第7話
「そういえば、みんなは体育祭で、どの競技にエントリーするんだ。」
放課後のマックで陽田が聞いてきた。
ぼくだけなら、みんな、なんて聞き方はしないだろう。
つまりみんなに当たる他の誰かがいるということだ。
ぼくはそのみんな、に目を向ける。
園山さんだ。
何も言ってないのに、園山さんは帰り支度を済ませると、ぼくと陽田のところへやってきた。
陽田が、
「じゃあ帰ろうぜ。」
と言うと、一緒に歩いて帰り始めた。
なんだろうこれ。
気になってるの、もはやぼくだけなのかな。
前も、二人で下校しているし(おまけにマックにも行った)、気にするのは野暮ってもんなんだろうか。
それにしても、
「一緒に帰ってもいい?」
みたいな一言くらいあってもいいんじゃないのか。
もう、いきなり親友ポジションじゃん。
四速発進だよ。
ぼくくらいの馬力なら、あっという間にエンストさ。
「そうですね。どんな競技があるんでしょう。」
「そうだな、そういや、今日プリントをもらってたろ、見せてくれよ。」
「全員に配ってたじゃん……ほら。」
ぼくは通学かばんからプリントを出して見せる。
「まあ、大体、想像できる体育祭の内容だな。騎馬戦と、借り物競争もあるぜ。」
「借り物競争って、高校でやる内容か?」
「なんでも、去年の生徒会長の公約だって話だぜ。」
「! 私、借り物競争に出ます。」
園山さんが急に目を輝かせて言った。
まあ、体育祭の内容にしては珍しいし、面白そうな内容ではある。
競技性については……お遊びみたいなもんだとおもうが。
「園山さんは、借り物競争に出たかったの?」
こくこくとアイスティーをすすりながら園山さんが頷いている。
そんなに出たかったのか、まあ、いいんじゃないの。
「ぼくは……。」
「お、もうこんな時間か、そろそろ帰ろうぜ。」
陽田がそういって席を立った。
みんなって呼びかけたんだから、ぼくの意見も聞いてくれていいんじゃないの。
園山さんが、立ってぼくの方を見ている。
「はやく帰りましょう。」
「う、うん……。」
「私と同じ方向でしたよね。さあ、行きますよ。」
ぼくも残っていたコーラをすすると、席をたった。
園山さんが先にたって歩き始める。
「体育祭、楽しみですね。」
「そうだね……。」
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そんなわけで、あっという間に体育祭の当日だ。
今日は特別なイベントだけあって、どことなくみんなのキャラクターが崩壊している気がする。
陽田も、
「今日は俺、普段の三倍だから!」
とはしゃいでいた。何が三倍なんだ、何が。
園山さんも、四十四田さんになにか力説していた。
普段は物静かな園山さんが珍しい。
四十四田さんも、珍しく困ったような、戸惑ったような顔で園山さんをなだめていた。
さて、ぼくはというと、エントリーした走り幅跳びまでだいぶ時間があるので、クラスの席に座って競技を眺めている。
100メートル走、150メートル走、800メートル走と競技は進んでいく。
(妙に距離が細かく別れているな……)
こういった競技には陸上部のみならず運動部がエントリーし、しのぎを削っているようだ。
どのレースもレベルが高い。
そんなことを考えながら見ていたら、次はいよいよ園山さんがエントリーした借り物競争のようだ。
なんか、本格的な体育祭から一転して、弛緩した空気が流れる。
まあ、ぼくみたいなずっと弛緩している消極的参加者ってのも少なくはないんだけど。
第一レースが終わって、次が園山さんの出番のようだな。
園山さんがんばれと思って、ぼくはスタートゾーンに立っている園山さんに手を振る。
園山さんが気づいてくれたようで、こっちを見てくれた。
「用意!」
スターターがピストルを鳴らしてレースがスタートした。
園山さんがものすごいスピードで借り物の書かれている紙が落ちているゾーンへ走っていった。
それよりも、園山さんの走るフォーム、凄すぎないか?
なんか、ほとんど歩くみたいな動きで走っていったぞ。
なんであれであんな早いの?
光の速さで歩いてるわけ?
お、園山さんが紙を拾い上げている。
中身を確認して……なにか考えてるぞ。
キョロキョロとあたりを見回したかと思うと、一直線にぼくの方へ歩いて(走って?)来た。
「あなた、一緒に来てください。」
「え、ぼく?」
「はい、早く。」
園山さんがぼくの手を掴むと、走り始める。
ぼくもあわてて園山さんの横に並ぶようにして走った。
周囲からは、「キャー!」とか、「あ!なんでアイツが!」みたいな声が聞こえてくる。
まあ、そうだよな。園山さんくらい美人で有名な人が男の子の手を握って走ったら、ちょっとした騒ぎになるよ。
そういえば……。
「ところで、紙にはなんて書いてあるの。」
「ひみつです。」
「そ、そう。」
恐ろしいスピードでゴールへと入った。
担当の係の人が近づいてくる。
「恐ろしいスピードでゴールしました、赤組の園山さん!借りてきたのは、男子だ!」
(わああああ)
盛り上がる観客席。
「じゃあ、お題を確認してみましょう!ええと、『恋人』!!なんと恋人です!!この男子が園山さんの恋人なのか!?」
マイクを手にした実況がめちゃくちゃ盛り上げる。
え、恋人?!
ここまで来て諸君らはいい加減忘れてないと思うが、ぼくは園山さんに告白してフラレたからね!?
「いいえ、ちがいます。」
マイクを向けられた園山さんがハッキリと答えた。
「え。」
今まで盛り上がりに盛り上がりすぎていた会場がピタッと音を無くしてしまった。
や、ヤバイ、この雰囲気。
「じゃあ、なんでぼくのこと連れてきたんだよ!!」
ぼくはツッコむ。
もうツッコむしかないじゃないか。
(ドッ)
ツッコミが功を奏したのか、会場がウケる。
よかった、「え、まじこいつなに言ってんの」って空気しかなくなってたからな。
園山さんが、無表情ながらも、困った雰囲気を出していた。
なんで困ってるんだよ……。
「じゃあ、失格でーす。別のお題を取りにもどってねー!」
明るく実況の人が園山さんに言う。
また、観客席から笑い声があがった。
園山さんは、またすごい勢いでお題の並ぶゾーンへかけていった。
実況の人が困ったような笑顔でぼくのことを見ていた。
「た、助かったよ。」
「ええ……。ぼくもどうしようかと。」
とんでもない危機に立たされた二人の間にちょっとした連帯感が生まれた。
まあ、ぼくは観客席に戻るんですけど。
園山さんは結局、『担任の先生』というお題を引きあて、クラスの村田担任を連れて最下位でゴールしていた。
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