。

 初めてみる表情にぼくの心臓はどきりとする。


「わかってるよ。カノジョのいないさみしい男の子ってことだよね。」

「そうだけど、そんなはっきり言わなくてもいいんじゃない?」


 そう言ってぼくは笑う。笑って誤魔化すしかない。事実はぼくに厳しい。


「じゃ、貴方って今……。」


 吉田さんが何かを言おうとした時、テーブルのすぐそばにきた人がいた。

 誰だと思って視線を向けると、その人はいた。


 園山さんだった。

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