剣山夏目④

 次の日のこと。

 会社の職場にて、俺と夏目は昼食をとっていた。俺は顔を真っ赤にして夏目に愚痴をぶつけながら、白米を箸に摘む。

 夏目は俺の様子にどうどうと宥める。


「そ、それは災難やったな……」

「もーまじで酷かったんだからな!」

 

 話しても話しても話し足りないこのムカムカさ。その原因は、昨日にあった。例の宝箱が、まるでのように飛び出したあの出来事が全ての始まりだった。

 あの後、夏目から着信があり慣れない出来事のせいで彼に向かって勢いよく捲し立てた。


「もう、ほんっとにありえない!! まさか、そのせいで左手を怪我する羽目になるなんて……」


 左手には包帯が痛々しく巻かれている。あの宝箱に襲われ、今でもくっきりと歯型が残っているのだ。当分左手を使った仕事は控えた方が最善だろう。夏目は俺の左手を見て心配そうにしている。


「ちゃんと消毒はしたんやろ?」

「あったり前よ。こんな怪我、動物と触れ合わない限り滅多にないからな!」

「動物って……。そう言や、その宝箱は今どこにあるん?」


 夏目は首を傾げる。俺は、おかずのウインナーを一口頬張り渋い顔になった。


 そう、問題は今日の朝まで続いたのだ。


「昨日、あの後もう一度宝箱を開けたらその時は何も起きなかったんだよ。あれおかしいなって思った今日の朝!! 朝起きたらさ、部屋中が滅茶苦茶になってたんだよ! しかも机に噛みついてて、歯形が出来てたし。もーあれ先月に買ったばっかりだったのにー」


 部屋に設置されていた綺麗な机が、無数の歯型が残ってしまいその光景が今でも目に焼きつく。思い出すたびに心が少しどんよりとする。それだけではない、襖にも見覚えのない穴が撃ち抜かれていたのだ。

 少しの衝撃じゃ出来ない筈なのに、あり得ない光景である。これには流石に夏目も同情の顔を隠せずに俺を見つめていた。


「そ、それで……どうなったん?」

「だからあの宝箱をぐるぐる巻きにして押し入れにぶち込んでやった」

「押し入れに?! なんか、可哀想やな……」

「なんだよー。怪我したのは俺なんだぞー」

「まぁ、そうなんやけれど。でもそこまでする必要はなかったんとちゃう?」


 夏目にそう言われ黙り込んでしまう。確かに押し入れに閉じ込めるようなことはやり過ぎてしまったのかもしれない。

 しかし、だからと言って机が新品同様に戻ってくることはないのだ。罪悪感半分、これくらい当然であるという譲れない感情も募る。


 夏目は優しい奴だからな。人に優しくすることは同様に物にもそれ相応の扱い方をするのが普通なのだ。


「おや? 随分と盛り上がっているのですね」

「っげ、上司だ……」


 後ろから柔らかい声が聞こえる。振り返ると、俺たちの上司 聖川ひじりかわがこちらに向かっている。俺は思わず眉間に皺を寄せ、嫌な声を発した。夏目に「やめんか」と制されたが。


「お話しは少し聞いてたのですが、どうやら災難だったみたいですね」


 聖川は俺たちの会話を聞いていたらしく、「大丈夫でしたか?」と俺の左手を心配そうに見つめた。反対に俺は、盗み聞きされたことに不快感を抱いていた。

 夏目に聞こえるように小声で呟く。


「なぁ、こいつ今犯罪まがいの事を言ってたよな?」

「トキ、気にしたらあかんで」

「いやでもプライベートだぞ?! そんなにデッカい声で喋ってた自覚はなかったんだけど」


 幸い聖川はこちらの会話には気付いておらずよく見る綺麗な笑顔を浮かべている。そして、俺の左手を見つめてこう言った。


「この左手から邪悪な気配を感じます。直ちに、何らかの対策をしなければなりませんね」

「は? 邪悪、対策ぅ?」


 聖川の言葉に首を傾げた。聖川はこくりと頷く。そして、何やら本を取り出し俺に差し出した。それは紛れもない聖書だった。


「はい。ですが、こちらの聖書を読んで頂けばその邪悪なものも取り除くことができます。きっと神様があなたの事を導いてくれますよ」


 聖川は綺麗な笑みを浮かべていた。その裏で、俺と夏目はこの上司と少しでも関わったことを深く後悔した。


「出たよ。聖川上司の神様のお告げ」

「あの人、どっか宗教でもやっとるんか?」

「もしそうだったら教祖じゃね?」

「うぅ、ジブンの上司が教祖様とか何か変な気分やなぁ」


 これは、流石の夏目も引き気味になっていた。

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