第9話

「そろそろ期末テストですね。」


急に園山さんがそんなことを言い出した。

いつものお昼休み、お弁当を食べているときだ。

突然だが、イカすメンバーを紹介するぜ!

園山さん!

陽田!

ぼく!

以上だ!

四十四田さんは、「今日は別の子たちと約束があって、ゴメンね!」と言っていなくなった。

わざわざぼくたちのところに園山さんを置いていったのである。

園山さんは四十四田さんに置いていかれたことをどう思ってるんだろうと思って見ていたが、

次の瞬間にはお弁当を取り出して座っていた。

いつもどおりの無表情で何を考えているかは読めなかった。


「そうだね、ちゃんと勉強しないとなあ。」

「俺はちゃんとやってるから大丈夫だぜ。」


陽田は、結構遊んでるように見えて、勉強はしっかりできる方だ。

部活をやって、友達と遊んで帰って、頑張ってそこから勉強しているらしい。

ぼくには絶対無理だ。無茶苦茶ちゃんとしてるな。

まあ、代わりに授業中は寝ていることがあるんだけど。

ちゃんと授業を聞いていた方がいい気もしなくもない。


「勉強会をやりましょう。」

「もう決定事項なんだね。」

「いいぜ。と言いたいところだが、俺は今回はパスさせてもらう。家族の面倒を見ないといけなくてな。」


陽田は妹さんがいて、テスト期間中は妹さんの面倒を見ているらしい。

中学生くらいのはずだけど、食事の用意をしたり、いろいろとあるようだ。

陽田は言ってることはいい加減だけど、結構細かいところに気がつくし、家事も得意なようで、

家族の信頼は厚いらしい。


「じゃあ、しょうがないね。」


ぼくが言うと、園山さんがぼくをじっと見ている。


「あなたは参加、大丈夫よね。」

「え、うん、大丈夫だよ。」


全く断れる雰囲気がない……。

ぼくが園山さんに告白して、見事にフラレたという事実は、最近だんだんとその存在感を薄れさせていた。


「じゃあ、今日の放課後は図書館に行きましょう。」

「え、今日から?」


いきなり過ぎない?


「善は急げ。夜はゆうげ、月にはうどんげと言うでしょ。」


なんか余計なもの混ざってきたんじゃないか。


-----------


市立図書館はこの街の自慢の一つで、開放感のある多目的スペースがアピールポイントだ。

大きな吹き抜けのあるホールすべてが自由に使うことができ、

中央のカウンター席は、木をふんだんに使用したあたたかみのあるテーブルが設えてある。


「では、さっそくやりましょう。」


園山さんがやる気だ。

ぼくも、教科書をかばんから出して準備をする。

勉強会って言っても、基本的にはひとりで頑張る感じかな。


「では、私は資料をあつめてまいります。」


言うが早いか、園山さんは図書コーナーの中へ消えていった。

え、ええ……。

教科書だけではなく、参考書でも借りてくるつもりなんだろうか。

まあ、最近は参考書を読み込むことで理解を深めるっていうしな。

そんなことを考えながら、ぼくは世界史の勉強を始めた。


10分ほどが経過して、ドサッと隣の席から音がした。

目を上げると、とんでもない量の書籍が積み上げられている。


「揃えてきました。」


園山さんが、無表情ながら、達成感のある雰囲気を出している。


「す、すごいね……。」


何をこんなに見る必要があるんだ……?と思って集められた本を見る。


『アイスランド・サガ』

『エッダ 古代北欧叙事詩』

『ヴァイキングの時代』

『ヴォルスンガ・サガ』


「ねえ、何の勉強をする気なの……?」


ちょっと、普通の高校ではテストに出てこないような内容の本ばっかなんだけど。


「期末テストです。」


きっぱり言い切ってる。

どうですか?完璧でしょうという雰囲気を出しているが、こんなノルウェーの高校みたいな内容は期末テストには出てこないだろう。


「流石に、エッダが期末テストに出てくることはフィヨルドが全部溶けてもないと思うな。」

「そうですか、でも、地球温暖化で北極の氷は溶けつつあるということですが。」

「そういうことを言いたいんじゃないよ!」


しかし、理解しにくいたとえを出したぼくも悪かった。


「ごめん、ちょっと伝わりづらかった。」


そうだぞ、みたいな雰囲気出すのやめて。


「とにかく、ゲームで初めて北欧神話知った中学生みたいなムーブをテスト勉強中にやるのはやめよう。」

「わかりました。」


本当にわかってんのかな……?


「園山さんは、今日は何を勉強するの?よかったら参考書を探してこようか?」

「そうですね、今日は数学をやろうと思います。」

「だったら、なおさら北欧神話はいらないやろが!」


ユグドラシルにぶら下がってるオーディンを数える数学とかが出てこない限りは不要なはずだ。

ただまあ、オーディンの異名は死ぬほどある。

北欧神話関連の本は全部ぼくが返してきた。

園山さんはすこししょんぼりした雰囲気を出しながら数学の教科書を出している。


「なにかわからないことがあったら、教えるから。」

「はい、わかりました。」


本当にわかってんのかな……。

ぼくは園山さんの隣に座って、少し様子を見ることにした。


おお……どんどん問題が解かれていく……。

基礎的な問題だけではなく、応用問題についても比較的詰まることなく解答できているようだ。


「ちゃんとわかってるじゃないですか。」

「ええ、数学は得意なんです。」

「へえ、逆にぼくがおしえてもらおうかな。」


なんとなくそう言うと、園山さんがぼくの顔をじっと見つめた。


「……お断りします。」

「じゃあ、なんで勉強会やろうなんて言い出したんだよ!」


ぼくがそういうと、園山さんは少し楽しそうな顔で目をそらした。


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ぼくのツッコミが功を奏したのかどうかは定かではないが、数学は園山さんに教えてもらったし、逆に園山さんは現代文、古文などの国語が苦手でぼくが一生懸命解説して教えることになった。

どうにも、比喩的な表現とか、文章全体のテーマみたいな内容が苦手なようだ。


「園山さん、物語を読んだりするのって苦手だったりする?」

「そうですね、物語を読むよりも、数学の解説書などを読んでる方が多い気がします。」

「それが原因か……。」


現代文は、理論を学ぶのも大事だが、たくさんの文章を読むことで得られるものが多い気がする。

いや、両方大事……。

しかし、楽しみながら読んでいれば勉強をしているというつもりがなくても身につくものは多いだろう。


「ねえ、今度、本を買いにいかない?本を読んでると、結構、国語は苦手じゃなくなってくると思うよ。」

「本ですか、そうですね、一人では買ったりしません。」


園山さんが、そこまで言うと、なにか考えているようだった。

空中を見て、地面を見て、そして、ぼくの顔をじっと見た。

ぼくは園山さんが時々そうすると、すごくドキドキしてしまう。心の中まで見透かされているような感じ。


「今週末に行きましょう。また10時に駅前広場でいいですか。」

「いいよ。どんな本がいいか考えておくね。」


なんか、二回目だから全然気にしないで約束してしまったけど、これってデートじゃないのか。


「ねえ、これってデートじゃないよね。」


園山さんは、じっと前を見ながら歩いている。その表情は読めない。


「いえ、違います。」

「そうだよね、違うよね。」


ちょっと関係が変わってきたと思っていたのはぼくだけみたいだ。


「ピオンに行けば……バーチャオフがありますよね。」

「テスト前にゲームセンターには行かないからね。」

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