第17話
「……失礼します。」
ひどい目に遭ったその翌日、ぼくは職員室へ呼び出されていた。
内容としては、昨日の事情聴取と、その後、サッカー部の石なんとかについて処分が検討されていることとか諸々。
事情聴取についてはぼくの潔白は揺るぎないが、吉田さんが状況を証言してくれたこと、園山さんが乱暴されそうになったことなど複数の状況からとにかく参考までにということでなされたものであるようだ。
身体はというと、蹴られた脇腹はとにかく痛むし、他の場所に関してもいいということは言えなかった。
まあ、アバラにヒビが入る程度で良かったよ。
良くはない。
そんなことを考えながら戻る教室は、入るのには気が重かった。
ぼくは普通オヴ普通。まさに中道を邁進する人間なのだ。ゲームでボコられても、実際に暴力でボコられる経験は初めてだったし。
まあ、そういうことがあったという話は、クラスでもされているだろう。
はぁーあ。気が重い……。
教室に入ると、視線がぼくに集まった。
が、すぐに元のところへ戻ったようだ。なるほど、ぼくの心配は青春特有の自意識過剰にすぎなかったか。
ぼくという路傍の石のような生徒が蹴っ飛ばされようと多くの生徒たちには関係ないと見える。
いつもの自分の席へ戻る。
座ると、陽田が視線を送ってきた、なんならほんの少し笑みを浮かべていたが、すぐに次の授業の教師が入ってきたため、話すヒマはなかった。
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「ご活躍だったようだな。」
弁当に入っていた唐揚げを咀嚼しながら、陽田がそんなことを言ってきた。
ぼくは、惣菜パンを眺めながら、どう答えたものかと悩んだ。
今日のお昼ご飯のメンバーは、陽田、ぼく、そして園山さん。
綺麗に詰められた和風のお弁当を園山さんは食べている。
「ご活躍ねえ……。」
「颯爽と登場して吉田さんを助けたらしいじゃないか。」
「うーん、そんなに格好つけたつもりはなかったけど。」
なんなら、なんか全然関係ないことを考えながら乱入した気もしている。
パンの包みを剥がしながら答える。
「それに、結局、石なんとかを止めてくれたのは、園山さんと山城先生だったしな。」
「またまた謙遜しちゃって。」
「ぼくがいつも控えめなのは認めるが、今回は本当になんもできてないんだよね。なんだったら、ただ乱入してボコられただけ、まである。」
「そりゃ、お前が腕っぷしなさすぎるからだろ、仕方ないな。」
「そのことも認めるが、大体、陽田、お前が一生懸命、告白パターン練習なんてやるのが良くない。あそこでなんかあったら、ぼくは止めに入らないといけない気になってしまったからな。」
「そんなの、いいがかりじゃないか?」
「もちろん、言いがかりだ。」
だけど、本当の気持ちであるというのも間違いじゃない。
あそこで何度か告白パターン練習をしたり、告白しているのを見たりしているうち、困っている人を助けずには居られない気持ちになってしまっていた。もちろん、ぼくがフラレた、という苦い経験の場所でもあることも関係しているかもしれないが。
園山さんはいつもの無表情でお弁当を食べている。
だけど、ぼくがパンをかじっているのを見て、すこし困ったような、悲しいような雰囲気を出していた。
「あなた、今日はパンなのね。」
「ああ、身体が痛くて……お弁当を作る気力が無かったんだ。」
「困るわ。」
何が困るっていうんだ。別に何も困ることはないだろうとぼくは思った。
陽田は我関せずという顔をして弁当を食べている。
「ねえ、それだけじゃ、栄養が足りないんじゃないの。」
「いや、大丈夫だよ。」
「いえ、足りないわ。ほら、これ食べて。」
そう言って、園山さんはお弁当から小松菜のおひたしをぼくに食べさせようとしてくる。
これ、ぼくがあーんしないといけないんじゃないのか。
陽田、助けてくれと思って見ると、陽田は何も考えてない顔をしてぼくたちを見ていた。
意識とばしてんじゃねえよ!
園山さんは、ぼくのほっぺたにぐいぐい小松菜を押し付けてくる。
何に困ってるかわかった。お弁当の時間、おかずを交換することができなくて困っていたんだ。
園山さんは、ぼくのお弁当からおかずを持っていき、なにかのおかずを譲ってくるのが好きだったのか。
「はい、食べなさい。」
「あ、あーん。」
ぼくは観念した。小松菜が口に入れられる。
園山さんはどこか満足そうな顔を、いや表情はいつもどおりだけど、雰囲気を出していた。
ぼくたちのそんな様子をみたクラスの男子たちが、どこか嫉妬めいた表情をしていた。
きみたち、すっかり忘れているようだから言っておくが、ぼくはとっくにフラレているんだよ。
勘違いしないで欲しいもんだな、ハッハッハ。
まあ、ぼくも時々、勘違いしそうになるから困ってるんだけどな!
「吉田さんは、お休みか。」
「そうだな、あんなことがあった後だしな。」
陽田が答える。
ぼくもそう思う。
たとえ自分が悪くないとしても、理不尽な気持ちの押し付けがあって、それで目の前で誰かが暴力にさらされたら、精神的なショックはあるだろう。学校が嫌になったりしなければいいが。
ああいう、他人を傷つけるヤツはこの学校には多くないと思いたい。
津志田先輩だって、心を入れ替えたからな。
「お、おい、君、大丈夫だったか?」
そんなことを考えたら、教室のドアがガラリと開けられて、津志田先輩がやってきた。
教室の中につかつかと入ってきて僕たちの机のところまで来る。
「ひどい怪我だって聞いたぞ。もう授業を受けて平気なのか?」
「え、ええ、もう大丈夫です。」
なんでこの人来た?
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骨が折れているわけでもないし、と思って、授業を受けには来たが、じわじわと痛みはあるし、顔を殴られた痕はあるしで、いささか早まったかなという気は放課後になってやっと思い至った。
まあ、仕方ない。ここで休んだとしても特にやることもないし。
そんなわけで、やっと学校も終わり、帰ろうという時間が来たのだった。
「……。」
園山さんが、ぼくの席の前でじっと待っている。
分かってる。一緒に帰るんだろ。もう、園山さんがそういう人なんだと分かってきた気がする。
「じゃあ、帰ろうか。」
「はい。帰りましょ。」
二人で並びながら歩く。ぼくは身体がまだ痛むので、そんなに早くは歩けない。
園山さんは、すっと背がまっすぐで、それでも、ぼくに合わせて歩いてくれる。
「きのう。」
「はい。」
園山さんがぼくの方を見る。
「あのとき、園山さんが、助けに来てくれて助かったよ。」
園山さんがぼくの目をじっと見る。
「ええ、もっと早く行けたらよかったんですが。」
「ううん、早かったと思う。」
実際、本当にすぐに来てくれたと思う。もう少し遅かったら、ぼくはもっとひどい目に遭っていたかもしれない。
「だから、ありがとう。園山さんが来てくれて嬉しかった。」
「……どう、いたしまして。」
「でも、もうああいう危ないことはしないで欲しいんだ。園山さんが怪我したりしたら嫌だから。」
園山さんが、ぼくから視線を外した。
空を見て、地面を見て、そして、ぼくの瞳をじっと見つめてから言う。
「……お断りします。」
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