剣山夏目⑥

「は……はぁ?!」


 ちょっと何であるんだよぉ!!


 目の前のあり得ない光景に思わず叫ぶ。それと同時に、既にオフィスにいた社員が一斉に俺の方を向く。夏目も俺の席に向かい、机の上に目をやる。


「な、なんや? この古い箱は……」

「ちがう」

「え? トキ、どうし」

「今日の朝、押し入れにぶち込んだ宝箱だよ!!」

「な……! は、えぇ?! これがか?!」


 大きなリアクションをする夏目に全力で頷く。驚いた所はそれだけではない。あの宝箱は家にあった縄で縛り付けた筈だった。更に、出て来られないように押し入れに閉じ込めた。


 それなのにも関わらず何故、目の前にいるのだろうか。いや、そもそも動く宝箱とか聞いたことがないんだが。


 それによく見ると宝箱に所々、締めた縄跡が見られる。そして、千切れた縄の断片が机の周り、机の下にも見られる。


「随分としぶとい奴だな……」

「と、取り敢えず机らへん片付けようや。上司が来たら色々と面倒やで……って何してるん?!」

「もう一回、頑丈に縛り付けてやるよぉ!! なぁ!!! それとも磔か? それもいいなぁ! 歯ぁ食いしばれぇ!!」

「こらトキ、声が大きいで!」


 ジタバタと暴れる俺に後ろから両腕を掴み「やめろや」と全力で止める夏目。その光景を見た他の社員は、じっと凝視した後何も見ていないとでも言うかのようにパソコン視線を戻す人たちが殆どだった。

 だから、俺は心置きなく宝箱と戦えると思ったが駄目だった。後ろにいる夏目が思ったよりも力が強く思うように抗えない。

 俺と夏目が数秒間の抗戦が続く。すると突然、先程まで微動だにしなかった宝箱が勢いよく飛び跳ね、俺の顔面に直撃した。


「へぶぅ?!」

「トキ! 大丈夫か!」


 固いものが鼻に勢いよくぶつかる。夏目は俺の顔を伺う。夏目に拘束された両腕は既に解放され、今度は俺の肩を支える。


「ま、まさかほんまに動くとは……」


 夏目は元気よく動く宝箱に目玉を上下に動かして、信じられないと声を上げた。そりゃあ、俺だって信じられない。宝箱が動くことなんて、あり得なさすぎる。

 未だに机の上で飛び跳ねる宝箱は止まることを知らない。その反動で、机に設置した資料やパソコン等の器具が揺れ始める。このままではしまって置いた資料が雪崩のように崩れ、ディスクが滅茶苦茶になる。


「てか、上司に見つかる前にこいつを捕まえないと……」

「ちょ、トキ何するん?!」


 俺は近くに置いてある鞄を掴む。そして、カバンのファスナーを開け中身を大っぴろげた。宝箱、いやは未だ大はしゃぎしている。幸い、ディスクとディスクの間にはボードで隔てられこちら側の様子は分からない。


 俺と夏目の大きなリアクションは周りにバレバレだが。


「覚悟しろよぉ……! !!!」


 俺は鞄を構えて宝箱に立ち向かう。宝箱が飛び跳ねた隙をついて、勢いよく覆い被さった。宝箱は見事に鞄の中に入り、中でジタバタもがく。


 え? 鞄の中身はどうしたって?

 勿論机の上に散乱してるよ畜生。スマホはズボンに入れてるからセーフだからな。


 急いでファスナーを閉め事なき終える。が、しかしその勢いで足を滑らせ、地面に転んでしまった。


「っでえ!」

「何やら騒がしいですが……これは一体どう言うことですか?」

「ひ、聖川さん……」


 そこに、タイミング良く上司の聖川がこちらにやってきた。地面に這いつくばる俺を見て、いつもの糸目が少しだけ開かれる。


「おやおや、これは随分と派手に絡んでしまって……。手も怪我しているのですから気を付けてくださいね」

「は、はいっ! すみません少しこけてしまいまして……」

「やはり、君には少し良くないものが憑いてますね……。仕事が終わったら一度相談を」

「あっ間に合ってまーす!!」


 聖書の次は誘拐勧誘とか洒落にならないからな。

 何とかして聖川から免れ、ディスクへと戻る。その光景を見つめていた夏目は心配そうに様子を伺っていた。


「だ、大丈夫なんか?」

「あぁ! 後は俺が何とかするから気にするな」


 も鞄に仕舞い込めたし、何とかなるはずだ。鞄の中では生きのいい未確認生命体が蠢く。俺は鞄を抱き抱え、外から何が起きているのか分からないように努力した。

 

 夏目は清々しい表情をする俺を見て何かボソリと呟いた。


「オレも、何とかしないとな……」

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