第Ⅳ話 伯爵の正体
「フェンリル嬢は、どうして、この街の聖堂へ赴任された?」
カイゼルから、赴任理由を聞かれた。こういう質問には、ボロが出ないように、気をつけて答えなければならない。
「ただのバイトです。給金が良かったものですから」
ウソではない、バイトなのだ。騎士兵襲撃の犯人を捕らえるためだとは、今の段階では言えない。
「カイゼル様、貴方は兵士ではありませんね?」
彼は、防御力の高そうなレザーのベストを着用しているが、腰に下げているのは短剣であり、戦闘には向いているとは言えない。予想としては、偵察兵か商人だが、さて、何と答えるか。
「私は、遊び人だよ。バイトで伯爵の仕事を手伝っている。フェンリル嬢と同じだ」
ウソのような、本当のような……表情から判別はつかないが、片方の眉がひくひくと震えている。
◇
馬車で、カイゼルと向かい合って座る。無言の時間が長い。
広場から離れると、街には明かりが無い。両脇に建物があるのに、道は、馬車の明かりだけになった。
「ここには、街灯がないのですね」
「道を照らす必要は、ありませんから」
日没後は、だれも外に出ないという事か。
「ガス灯の燃料となるカーバイドガス、そして上水道も、地下の配管を使って、各家庭に届けている。ここは、生活インフラの整った良い街だよ」
カイゼルは、私に教えてくれた。
なにか引っかかるのは、彼の『本当の顔』が見えないからだろう。
ここは、本当に人が住んでいる街なのか?
「窓を開けてもよろしいですか?」
「少し暑いのか? 機械で温度を下げる」
「外の空気を吸ってみたいのです」
カイゼルが何かのボタンを押して、窓を下げてくれた。窓ガラスは厚い物だった。クロスボウで撃たれても、ビクともしないほどに。
馬車の歩みは、ゆっくりだ。心地よい夜の風を感じる……違う! 風に乗って、新鮮な血の匂いがする。
風上は、さっきの停車場広場だ!
今から戻るべきか?
《この匂いは人間だな。魔族の人造DNAは混ざっていない》
宝石が、匂いを分析した。
《落ち着け、既に手遅れだ》
厳しい修行を積んだ私でも、少しは感情が残っている。
冷静を保って本当の悪党を嗅ぎ分けるため、落ち着くんだ、私!
「伯爵様は、魔族の国に行かれて、よく無事に戻れましたね」
落ち着くため、カイゼルに話題を振る。
王国を代表できるのは侯爵以上だ。伯爵では、身の安全を保証してもらえない。
「フェンリル嬢は、聞いていないのかな?」
カイゼルが、不思議そうな顔をした。
「この街を任されたベルゼ伯爵は……血統ある魔族だ」
血統ある魔族とは、魔王陛下の人造DNAを色濃く引き継いでいる上級魔族のことだ。
すると、私兵たちに人造DNAを分け与えたオリジナルの魔族は、ベルゼ伯爵か!
◇
「聖堂に着いたぞ」
夜の闇に隠れている。薄暗い外観は、言われないと聖堂だとは分からない。
「フェンリル嬢は、赴任したタイミングが悪かったな」
タイミング? 伯爵と魔王との交渉、妻の復しゅう、切り札……騎士兵襲撃事件、そして今日のテロリストによる伯爵襲撃……そんな時期と、私が来た時機が重なったのが、気に食わないのか。
彼は、私を怪しんでいるようだ。
カイゼルは、乗ってきた馬車で、停車場のほうへ向かった。
聖堂の扉が開き、中から司教らしき女性が出てきた。
「この聖堂の司教です。遅いので心配していました、シスター・フェンリル」
優しそうな司教で良かった。修道服は白だが……所々汚れている。
「ご心配をかけました、司教様。停車場で、トラブルに巻き込まれたもので」
あの襲撃の件は、まだ、街には広まっていない様だ。
「先に送った私の荷物は?」
「え? 届いていませんが……」
あちゃ、この街を嫌いになりそうだ。
「今ほど走り去ったのは、伯爵様の馬車ですね。シスター・フェンリルに神のご加護がありますように、祈ります」
司教は、伯爵におびえている。数日前までは、慕われていた伯爵だったはずだ。いったい、何があった?
「さぁ、中へ入って下さい」
「ここは、ガスや水道がなく不便ですが、これも修行だと考えて下さい」
司教は申し訳なさそうに言ったが、私は、ベッドさえあれば、野宿するよりは快適だと思っている。
「シスター・ライザ、いませんか?」
ライザ? 襲撃者のリーダーと同じ名前だ。
「この聖堂には、私とシスター・ライザ、そして身寄りのない若い女性職員の三名だけなのです」
街の規模を考えれば少し足りないか。これでは……私は、数日で街を離れる予定だとは、言えない状況だ。
呼ばれたシスターは、紺色のシスター服を着用し、ウィンプルを被る一般的なシスターだ。つり目で、鼻と口は小さめ、アゴが細く、小悪魔的な顔立ちの、まぁまぁな美人だ。
しかし、名前がテロリストのリーダーと同じで、しかも、珍しい紫色の瞳まで同じだ。
「こちらが、フェンリル様の部屋になります」
小さな部屋に案内された。
彼女は、部屋にある油のランタンに、魔法で火を灯した。油芯の先に小さな炎、黒い煙がわずかに上がり、すぐに安定した……彼女の生活魔法は、一級品だ。
「フェンリル様は、生活魔法を使えますよね?」
彼女の口ぶりは、ここでの暮らしは、生活魔法を使えないと、やっていけないと言っている。
「はい、問題ありません、シスター・ライザ」
生活魔法は、シスターを名乗るなら、必ず使える魔法だ。
彼女は、なぜか私に「様」を付けて呼ぶ。彼女の所作、アゴが細いことから、上級貴族の令嬢だと思われるのにだ。
「シスター・ライザは、どうして、同じシスターの私を、様付けで呼ぶのですか?」
気になる……
「私は、シスターを名乗っていますが、最下層の人間です。フェンリル様は、上級貴族の所作ですので、敬意をもって仕えます」
彼女は、サラッと答えたが、なぜか自分を最下層だと言い、さらに私を所作だけで上級貴族だと見抜いた。
「この街では、水は井戸水をくんで飲んでください。決して伯爵が設置した水道は飲まないでください」
ライザは、伯爵を伯爵様とは呼ばない。むしろ、嫌悪の念を抱いているようだ。
困ったな。真剣な目の彼女に、お腹が空いたとは、言えない雰囲気だ。
「シスター・ライザと会うのは、二回目ですね。最初は、停車場広場……」
ライザは、間違いなく、停車場で会った令嬢だろう。直接、確かめる。
「男装していましたが、バレましたね」
認めた……という事は、彼女はテロリストのリーダーだ。
「なぜですか?」
「男装は安全のためです。この街は、急激に治安が悪くなりました……特に警備兵が罪を犯すようになったのです」
私は、男装のことをきいたのではない。彼女の目を見て、本当の回答を促す。
「……もうひとつも、バレていましたか」
彼女はため息をついた。観念したようだ。
「襲撃の場で、名前で呼ばれていましたからね」
私の問いに、どう答えようか、彼女は悩んだ。
「テロは犯罪です。見過ごすことは出来ません」
王国の転覆など、不法に変革・破壊する目的で暴動を起こすテロは、重罪だ。
「私を捕えるのですか」
彼女の表情が強張った。彼女は、遠回しではあるが、テロであることを認めた。
「街の行政に不満があるなら、王国に直訴する方法がありますし、王国の騎士兵に助けを求める方法もあります」
騎士兵襲撃について、遠回しに探りを入れてみた。
「この街を出て、帰って来た者はいない……」
ライザの口数は少ない。何かを隠そうとしているのだろう……王国への直訴は実行したが失敗したのか?
騎士兵については触れてこないということは、何かを知っている。
「ほとんどの住民は口を閉ざしたが、私たちには、奴らから奪った武器がある」
武器……違法クロスボウや短剣、煙幕のことか。
「仲間の数は少ないが、必ずカタキを取る」
カタキを……亡くなった仲間のことか。
仲間が亡くなったから襲撃したのか、襲撃したから仲間が亡くなったのか、鶏と卵のようで、納得いかない。
「私たちの狙いは、伯爵と手下となった警備兵!」
彼女が私を見つめる。目が真剣だ。
「あの魔族から逃げ切れたフェンリル様なら……」
逃げ切ったのではなく、倒したのだが、今は黙っておく。テロ活動を解ってくれという事か。まさか、手伝ってくれという事なのか。
「伯爵の切り札『黒のクイーン』も破壊したいが、情報がない」
ライザの口からも切り札という言葉が出た。
伯爵も口にしていた言葉だ。しかも、使う準備は出来ているという彼の口ぶりだった。
「この街で、私は人の心を取り戻しました。カタキを討って、元の街を取り戻したい。それが私の願いです」
人の心を取り戻したとは?
シスター・ライザは、うつむき、右腕を袖の上から押さえた。
「ドアの外が騒がしいな」
私は部屋の外の物音に気が付いた。静かな聖堂内を、ドカドカと無粋な足音、そしてギシギシと軋む床の音が、部屋に近づいてくる。
「シスター・フェンリル、お客様です」
ノックの後、ドアの外から司教のおびえた声がした。
シスター・ライザと顔を見合わせる……ここは、ドアを開けるしかないようだ。お互いにうなずく。ドタドタとした足音の主に、心当たりがあるからだ。
ドアを開けると、カイゼルが、そして、彼の後ろには、予想どおり私兵が立っていた。
むさ苦しい男の胸ナンバーはⅥか……停車場広場での襲撃の際に、血の気が多く、長剣が得意だった強化人間だ。
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