第10話

「それで、今日はどこに行くんだ?」

「本を買いに行くそうです。」

「へえー、それじゃ、やっぱりピオンモールかもな、ここらの店の中じゃなんでもそろうし。」


駅前広場にたどり着くと、園山さんが絶賛ナンパ野郎に遭遇中だった。

ただなんか、思ってたんと違うな。

なんで仲良くなってんの。


「お、来たようだな。じゃあな。」

「はい、さようなら。」


ぼくの顔を見るとナンパ野郎は手をあげて園山さんに別れを告げると去っていった。

なんか、いちいちラブコメのテンプレを外しにかかってきてないか?大丈夫?やっていける?


「ごめん、待たせた?」


ぼくが聞くと、園山さんは腕につけた小さい時計をすっと目を細めて見た。腕をかえす様が優雅だな、と思ったがわざわざ言うとぼくのキモさゲージが溜まっていく気がしたので言わない。


「それほど待ってないようですね。」

「良かった。」


こちとら30分前目指して来たんじゃ。待ち時間設定が罠だということは前回の待ち合わせで学ばせてもらったからな。


「あの、さっきの人と仲良くなったの?」

「いいえ?そんなことはありませんが。」

「それ、さっきの人が聞いたら悲しむから本人には言ったらダメだよ。」


また会うかは分からないけど。


「今日はどこに行くのですか?」

「そうだね、大通りの方に大型書店があるからとりあえずそこを見ようかなと思って。」

「分かりました。」


そう言って、園山さんはバス停に向かって歩き始めた。


「ちょちょちょ!大通りには歩いて行けるから!」

「そうでした。」


また出かけるときのルール忘れてたな。

いつもの表情だけど、園山さんがちょっと恥ずかしそうな雰囲気を出していた。

おもわずぼくは笑ってしまい、そしてふたりで歩き始めた。


大通りにある大型書店は、売り場面積が大きく、雑誌からコミック、専門書までなんでも揃う。

書店員さんの手書きポップも数多く掲出されていて、見ているだけでも楽しくなるので、ぼくはこの店が好きだ。

園山さんは、物珍しそうに店のなかを見まわしている。

いや、いつもの無表情だ。

わからん。どういう感情なんだ?でも悪いことに最近、気にならなくなってきた。


「結構、面白い雰囲気でしょ。」

「ええ、こんなに賑やかな雰囲気の本屋さんは初めてです。」

「良かった。じゃあ、文芸コーナーを見ようか。」


こっちだよ、と言って文芸コーナーの階に移動する。

高校生はあんまり文芸コーナーをじっくり見たりはしないかもな、とは思っていた。

園山さんもやはり珍しいようで、展示されている本たちをじっと見ていた。


「気になる本があったら手に取ってみても大丈夫だから。」

「はい。でも、あなたのおすすめを聞いてからにします。」

「そうだなぁ、園山さんは普段は本読んだりする?」

「そうですね、実は字ばかりの本はあまり読みません。」

「そうなんだ、じゃあ、マンガを読んだりとかしてるの。」

「マンガ……?絵画のことですか?」

「その、初めてマンガに出会った明治時代の人みたいな反応することある?令和の世の中で。」


江戸時代にはもう漫画あったんだぞ。北斎漫画とか。


「私、ほとんど親に与えられたもので済ませていたので。」

「ああ、そうなんだ……。忙しい学生生活だったのかな。」


教育方針が厳しいんだろうか……。園山さんの家庭環境について考えたことはなかったけど、ちょっと気になる。

にしても、小説くらい読ませてもいい気もするけど。


「教科書でも、プライベートでも、気に入った作品とかある?」

「そうね、実はあまり何を読んでも気にとめない方です。だから、純粋にあなたのおすすめで選ぼうと思っていました。」

「そうか、じゃあ、あのコーナーを見ようか。」


ぼくが最初に連れていったのはミステリコーナーだ。

ミステリは、受験問題やテストの問題には絶対に出てこないジャンルだ。なので、勉強の役には全く立たない。

しかし、ぼくには思惑があった。


「ここら辺はミステリ、つまり推理小説だね。」

「推理小説ですか。」

「そう、勉強の役には立たないんだけど、読むのに高度なテクニックが必要ない。それでいて読んで楽しい。まずは小説を読む楽しさを知ってもらいたいなと思って。」


そう、推理小説は読むのが楽しいのだ。文字と親しむにはやはりエンタメが良いと思った。

ただまあ、人死にが絡むので苦手な人もいるかもな。


「この中だと、オススメはどれですか?」

「ぼくのオススメは、この時刻表トリックで有名な著名作家の作品だよ。たくさんの本が出てるんだけど、この辺の有名作品なんかがいいと思うな。」


この作家さんの細かい作品は数あれど、やはり売れた作品は沢山の人が読むのに耐えるだけの完成度がある、と思う。

園山さんは、列車ブルートレインの描かれた表紙の文庫を取り上げて、パラパラと中を見た。


「これにしてみます。」

「いいの?」

「ええ。オススメなんでしょ。」

「そうだね。」


あんまりすんなりと決めるから驚いてしまった。でも、おすすめしたぼくが尻込みしても仕方ないなと思い直した。


「それだけだと、ちょっと勉強っぽくならないからもう少しオススメしたいんだけど、いい?」

「はい。そのつもりで来ましたから。」

「良かった。じゃあ、もう少し見ようか。」


棚を周りながら二人で本を見てあるく。

ぼくがいくつか読んだことのある本をオススメして、園山さんがパラパラと中を見たりした。

しばらく歩くと、園山さんが足を止める。


「少し一人で見てもいいですか。」

「もちろん、好きなとこを見ていいよ。」

「よかったです。終わったら声をかけます。」


いつも超然としている園山さんが、ちょこちょこと小動物みたいな動きで別のコーナーに歩いていった。

ぼくもラノベでも見ようかなと思って別れて別のフロアへ移動した。


少しして、文芸コーナーに戻る。

棚の前で本を眺めている園山さんに声をかけた。


「もうそろそろ大丈夫?」

「ひゃあ。」


ひゃあ?


「あなただったのね。すみません、もう大丈夫です。」

「それじゃ、お会計して出ようか?そろそろお昼だし。」

「もうそんな時間なんですね。それでは、少し待っててください。」


園山さんとレジに向かって歩く。

オススメした本以外にもあれこれと選んだようだな。この機会に本を好きになってくれると嬉しいと思う。


ところで、ひゃあって、園山さんが出した声だよね。


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「お昼ゴハンはどうしようか。何か食べたいものはある?」

「そうですね、あなたの食べたいものでいいですよ。」

「まあ、そう言われるとそれはそれで悩むな。」


街であんまり外食したりしないものな、と少し思った。学生の身分では、自由にできるものは少ない、と思う。主にお金とか。


「じゃあカレーはどう?」

「カレーですか。そうですね、行ってみましょう。」


近くにあるデパートのレストランにカレー専門店が入っていたことを思い出した。

前に一度だけ食べたのだが、美味しいと思ったので、おすすめしたかったのだ。


「あなたは、カレーが好きなのですか。」

「そうだなあ、まあ、普通だけど。嫌いじゃないし、作るのが簡単だからよく食べてるかも。」

「そうなんですね。我が家ではカレーをあまり食べないので。」

「へえ、そうなんだね。嫌いな人でもいるの。」

「そういうわけじゃないと思うのですが、どうしてですかね。」

「それは、ぼくにはちょっとわからないな……。」


そんなことを話していたらお店の前に到着した。


「デパートの中にあるのですね。」

「そう、前に食べて美味しかったからおすすめしようと思って。」

「そうでしたか。じゃあ、並びましょうか。」


園山さんはいつもの無表情で淡々とならぶ。

でも、どこかそわそわした雰囲気が出ている気がする。

メニュー表を眺めたりしながら待っていると順番が来た。

カウンター席で、ぼくらは並んで座る。

ぼくはオムライスカレーの中辛。

園山さんは、チキンカレーの辛口を頼んだ。

カレーが運ばれてきて、いい香りがする。


「「いただきます。」」


オムライスカレーは、オムレツとカレーの組み合わせで少しまろやかな味わいだ。

そして園山さんがカレーを食べて、なんだか固まっている。


「あなたのオムライスと私のチキンを交換しませんか。」

「え、どうしたの。」

「……。」


またダンマリか!検察としては、容疑者の供述を求めます!!

と思ってみていたら、少ししょんぼりした雰囲気が出てきた。


「いいよ、交換しようか。」

「はい、しましょう。」


なんだって交換を……ウッ!このカレーめちゃくちゃ辛い!

メニューを見ると、「辛口は本場インドの味を再現!」って書いてある。

園山さんは心なしかニコニコの雰囲気を出しながら食べている。

よかったね、もうよかったんだコレでと思うしかなかった。


「本場インドって書いてあって美味しそうに見えちゃって。」


オムライスカレーが美味しかったなら、もう良かったよ。それで。


「とても美味しいです。」

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