第11話

「あなた、まだ時間はあるでしょう。どこか見ていきませんか。」

「いいけど、どこを見たいとかあるの。」

「……こういうとき、あなたならどこを見るの?」


園山さんが食事後、どこかを見ようと言い出した。

ただ、あてはないらしい。


「大通り商店街を順番に見てみようか。なにか気になるお店があるかもしれないよ。」

「わかりました、行きましょう。」

「ちょちょちょ!そっちは逆方向だよ!」


またも、園山さんが勝手に歩き始めたのを引き留めて、商店街へ歩き始めた。

もう、園山さんは自分がやらかしたことを気にしないで超然とし始めている。

これ、一人で出かけたりするときどうなってんの。


「一人で出かけたりするとき、どうしてるの。道に迷わない?」

「そうですね……あまり出かけたりしないのですが……でかけたときは困ります。」

「困りますって。」

「でも、困ってるとたいてい家の人が迎えに来てくれるので。」


結構、お家の人は園山さんに甘いのかな。

マンガを与えないという厳しい面と、迷子の園山さんをすぐに迎えに来るという甘い面が同居していて不思議な印象がある。

それはそうと、ほっといたらぼくと出かけたときも迷子になるんじゃないか。


「迷子になったときのために、連絡先を交換しておかない?」

「連絡先ですか。確かにそうですね。」


なんで今まで連絡先も知らずに待ち合わせもできたのか。

ある意味では奇跡みたいなもんだ。

ぼくはスマホを取り出した。

園山さんも携帯電話を取り出す。

え、携帯電話。スマホじゃなくて?まだ売ってるのそれ。


「まだありますよ。」

「心の中を読まないでくれる?」

「なんか、驚いた顔をしていたので。」


園山さんの謎のスキルにも驚いたが、それはそれとして電話番号を交換しておいた。

ショートメッセージもできるし、最悪、通話すればいいだろう。


「……。」

「どうしたの?」

「いえ。なんでもありません。」


携帯電話を見て、固まっていた園山さん。

なんか、良くなかったかな。連絡先を聞いたりして。


「その、スマホがあれば、もっと色々なことができるのでしょ?」

「アプリをインストールすれば、そうだね、できることは増えるよ。」

「そうですか。」


そんな話をしながら歩いていたら商店街へ到着した。

この大通り商店街は、最近整備され直して、かなり道も綺麗になったし

おしゃれなお店も増えたので、けっこう賑わうようになったんだ。


「ゆっくり歩いてお店を見ていこうか。」

「いいでしょう。」


なんでそんな挑戦的な雰囲気なんだよ。


「色々、新しいお店が増えたみたいだね。」

「あ、このお店に入ってみましょう。」

「え、いいよ。」


園山さんが言うが早いか、お店の中に入ってしまう。

ぼくも迷っているヒマはなかった。放っておくと、園山さんを見失ってしまうかもしれないと思ったからだ。

お店の中には、ちょっと変わった金属製品がところ狭しと並べられている。

園山さんは、普段見せない興奮した雰囲気で売られているものを見ていた。

なんだろう、この金属製品は……あえて言うなら、おろし金の化け物みたいな……。


「これはチーズグレーターです。」

「チーズグレーター?」

「そうです。パルミジャーノレッジャーノなどの大きくて硬いチーズを削って細かくする道具です。」

「そんな道具があったの!?そして、ここはそれの専門店なの?チーズグレーターだけの!?」


ニッチもニッチすぎる需要と道具のチョイスがなされたお店だ。

そしてそんなお店を一発で見つけ出す園山さんの嗅覚にぼくは戦慄した。

いつもの無表情ながら、瞳を輝かせて園山さんはチーズグレーターを見ている。


「この、手回しのチーズグレーターなんか、良さそうですね。」

「何が違うのかぼくにはわからないよ。」

「これは、回してると均一になったチーズがここから出てきて……。」


なんか一生懸命説明してくれる。

いつも静かにしている園山さんを見ていることが多いから、なんか嬉しくなってしまった。


「園山さんはチーズが好きなの?」

「そうですね……。いえ、そんなに好きじゃありません。」

「じゃあなんで、そんなに熱心に説明してるんだよ!!販売員か!!」


チーズグレーターのハンドルをくるくる回しながら、キョトンとした顔でぼくを見ている園山さん。


「じゃあ、他のお店も見てみようよ。」

「はい、そうですね。」


園山さんは名残惜しそうにチーズグレーターを棚に戻した。


-----------


商店街をさらに進んでいると、服のお店が目に入る。

ティーンエイジ向けのキュートなデザインが中心のブランドだ。

園山さんは普段は落ち着いていて大人っぽいデザインのコーデだけど、こういうのも似合うかもなと思った。

それを知ってか知らずか、園山さんがじっとぼくの顔を見ている。


「このお店を見てもいいですか。」

「う、うん。もちろんいいよ。」


チーズグレーターとか、まくらのお店をチョイスする園山さんにしては珍しく普通のお店だ。

そうそう、今日の園山さんは、腰でシルエットが引き締まるタイプのワンピースで、色は薄いグリーン。そこに白のカーディガンを組み合わせていた。

園山さんは足が長いので、スカートの長いシルエットが相まって大人っぽく見える。


「どういう服がいいと思いますか。」

「え、園山さんが好きな服がいいんじゃない。」


ぼくがそう答えると、じっとぼくの顔を見ている。

……なんか不満そうだな。

真意をはかりそこねていると、声をかけてくる人がいた。


「あ、キミ、珍しいねこんなところで!おー!風香ちゃんも!」


四十四田さんだ。

学校でしか見ないことが多い人と会うとちょっとびっくりしちゃうよね。ぼくだけかな。

四十四田さんは、すこしパンキッシュなデザインのコーデだ。

レザーっぽいミニスカートと、ボーダーのサイハイソックス。

ジッパーのたくさん付いたジャケットに、白のブラウス。

めちゃくちゃ似合ってる。制服もすごく似合ってるけど、自分にあったコーデを分かってる感じがすごく伝わってくる。


「四十四田さん、やあ、こんにちは。」

「なになにー?デート?キミもなかなかやるねえ……。」

「いえ、デートじゃありません。」


またもキッパリといい切った園山さん。

また、四十四田さんが驚愕した顔で園山さんを見ている。

園山さんは四十四田さんの表情は気にしてないのか、いつもの無表情だ。


「ええと、その……園山さんが現代文の勉強をできるように、本をおすすめしてたんです。」

「あー、そ、そう、そんな感じ。」


四十四田さんはどことなく釈然としない顔をしていた

わかる。

でも、園山さんがデートじゃないと言えばデートじゃないのだ。

もうそういうことにしておこう。


「それで何?服を見てたの?風香ちゃんの服かな。」


このお店でぼくの服だったらそれはそれで大変じゃろが。


「園山さんが見たいって言うから寄ったんだ。」

「ほうほう、なるほどね。風香ちゃん、普段は大人っぽいもんね。ちょっとこういうポップな服は選んだことないかな。」

「……そうですね。」


園山さんはスタイルがいいので、こういう元気なデザインも似合うかなとちょっと思った。


「そうかそうか、じゃあ、私が風香ちゃんに似合いそうな服をいっしょに選んであげようか?」

「その……、お断りします。」


え、断っちゃうの!?

選んでもらったらいいじゃん!ぼくより適任だよ!?

見てよ、このめちゃくちゃガーリーでいて、個性的なおかつ変にならないコーデを!

こんなセンスいいの選べるの四十四田さんくらいだよ多分!


しかし、四十四田さんは、期限を損なう様子もなく、それを聞いてニヤリと笑うと、


「ほうほう、そうかそうか。じゃあ、服はまた二人で見に来ようね。」

「はい、そうしましょう。」

「じゃあ、邪魔しちゃ悪いから、私は行くねー。またねー。」


手を振って行ってしまった。


ああ……センス最高のクラスメイトが行く……

服のセンスが無く、浮世から捨てられしぼくを動かすもの、

それは、この状況をなんとかしないとという意思にほかならない。


「なんでぼうっとしてるの?服を選びましょう。」

「え、う、うん。」


そんなわけで、とりわけ得意じゃない服選びにぼくが付き合うことになった。

これがいいんじゃない、と言った少し個性的なバランスのミニスカートとチェックの入った格好いい目のジャケットを園山さんが買った。


「とっても似合うと思うよ。」

「そうですか、よかったです。」


帰り道、二人で歩いているときに、園山さんがいつもの無表情で言う。

でも、どこか浮き足立つような雰囲気が出ていた。

ぼくの気のせいだろうか。

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