剣山夏目⑤
「は、はは……。ありがとうございます。時間がある時に読ませてもらいます」
取り敢えず聖川から逃れるために嘘をつく。しかし、聖川はまんまと俺の嘘に騙され満足そうにしている。
「それでは私はこれで。失礼しますね」
聖川はそう言うと颯爽と自分の仕事場へ戻り始めた。俺と夏目は、その後ろ姿が見えなくなるのを確認すると同時にため息を吐いた。
「あの人、結局言いたいことだけ言って帰りやがって……」
「トキを心配するから流石上司やなって思ってたんだが、宗教勧誘が目的やないか。はぁ……、オレもされんでよかった」
「何で俺だけこんな目に……。隣にいる夏目にも聖書ぐらいあげてやれよなー」
「余計なお世話や」
◇
昼食も終え、職場へと来た道を戻る。その時にふと、思い出したことがあり夏目に問いかける。
「そういやさ、昨日電話してくれたじゃん?」
「ん? あぁ、そうやったね」
「俺のせいで夏目の話を聞けなかったから今更だけど気になってて……。どうしたんだ? もしかして、例の夢の話?」
夏目は俺の話を聞くと、「あー」と思い出し何かを納得したような素振りを見せた。顎に片手を添え考え込む。
「昨日自宅に帰った後にな、何やごっつ眠なって、そのまま寝てもたんや」
「それで見たんよ。例の夢をさ」夏目の落ち着いた瞳が俺を捉える。夏目はそのまま続けた。
「今度はな、少し場面が変わったんよ」
「場面が変わった……?」
「うん。とある街におってね、色んな人たちからお祝いされたんや。一緒に踊ったり、呑んだりしてな。むっちゃ楽しい時間やったんや」
「へぇ、前はあんなに迫力あった夢なのに今度は賑やかだったんだな」
「でも、それだけやない」
夏目は首を振った。俺は夏目の反応が気になり首を傾げた。それは一体どう言うことだと考えると、夏目は会話を続けた。
「オレの他にも、誰かがいたんだよ」
夏目は夢を思い出しては懐かしむように振り返る。どこか遠くを見つめぼんやりとしている。
「オレとあと、もう何人か。人数は忘れてもうたが兎に角オレはそいつらと仲が良かった。街の人たちから祝われた時も嬉しげに顔を見合わして、笑ったんや」
「夏目……」
「その時、楽しかったや嬉しかった。そう何故か思ってしまったんや」
「……そっか」
「何やろ。この夢をみる度にだんだん夢の内容が濃くなると言うか、鮮明になっていくんよ……。まるで、現実でも見てるみたいや」
「夏目……。なぁ、本当にそれって大丈夫なのか?」
顔色を伺うも、夏目は体調不良という訳ではないのは一目瞭然だった。彼の体は突然痩せ細ったと言うことはないし、幻聴や幻覚といった体内の異常が発生したこともない。
夢とはそんなに同じものを見るものなのか。俺は一度疑った。それでも夏目が嘘をついてるようには思えなかった。
今の状況には夏目も十分に理解しているようでゆっくりと頷く。
「やっぱりオレ、可笑しいんかな」
「そんな訳ないだろ。で、でも同じ夢を見るって珍しいことだし……もし、ヤバいと思ったら病院行った方が良いと思う。そのときは、俺も着いて行くから」
「トキ。それは平気や。オレは社会人の時に東京に来てアンタにぎょうさん助けてもうたけれどな、流石におんぶに抱っこは堪忍してや。オレやって病院くらいは一人で行けるで」
「まぁ、夏目がそう言うなら良いけれど……」
他にも心配することがあったが、そこで話題がキリ良く終わる。それと同時にオフィスへと辿り着いた。俺は自分の席へと向かう。
だが、机の上を見て俺は目を疑った。
「……は? な、なんで?」
「トキ、どうしたん?」
向かい側の席に座る夏目が俺の反応に気がつく。だが、そんなことを気にする暇は今はなかった。机に置いてあるソレを見て、わなわなと震える。
「な、な、何でお前がここにぃ……!!」
俺の仕事机には、確かに今日の朝押し入れにしまった宝箱があったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます