とあるリーマン、ちょっと不思議な田舎町でタヌキと暮らす 〜電車に乗ってふらりとたどり着いたのは人とモンスターが平和に暮らす田舎町でした〜
邑上主水
第一章 ちょっと不思議な田舎町、神伏町
第1話
「……ここ、どこ?」
夜の帳が降りた駅前で、俺こと
街灯がぼんやりとアスファルトを照らす駅前には、ひとっこひとりいない。
ロータリーはおろか道路を走っている車もなし。
人気がない代わりに、蛙の大合唱が鳴り響いている。
なるほど。
ここ、多分……すごい田舎だ。
「ええと……ちょっと待って? 俺、何で田舎にいるんだ?」
混乱する頭で、軽く状況を整理する。
今日は平日の水曜日。
いつものように、退社時間ギリギリになって上司から「明日の朝までにやっておいて」と仕事を丸投げされた。
ホント嫌がらせだよな……。
おまけに自分は早々に帰ちゃうし。
できるところまで終わらせて残りは明日の朝にしようと退社し、ラーメンでも食べて帰ろうと思ったとき──。
「……ああ、そうだ。彼女に振られたんだ」
次第に記憶がはっきりしてきた。
彼女から『好きな人ができたから別れよう』ってメッセージが来たんだっけ。
パワハラ上司に面倒な仕事を振られ、彼女にも振られた。
どんな笑い話だよ。
それで人生が嫌になって、電車に飛び込んだ。
──と言っても、自殺しようとしたわけじゃないけどね?
いつも乗ってる電車とは逆方向の、行き先もわからない電車に乗り込んだ。
誰も自分のことを知らない、どこか遠くの町に行きたい。
もう仕事もプライベートもどうでもいい。
この疲れた体と心が癒やせる場所で、しばらくゆっくりしたい。
そんなことを考えながら電車に揺られていたら、日頃の疲れがドッとでたのかこくりこくりと居眠りをしてしまった。
そしてたどりついたのが──この見知らぬ田舎の駅。
というか、マジでここどこ?
「ええと……
小さな駅舎のトタン屋根には、見知らぬ駅名が掲げられていた。
多分、地名なんだろうけど聞いたこともない。
直通でローカル線に繫がって、地方まで来ちゃったんだろうな。
しかし、と辺りを見て改めて思う。
薄暗いから良く見えないけど、凄まじく田舎な空気が漂っている。
人通りもなければ、車通りもない。
明かりが付いているお店もない。
駅前ロータリーは頑張ればUターンできるレベルに狭いし、停まっているタクシーはゼロ。
目に付くのは、ぼうっと光っている自販機と、時折ジジッと物悲しい声をあげる街灯くらい。
かすかに潮の香りがするから、千葉の外房まできちゃったのかもしれないな。
とりあえず現在位置を確認してみるか。
そう思って、スマホを取り出して現在位置を確認しようとしたんだけど──。
「……あれ? GPSが動いてない?」
現在位置は、電車に乗った都内の駅のままだった。
いやいや、そんなことってある?
GPSって人工衛星を使って現在位置を特定してたよね?
天気のせいで不安定になってるってわけじゃなさそうだし。
……あ。電波まで圏外になってる。
俺のスマホ、通信エリアが一番広い大手のやつなんだけどな。
それすらも届かない、ド田舎ってことか。
「……」
しばし考える。
見知らぬ土地で、GPSも使えなければ電話も使えない。
もしかしてこれって──神様が「人生に疲れたでしょ? ゆっくりしなよ、YOU」って言っているのではなかろうか。
うん。きっとそうだ。
そうに違いない。
そういうことにしておこう!
「……よし。とりあえず宿を探そうかな!」
ここで朝を迎えるわけにはいかないからね。
周囲にホテルはないか駅員さんに聞こうと思って駅舎に戻ったんだけど、改札口に「本日の運転は終了しました」の看板が置かれていた。
そっと腕時計を見る。
ピピッ。現在時刻、夜の9時。
……いや、終電早すぎじゃない!?
田舎のローカル線って、こんなに終電早いの!?
実に健康的だなぁ!
圏外で電子マネーのチャージができないので、一応、切符を購入してから再び駅舎の外に。
いや、帰るつもりはないけど、念の為ね?
何事もリスク管理が大事だから……。
しかし、どうしよう。
再び周囲を見回してみる。
駅の周辺には本当に何もない。
遠くにポツポツと民家が見えるだけ。
この調子だと24時間営業のファミレスもなければ、漫画喫茶なんてものもないだろうな……。
う〜む。これは少しだけまずいことになってきたか?
「……ん?」
困り果てていると、こちらにやってくる車のライトの光が見えた。
なんだか凄い音を出してる車だな……と思ったけど、すぐに正体がわかった。
トラクターだ。
正式名称、農業用牽引車。作業機を引っ張って畑を耕したりするアレ。
あ、これ、田舎あるあるだ!
なんて感動していたら、自販機の前で止まったトラクターから麦わら帽子をかぶったおっちゃんが降りてきた。
いかにも「この町に住んでます」って雰囲気。
周辺に詳しそうな空気をビシバシ感じるし、ちょっと聞いてみよう。
ジュースを買おうとしているおっちゃんのそばに、すすっと近づいていく。
「あの、夜分すみません」
「うわっ! びっくりした!」
めちゃくちゃ驚かれた。
「なんや、誰かおったんか」
「す、すみません。いきなり声をかけちゃって……」
「いやいや、大丈夫。だけど、おっちゃん鼻から心臓が飛び出る思ったわ。わっはっは」
目尻に深いシワを作り、豪快に笑うおっちゃん。
あ、すごくいい人そう。
紺と白のシマシマのシャツにオーバーオールを着ていて、首にはタオル。年齢は40歳後半くらいかな?
いかにも農家のおっちゃんって感じだ。
「てか、兄ちゃん、こんなところで何しとん?」
「あの、それがですね……」
おっちゃんに事情を説明した。
電車の中で居眠りしていて、気づいたらここに来ちゃったこと。
携帯が使い物にならないこと、などなど。
人生に疲れたのでしばらくのんびりしたいと思ってることは伏せておいた。
「……あ〜、なるほどな。電車で居眠りしちゃった系か」
「はい。しちゃった系です。電車も終わっちゃったみたいなので、ひと晩泊まれるホテルを探そうと思って駅員さんに聞こうとおもったんですけど……」
「あ〜、まつもっちゃんすぐ帰っちゃうからなぁ〜。今頃家で晩酌しとんちゃう? あっはっは」
まつもっちゃんというのは、多分駅員さんの名前だろう。
しかしこのおっちゃん、良く笑うなぁ。
「泊まるならすぐ近くに旅館があるけど、ひと晩くらいだったらウチに泊めたるわ」
「そうですか、ありが……ぅえ?」
変な声が出た。
いやいや、ちょっと待ってよ麦わらのおっちゃん。
気さくなのはわかったけど、どこの馬の骨ともわからない俺に泊まってけなんて、逆にこっちが心配になりますよ。
もう少し警戒したほうがいいんじゃないですかね?
「ありがとうございます。でも、ご好意だけありがたく頂戴します」
「あ、そう? 遠慮せんでいいのに。都会の人はお硬いなぁ。わっはっは」
「あっはっは」
俺も一緒に笑ってしまった。
俺が硬いんじゃなくて、あなたがゆるいだけだと思います。
そんなゆるいおっちゃんに尋ねる。
「それで、その旅館というのはどこに?」
「あ〜、ええと……どこやったかな。口で説明するのは難しいし、あそこの地図を見ればわかるよ」
おっちゃんが指さしたのは、ロータリーにある周辺地図の看板。
ご丁寧に夜でも見えるように、小さなライトがついている。
「小保ROOTっていうのが旅館の名前だから」
「ありがとうございます、調べてみます」
「うん。夜遅いから気をつけてな? あ、兄ちゃんもコーヒー飲む?」
「い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
なんかもう、優しくされまくって泣きそうになっちゃった。
第一町人さんからいい人すぎる。
人生に嫌気が指して逃避行してるんです〜なんて言ったら、しばらくウチに住めとか言ってくれそうだもん。
疲れた心に優しさがしみるぜ。
おっちゃんにペコリとお辞儀をして、看板のところへ向かう。
地図にはご丁寧に駅周辺の住民さんの名前まで記載されていた。
菊池さんに、山田さん。
なんか牛や蛇みたいなイラストが描かれてるけど、これはなんだろう?
まぁ、いいか。
「……ええっと、確か小保ROOTとか言ってたっけ」
さらっと聞き流しちゃったけど、ちょっと可愛い名前の旅館だよね。
こぼるーとなんて。
旅館の場所はここから歩いてすぐの所だった。
何故かタヌキの顔が描かれている。可愛い。
「よし、行ってみよう」
できれば電話で部屋が空いてるか確認したいけど、携帯は使えないしな。
てなわけで、カエルの大合唱の中、夜道をてくてく歩いていく。
ふと見上げた夜空には、大小様々な星が輝いていた。
「うわぁ〜、すげぇ綺麗……」
おもわずため息のような声が漏れ出してしまう。
夜空にきらめく星々は、黒いベルベットにちりばめた宝石のよう。
周りが暗いから、こんなに綺麗に見えるのかな?
しかし、こんなふうに星空を見るのはいつぶりだろう。
毎日疲れ果てるまで仕事をしていた俺は、いつも足元ばかり見ていた。これだけでもここに来た甲斐があったかもしれない。
そんなふうに綺麗な夜空を眺めながら歩くこと、10分ほど。
たどり着いたのは、ちょっと古めの日本家屋。
周囲を柵で覆われていて、山の木々に寄り添うように平屋の古民家が建っていた。
「……ここ、だよな?」
入口ののれんにデカデカと「温泉旅館」って書いてあるから間違いないとは思うけど。
しかし、なかなかに雰囲気が良い旅館だな。
温泉ってことは、露天風呂があるってことだよね?
こういう場所に長期滞在できたら最高だよな。
海も近いみたいだから、海鮮料理とか美味しそうだし。
美味い刺身を食べて、お酒を飲んで、温泉に入る……。
うわ〜、想像しただけでワクワクしちゃうな。
「こんばんは〜……」
引き戸をあけると「受付」と書かれたカウンターが見えた。
だけど、誰もいない。
しんと静まり返った受付には、カチカチと時計の針の音だけが響いていた。
小さなベルが置いてあり、「御用の方は鳴らしてください」と張り紙があるのに気づく。
靴を脱いで上がり、チンとベルを鳴らした。
「は~い」
すると、奥から声がした。
子どもの声だ。
店番でもしてるのかな?
夜遅くまで大変だなぁ……なんて考えてたら、トテトテと可愛らしい足音が近づいてきた。
すぐにカウンターの影から、ひょこっと何かが飛び出してくる。
「いらっしゃいませ~」
それを見た瞬間、俺は固まってしまった。
出迎えてくれたのが、子どもよりもびっくりする相手だったからだ。
「……え? タヌキ?」
そう。
旅館の奥から現れたのは──赤い法被を着た、可愛らしいタヌキだった。
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