第23話 田んぼで事件に遭遇する

 町の大掃除に参加することにしたけれど、まだ少し時間があるのでちょっとだけ遠回りをして小保ROOTに戻ることにした。


 と言っても、農道を通って帰るだけだけど。


 如月家の横に車一台くらい通れる道があって、そこを行くと小保ROOTの裏に出るのを最近発見したのだ。


 この付近は田んぼが多くて、近くを歩くと青々しい新芽の香りがするからすごく好きなんだよね。


 というわけで、サイコーマートを出た俺は道を挟んだ向こうにある如月家の横を抜け、農道をのんびり歩いていくことに。


 この季節は田植えをしたばかりのようで、田んぼには規則正しく緑色の小さな苗が並んでいた。


 さあっと風が吹き、水面にさざなみができる。


 同時に、新芽の香りがふわりと流れてきた。


 ああ、心が落ち着くなぁ……。


 ぽかぽかとした陽気だし、散歩するには最高の天気で──。



「……ん?」



 なんて神伏町の自然を堪能していると、ヤバい光景が目に飛び込んできた。


 農道が交差している場所で、白い軽自動車が田んぼに突っ込んでいたのだ。


 足を止め、しばし固まる俺。


 何度見ても、白い軽自動車が道路から外れて田んぼの中に頭から突っ込んでいる。


 エンジンはかかったままみたいだし、農作業をしている人が車を停めてるのかな?


 でも、道路から落っこちちゃってるしな……。


 うん、間違いない。完全に事故ってる。


 車で田んぼに突っ込むと相当ヤバいことになると聞いたことがある。


 漏れ出した油とかのせいで田んぼが使えなくなるから、賠償金がとんでもないことになるとかなんとか。



「……いや、そんなことよりも、まずは運転手さんの安否確認だよな」 



 エンジンがかかったままってことは、ついさっき事故ったってことだろうし。


 小走りで運転席の方へと向かう。


 そこでわかったんだけど、車は田んぼに突っ込む寸前で止まっていた。


 これなら田んぼに被害はなさそう。


 良かった。不幸中の幸いだな。


 しかしこの車、よく見ると車体がボッコボコに凹みまくってるな。


 事故のせいってわけじゃないよね?


 だって、屋根まで凹んでるし。ていうか、どうやったらそこに凹みができるんだろう?



「……ん? ちょっと待てよ?」



 ボコボコの車を見て、ふと思う。


 この車、どこかで見た覚えがあるような?


 どこだったっけ?


 ええと、確か神伏町に来たばかりの頃で……そうだ。


 神伏町の滞在許可証を取りに町役場に行ったとき、駐車場に停まっていて──。



「ていっ」



 と、記憶を辿っていたら、突然バカンと運転席のドアが開いた。


 思わず飛び退いてしまう俺。


 多分、運転手さんがドアを開けたのだろうが、ドアハンドルを使ったわけではないのが一発でわかった。


 だって、運転席からニュッと足が伸びてたんだもん。


 こ、この人……車のドアを蹴破った?



「……お? 誰ぞおったのか?」



 ひょっこりと運転手さんが顔を覗かせる。


 その姿を見て、ギョッとしてしまった。


 どっからどう見ても、完全に子どもだったのだ。


 年齢は8歳くらいだろうか。


 くりっとした大きな目。眉は短く、ちょっと気が強そうな感じに上にキュッとカーブしている。


 髪の毛は白。


 青いメッシュが入っていて、ぱっつん前髪なのが余計に幼く見える。


 小柄で細身。胸は……まぁ、子どもなので言わずもがな。


 そんな彼女の一番の特徴は、頭の両サイドに大きな角が生えていることだった。


 それを見て確信する。


 うん。間違いなく、この子もモンスターだな。



「あ、あの……大丈夫ですか?」



 恐る恐る尋ねた。


 モンスターロリっ子は、ドヤ顔で頷く。



「うむ。安心してよいぞ。なんら問題はない」



 そうしてヒョイッと車から飛び降りた。


 ──草むらを飛び越え、水が張ってある田んぼの中に。


 着地した瞬間、ズボッと膝くらいまで泥の中に足が埋もれてしまう。



「……」



 ロリっ子さん、なんとも悲しそうな顔でこちらを見る。



「……たった今、大丈夫じゃなくなってしもうた」

「みたいですね」



 思わず苦笑い。


 なんでわざわざ田んぼの中に降りるかな。


 足元は草むらだったのに。


 視線で助けを求められたので手を差し伸べ、ロリっ子を田んぼから救出する。



「ありがとう。おかげで助かったわい」

「その靴、大丈夫ですか?」



 ロリっ子の靴は泥まみれで、見るも無惨な姿になっていた。



「かまわん。洗えば綺麗になるからの」

「そ、そうですか」



 そこまでガッツリ泥まみれになってたら、そう簡単に落ちないと思うけど。


 しかし、と「見ろ、地面に泥の足跡がつくぞ」と喜んでるロリっ子モンスターさんを間近で見て思う。


 この子も何処かで見たような?


 確か車と同じ場所で……あ、そうだ!



「あの、貴女ってもしかして、神伏町の町長さんですか?」

「ふっふっふ。どうやら気づかれてしまったようじゃの……やはりワシが放つ最強の町長オーラは隠すことができんか」



 腕を組み、凄まじくドヤる町長さん。


 車を田んぼに突っ込ませ、下半身泥まみれの状況でなぜそこまでドヤれるのか不思議だ。



「そう! 神伏町いちの魔性の女にして天下無双の大魔王……第34次神伏町町長の浅尾とはワシのことじゃ! わっはっは!」



 肩書が多いな。


 天下無双の魔王ってのはいいとしても、魔性の女というのは持ちネタかなにかだろうか?


 ほら、有里さんの「頭がないのにアリ頭で覚えといてや~」みたいな。


 ここは笑ってあげたほうが良いかもしれない。



「あ、あははっ、面白いですねそのギャグ」

「どこにもギャグ要素はないのじゃが?」



 真顔で返されてしまった。


 魔性の女というのもガチらしい。


 その言葉の意味、知っているのだろうか。



「それでお主は──」

「あっ、はじめまして。一週間ほど前から神伏町に滞在させていただいてます、山河ユウジと言います」

「うむ、名前は知っておるぞ」

「……え? 俺のこと、ご存知なんですか?」

「存じておるとも。ちゃんと許可証を発行したであろ?」

「確かに許可証はいただきましたけど……え? あれって、浅尾さんがひとつひとつ手作業でやってたんですか?」

「もちのロンじゃ」



 なにそれすごい。


 もっと違うところに労力を使ったほうが良い気がしますけど。



「あの、浅尾さんって神伏町に住んでいるモンスターの王様、魔王様……なんですよね?」

「違う。天下無双の大魔王じゃ」



 訂正された。


 そこにはこだわってるらしい。


 自分でもわかるくらい胡散臭い顔をしていると、浅尾さんがジト目をする。



「あん、なんじゃ? もしやお主、『え〜? そんなプリティな見た目なのに魔王様なんて冗談キツイわ(ワラ)』なんて思っとるんじゃなかろうな?」

「……っ!? いえ、そんなことは」



 ブンブンと首を横に振る俺。


 だけど浅尾さんはジト目のまま続ける。



「おもいっきし額に図星と書いておるぞ? 疑うのであれば、ワシの超絶魔法を披露してやろうか? 一撃必殺の爆殺魔法じゃ」

「ばくさ……け、結構ですっ!」



 爆発魔法ならわかりますけど、爆殺って何ですか!?


 爆発して死ぬってことですか!?



「それで、ユウジはこんなところで何をしておったのじゃ? 田植えか?」

「いえ。ただの朝の散歩ですよ。浅尾さんこそ、こんなところに車を突っ込ませてどうしたんです?」

「逆じゃ逆。ワシが突っ込んだのではなく、田んぼが突っ込んできたのじゃ」

「え? あ~……」



 ん〜と、どういうことだろう?


 運転技術には自信があるってことを言いたいのかな?


 ほら、事故ったのは田んぼが悪い的なさ。


 まぁ、凄まじく車がボコボコになっている時点で運転の力量はお察しだけど。


 そんな運転が得意(自称)な浅尾さんが続ける。



「実は町の大掃除会が午後からあっての。その準備のために町役場に急いでいたのじゃが……道に迷ってしもうたのじゃ」

「町役場? 全く逆方向じゃないですか?」

「そうなん……えっ」



 凄まじいきょとん顔をされてしまった。


 いや、だってここ小保ROOTの近くだし。


 近いのは役場じゃなくて神伏町駅ですよ。



「え、ええっと……」



 浅尾さんはしばしアワアワと慌てふためき、意を決したかのように腕を組んでドヤった。



「み、み、見知らぬ道は走るもんじゃないのう! ワシ、失敗した!」

「そ、そうですね」 



 再び苦笑いする俺。


 町長をやってるのに、知らない道とかあるんだな。


 というか、失敗したことを認めるくらいの柔軟さはあるんだね。


 流石は天下無双の魔王様だ。





―――――――――――――――――――

《あとがき》


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【コミカライズ】とあるリーマン、もふもふタヌキと田舎暮らしをはじめる 〜ふらりとたどり着いたのは、人とモンスターが平和に暮らす不思議な田舎町でした〜 邑上主水 @murakami_mondo

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