第19話

「ねえ、キミ、いま時間あるぅ?」


 休み時間に声をかけてきたのは四十四田さんだ。

 大概、友人が少ないぼくだが、ありがたいことに二年生になってから、話しかけてくれる人が増えた。

 気のせいかな。ぼくは友人だと思っているが、もしかしたら自意識の暴走で、彼彼女たちからしたらぼくはやはり路傍の石か、ロボットアニメでいうところのやられメカくらいの扱いかもしれない。

 好きなやられメカについて話してもいいが……やめておいたほうが良さそうだな。


「まあ、急ぎの用事はないから、大丈夫だけど。」

「おお、そうかそうか、そうだと思ったよ!」


 それ、暗にぼくがヒマだって指摘してることになるからやめたほうがいいよ。ぼくが傷つくから。


「ちょっと悪いんだけど、来てもらっていい?」

「え、珍しいね。まあいいけど。」


 ぼくは四十四田さんに連れられて、近くの空き教室へ入った。

 中では吉田さん、同じクラスの吉田 美優みゆさんが待っていた。待っていたのか?偶然?運命の出会い?

 いや、わざわざ呼び出したんだから、待っていたんだろうな。


 空き教室……呼び出し……待っていたクラスメイト……困ったぞ、今、ぼくは手持ちが少ない……。


「ここここ、このグルメカード1000円分でなんとか許してもらえませんでしょうか!」


 ぼくは迅速に状況を判断し、即座に頭を下げながらグルメカードを差し出した。


「な、な、なんの話しですか」


 吉田さんが顔を真っ赤にして、四十四田さんの方を見る。

 四十四田さんも慌てた様子。


「何も変なことは言ってないヨ!!カレが勝手に勘違いしただけ!!」

「え、わざわざぼくを呼び出したってことは、その、トンカツというか、そのカツ……。」

「そんな治安の悪いことしないから!」


 そりゃそうだ。四十四田さんがクラスメイト相手にお小遣い稼ぎしてるなんてことありえないもんな。

 吉田さんも、ちょっと泣きそうになってる。ごめんな、四十四田さんがこんなことしちゃって。

 してないか。してないね。


「えっと、それじゃあどういったわけでぼくを呼び出したんでしょう。」

「あ、じゃあ、私は行くね。」


 四十四田さんは吉田さんに手を振ると、教室を出ていってしまった。

 あれ、ぼくも戻る?戻っちゃだめな感じかな、そうだよね、知ってた。


「え、えーと。」


 吉田さんはさっきからちょっと困ったような顔をしてぼくの方をみている。


「あの、なにかご用事だったかな?」


 なるべく、大声にならないように、威嚇してしまわないように聞いた。


「あの!」

「はい。」

「この前、助けてくれて……ありがとうございました……。」


 ああ、そうだった。そんなこともあったな。

 まあ、週末通してしっかり休んだので、身体の痛みも随分なくなったことだし、大した問題じゃない。

 まあ、ヒビが入った脇腹だけは、まだちょっとだけ痛むが。


「い、いや、ぼくは何もしてないから。それよりも、大丈夫?怪我とかしてなかった?学校も怖くないか?」


 学校に来られたということは、精神的なショックについてはある程度落ち着いたということだろうけど、いくら気を使っても問題にはならないだろうし。


「は、はい。おかげさまで……。怪我は無いですし。」

「そうか、良かった。」


 吉田さんが怪我をしてないというだけでぼくがボコられた甲斐があったと思うことにしよう。


「そ、それで。」

「はい。」

「お礼を……。」

「はあ、どういたしまして。」

「いえ、そうじゃなくて。」


 そうじゃないとな?どうなんじゃな?


「お礼をしたい……です!あの、次のお休み、時間をいただけませんか。」

「え、いいよ、そんな大げさな……。」


 本当に大げさじゃないか?ぼくがやったことと言ったら……ボコられたくらいだぞ。過去3年間に及んで思い返しても最大のただボコられた感が拭えないほどのボコられっぷりでした。なんもいいところ無い。


「ダメです。恩知らずでいてはいけないと、おばあちゃんの教えなんです。」

「ええ……。」


 立派なおばあちゃんだな。でも、いらなくない?ちょっと乱入してボコられただけですよ。もういいだろ、ボコられた話は。

 しかし、あんまり固辞してもかえって悪いかもしれない。こういう水掛け論は、繰り返すだけ時間の無駄ということもある。多分。


「じゃあ、まあ、いいですけど。」

「ありがとうございます!じゃあ、あの、連絡先を交換しましょう。」


 ぱっと吉田さんが笑顔になって、スマホを取り出していた。ピンクグラデの可愛いデザインだ。

 チャットアプリでIDを交換した。

 誰ともチャットしないことで有名なチャットアプリがついに使われることになるようだ。

(ちなみに友人は陽田しか登録されていなかった)


「じゃあ、詳細は連絡しますね!」

「う、うん。」


 嬉しそうな顔をして、吉田さんは手を振ると教室を出ていった。

 な、なんか、大変なことになってきたな。


 --------


 友達の美優ちゃんに頼まれて、カレと話せるようにすることになった。

 理由を聞けば、この前……先週だったかな、サッカー部の石丸くんが起こした暴力ざたから美優ちゃんのことを助けたのだとか。

 へえ、カレがねえ……。

 風香ちゃんがしょっちゅうつきまとっていて、なんだかなよっとしたような、ぱっとしない印象だったけど、なんかやるときはやるってことなのかな?

 空き教室で美優ちゃんには待っていてもらって、カレを連れて行く。

 幸いにも昼食のときに何度か一緒に食べたことがあるし、街であったときも話したことがあった。

 カレと美優ちゃんを話せるようにするミッションは難しくなかったね。

 よきよき、と思って教室に入ると、なんか風香ちゃんが、すごい目で私のことを見てきた。


「どうしたの。」

「……いえ、別に。」

「全然、別にって顔じゃないよねえ、それ!」


 風香ちゃんは普段から表情が豊かな方とは言えない。だけど、時折、表情というより、なんかこう雰囲気でものすごい感情を出すことがある。

 今回はなんか、焦っているような、そんな感じがする。


「あの、あの人は、一体どこに……。」

「親と離ればなれになった子供じゃないんだから……。」


 なんかものすごく心細そうな声を出してる……こういう困った感じの風香ちゃんも可愛い♡

 しかし、風香ちゃんはなんかものすごい無表情で私に圧をかけてくる。

 あ、腕を掴まれた。


「どこに行ったんですか。」

「別にカレがどこに行こうがいいじゃないの。アイタタタ、ちから入ってる!痛いから!緩めて!もう……美優ちゃんに呼ばれて、空き教室に行ったよ。」

「え。」

「なんか、お礼をしたいとかって言ってたヨ。」

「どこですか、いきましょう。」

「突然の行動力じゃん。」


 私は風香ちゃんにグイグイ押されて、空き教室に戻ってきた。

 うっすらと開いたドアの隙間から中の様子を伺う。別に私、気にならないんだけど。

 風香ちゃんはもうすごい雰囲気を出してドアにかぶりついている。


「…………お休み………時間を……。」


 なんか、休みのときに時間が欲しいって言ってるみたいだね。


「……………。」

「……いいよ。」


 あれ、なんか良いって言ったみたい、二人でどっかでかけるのかな。美優ちゃん、やるねえ。

 と思って、盛り上がってきたな!と風香ちゃんをふと見たら。


 なんか、すごい雰囲気出して中を凝視してる。

 あ、こっち見た。

 なんかすごい圧を私にかけてきた。


 あ、出てきそうだよ。こっち歩いてくるもん。

 と、思ったら風香ちゃんが私のことを掴んで、即座に教室から離れた。

 なんだこの子、普段は悠然としてるのに、なんかめちゃくちゃ動くじゃん。メカ生体かよ。


 私は、階段の踊り場まで連れてこられた。ちなみに上は屋上となっておりまして、ここにはあまり人が来ません。


「かすりちゃん!!なんかお出かけするみたい!!」

「あー、そうだね。なんかお礼したいって言ってたから、それで出かけるのかもね。」

「どうしよう、かすりちゃん。」

「え、どうしようって?別にどうにかすること無くない?」


 風香ちゃんはなんで焦ってんの。

 だって、カレが告白して、風香ちゃんが振ったって聞いてるよ?


「行かなきゃ。」

「え、どこに。」

「私達もいかなきゃ!!」

「え、私達?”たち”って?」

「こっそりついていくんです。」

「え、こっそり?あ、もしかして美優ちゃんたちに付いていくってこと!?なんで?」

「……。」

「なんで黙っちゃうの?!こわいよ!」

「気になるから。」


なんか、すごい可愛いこと言うじゃん。でも、なんで?この場合、美優ちゃんにもちょっと悪い気がするなあ。


「いやあ……普通、他人のお出かけに黙ってついてくってことはしないと思うなあ。」

「じゃあ、9時……いや、8時に駅前で待ち合わせね!!」

「え、もう行くこと決定なの!?しかも私も!?」


 私の言ったこと通じてなかったかな?きいてた?暗に行っちゃダメって伝えたんだよ?あれ、聞いてないね。全然伝わってる様子が見当たらない。

 風香ちゃんは、一方的にまくしたてると、なんかガタガタ震えながら階段を降りていった。



 あんな風に取り乱す風香ちゃん、今まで見たこと無いな……。

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