第18話
「スーパーマーケットに行きましょう。」
一緒に帰っていた園山さんがそんなことを言っている。
なぜ……?
もうお別れする地点は通り過ぎていた。
黙ってついてくるから、なんだろうと思ってはいたんだけど。
「なんでスーパーに?」
「晩ごはんの買い物です。」
「あ、そうなんだ。」
でも、自分の家の近くで買えば良くないですか?
ぼくと一緒に行く意味ないでしょう。
でもまあ、スーパーくらいいくらでも案内してやろう。減るもんじゃないし。
やってきたのは、ぼくの家からも近くて便利なスーパーいろげやだ。
なんだいろげって。
いや、いろげやで一つの単語なのかな。
ええい、考えるだけ無駄だ。
所謂、街のスーパーマーケットって感じでとりあえずおおよそのものは揃うのがいいところなのだ。
「これがスーパーマーケットなんですね。」
「スーパーに来たことないの……?21世紀になってるってのにそんなことある?」
「いえ、私だってスーパーくらい行ったことあります。」
「じゃあなんで初めてみたいなコメントしたの!?」
ぼくのツッコミは無視して園山さんは入店していた。
「どうしました?はやく行きましょう。」
「えぇ……。」
でもまあ、いつもの園山さんだともいえる、このソツない態度。
かごを持った園山さんの横に立って一緒に店内を歩く。
こう言ってはなんだけど……ブレザーを着た女子高校生が買い物かごを持っている姿ってのは、なんか胸がモヤモヤする。いや、決してやましいことではないんだけど。
園山さんはめちゃくちゃ可愛い女性だ。いや、美しい、と言っていい。制服姿でも、かなり目を引く。そんな園山さんが、歩いているだけでスーパーの店内は雰囲気が変わって、買い物に来た人たちはぼくたちの方を見ている気がする。ぼくはなんだかすこし恥ずかしい気がした。ぼくが園山さんと一緒に歩くことになってしまい、申し訳ない。
「あなた、食べられないものはあるの。」
「え?大体のものは食べられる。好き嫌いは無いけど。」
「そうなのね、いいことだわ。」
そんな世間話をしながら、野菜やなんかをカゴに入れていく園山さんを見ている。
もし、園山さんとお付き合いすることになったら、こうして一緒に買い物をしたりすることもあったんだろうか。いや、そんな日が来ることはないだろう。園山さんは今の所、誰ともお付き合いする気はないようだし。
そんなことを思いながら一緒に歩いていた。
お会計をして、お店を出る。
「随分と買ったけど、ご家族の分も園山さんが作るの?」
「何言ってるの。これはあなたと私の晩ごはんよ。」
ちょっと待て。
聞いてなくない?ぼくと園山さんの?
え、ど、どういうこと。
ぼくの脳みそは想定していない情報がいっぺんに流れ込んできたことで、処理がうまくできない。今だったらわかるぞ……生命の理由……宇宙線の本当の存在……。
「なにぼーっとしてるの。早くいきましょう。」
「ムサシッ!!……え?あ、ごめん、どこに行くの。」
「あなたのおうち。」
「え、ぼくのウチ?」
「そうに決まってるでしょ。だって、あなたと私の晩ごはんなんだから。ほら、早く。」
なんか、急かされているが、ぼくが家につれていくなんて一言でも言っただろうか。
園山さんはいつもの無表情で、ぼくの背中をぐいぐい押してきていた。
「仮にも、健全な男子高校生の家に女子高校生が行くのはどうなの?」
「……。」
まただんまりか!この時折起きるだんまりに検察側は混乱を余儀なくされております!
「あなたなら、別に私をどうこうしようと思ったりしないでしょ。」
そりゃ……。
ぼくが園山さんに対してなにかしようとは思わない。だけど、そういうヤツばっかりじゃない。だから、何事にも慎重であってほしいという気持ちはあった。
だけど、それだけの信用をしてもらえているということに対して嬉しい気持ちは、あった。
これは……もう、断れないやつだろうな。
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「あの、ここがぼくのウチ。」
園山さんとぼくの前にあったのは、ボロアパート、『大宇宙荘』。築40年、トイレ付き。風呂なし。
「……。」
いつもは動じない園山さんも、その威容に心なしか動揺した雰囲気がある。
いや、わからない。
「じゃあ、入りましょうか。」
いや、全然動じてない!
どうして!?
「あ、はい。どうぞ。」
「お邪魔します。」
女性が男の部屋に入るってどうなんだ……?もう全然断れない感じだったから連れてきちゃったけど、園山さんはどう考えてるんだ。
そう思って、園山さんの表情を伺う。
うん、まったくわからない!
「じゃあ、晩ごはんを作りますので、キッチンは……。」
「そこに見えてるごく僅かなエリアがキッチンだよ。」
何を隠そう、大宇宙荘202号室のぼくの部屋は四畳半。
キッチンとかいう御大層な代物はなく、僅かなエリアと一口のコンロがあるのみだ。
コンロがあることすらすごいと思っていただきたい。
「……。」
園山さんすら、絶句してしまったようだな。わかるよ。初めてここに入ったとき、ぼくもしこたま驚いたもんだ。
しかし、それも僅かな間で、園山さんは買ってきたものをいそいそと並べ始めた。
「では、つくるので待っていてください。」
「え、うん?いいの?なにか手伝おうか。」
「そうですね……。」
園山さんがキッチンを眺めてから言った。
「無理です。」
「知ってた。」
二人で立って作業するには、我が家のキッチンは狭すぎた。
「座って待っていてください。」
「はい……。」
ぼくは座らせられる。
仕方ない。しかし、なんだって、晩ごはんを作りにきてくれたんだ?
「なんで晩ごはんを作りに来てくれたの。」
「……怪我が痛くて、ごはんが作れないと言っていたので。」
ああ、お弁当を作れなかったときの話を覚えていてくれたのか。
別に、なんかできあいのものを買って食べるのでもいいんだけどな。
それよりなにより、なんで園山さんがそんなに親切にしてくれるのかがぼくにはわからなかった。
まあ、最近は、ちょっと仲良くなったかなという感じはしていたけど。
「そんなに、見られると照れます。」
いつもの無表情で園山さんが言う。
「ご、ごめん。」
家のキッチンに誰か他の人がいるという状況が珍しくてつい見てしまった。
仕方ない、待っている間、勉強でもしていよう。
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「できました。」
「ありがとう。申し訳ないね。」
「いえ。」
園山さんがクールに答える。
女の子が、ぼくのためにご飯を作ってくれたという事実だけで、もうこれはかなりお腹いっぱいだ。
「はい、できましたよ。お鍋です。」
「鍋!?これから夏真っ盛りになるってこのタイミングで!?」
「おいしそうです。」
「いや、お、美味しそうだけれども!!」
「私、お鍋大好き。」
「そうなんだ!?」
いや、鍋、いいけど、季節感……。
「さあ、食べましょう。」
もうちゃぶ台の横に座って待っていた。
まあ、鍋は魅力的ではある……。
ぼくも不承不承、ちゃぶ台に座った。まあ、しかし、女の子にご飯を作ってもらうなんて初めてだな……。
「いただきます。」
「い、いただきます。」
園山さんが綺麗な姿勢で挨拶をした。
ぼくも同じようにする。
園山さんが、鍋を取り分けてくれる。
「ありがとう、園山さん。」
園山さんは、ぼくの目をじっと見つめる。
「どういたしまして。」
なんだか照れくさくて目をそらしてしまう。
さあ、食べようか。
辛い!なんだこの辛いヤツ!
「キムチ鍋です。」
「だから、これから夏だっつってんだろ!!!」
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