第25話-貴方への贈り物

潮風が気持ちいい。磯の匂いに海鳥の鳴く声。沢山の船舶から積み出される木箱には何が入っているのだろう。


「コースケ!」


俺が船着場の端に足を垂らして座っていると、買い物をしてきたジョセフが、両手に収まるほどの小さな紙袋を二つ持って帰ってくる。

「パニッシエットです!レンズ豆の粉を引いて水に溶いて揚げた物です。熱いから気をつけて。」

「ありがとう。どれどれ。どんな食いもんなんだ?」

紙袋を一つ渡されガサゴソと中を見ると、なるほど長方形の揚げ物が沢山入っている。極太のフライドポテトみたいだ。


一つ手に取り、口に入れるとサクッとした歯触りの後にトロリと熱いレンズ豆のクリームが口の中に広がる。ハフハフと冷やしながら咀嚼すると、サクットロッが混ざり合い、たんぱくな豆の味に塩味がきいてとても美味い。素朴だが食べたことのある食間だった。

「はふっ」

「大大夫ですか?」

隣に座り、俺の顔を覗き込んでくるジョセフにコクコクと頷きながらゴクリと飲み込んだ。


分かった!このトロッとした感じ、これはクリームコロッケだ!


「ジョセフ!これ!うまいな!」

俺が目をキラキラさせてジョセフ見るので、ジョセフはビックリしたように目を瞬き、そして嬉しげに笑った。

「あはは。コースケが気に入ってくれたなら良かったです。」


二人で海を眺めながら、さざ波と海鳥の声、人々の喧騒を聴きながら食べる朝食は、なんとも騒がしくそして楽しいひとときだった。


「はぁ――!美味かった!」

「コースケは揚げ物好きなんですね。」

市場を歩きながら俺は満足げに笑う。ジョセフはそんな俺を見て始終笑顔だ。


「そうだな。元の世界じゃよく食ってたよ。唐揚げとかな。」

「カラアゲですか?」

「そう。鶏肉をな、こう、小さく切って、塩胡椒で味付けして、小麦粉をまぶして揚げるんだ。パニッシエットみたいにな。」

親指と人差し指で丸を作り、肉の大きさを表現する。

「へえ、鶏肉を揚げるんですか。」

「ここじゃやらないのか?」

「そうですね……、油は贅沢品ですから、あまりたっぷりとは使えないんです。コースケのとこは違うんですね。」

「こっちでも、油は高価な部類に入るが、まぁ庶民が揚げ物を楽しむくらいには普及してるな。」

「なるほど。面白いですね。」


市場で食料品の買い出しをすると、あっという間に籠がいっぱいになる。

豆に小麦、塩に贅沢品で蜂蜜。卵に野菜に果物。保存用のパンや干し肉を少しに、香辛料も買ってもらった。


「コースケの裁縫道具で欲しいものとかありませんか?」

「う――ん、俺か?」

俺の作る物はジョセフの商売で売れ行きの良くなかった商品を別の形で売る事がコンセプトになっている。

なので、ここで道具を揃えるのもコストがかかってしまうだろう。針と糸と裁断用のハサミがあれば十分だ。型紙も新聞で事足りている。

「特にねぇな。今ある物で十分だよ。」

「そうですか?何か入り用の物があれば言って下さいね。」

買い物をした籠や麻袋を荷馬車に乗せ、上に布を被せながらジョセフが言う。

「お前は無いのか?」

「俺ですか?」

そう言うと、彼はキョトンとして首を傾げた。

「欲しいもの。」

しばらく考え。俺をチラリと見てクスリと笑った。 

「無くは無いですが、買えるような物でもないので。」

「へえ、お前が欲しい物ってそんなに高いのか。」

「あはは。売ってませんからね。」

「そうか……。」

売ってないという事は、限定品だったとか、非売品だったとか?調香用の道具だろうか。それとも香料?

大量生産なんて出来ないし、特注ばかりだからそのせいなのかもしれない。

難しい顔をしている俺にジョセフは優しげに笑う。


「あ、そいやお前、匂いは大丈夫なのか??街に来て結構色々な匂いするけど。」

「最初はやっぱり色々な匂いでウッてなるんですけど、慣れてくると意識して嗅がなきゃ割と大丈夫です。」

「そうなんだな。なら良かった。」

俺はそう言うとニコリと笑った。


沢山、世話になっているお礼が出来ればいいんだけどな。それに彼に対しての想いも伝えたい。嫌いじゃ無い。彼からのスキンシップは嫌じゃない。でもこれが"好き"というものなのかは分からない。もっと彼を知りたい。


そう考えて、ふと思いついた事があった。


「なぁ、少し自由に歩いて回ってもいいか?」

「え?街は初めてでしょう?そんな一人なんて危ないですよ。」

「大大夫だって!もう文字も読めるし、道分かんなきゃ聞けばいいだろ?待ち合わせ場所はそこの食堂にして、正午の鐘が鳴るまでには戻るから!」


だがジョセフは心配そうに俺を見ている。

「あの、でもやっぱり危ないですから一緒に行きましょ?」


「ずっとお前の過保護に甘えて閉じこもってたら、俺この世界で生きていけないだろ?」

そう言うと、ジョセフは驚いたように俺を見て、そしてふっと笑った。

「分かりました。でも、へんな人について行かないで?裏路地も絶対駄目ですからね!」

また母親みたいな事を言っているジョセフに俺はクスクスと笑う。


「はいはいわかったよ!じゃあ、また後でなー!」


俺は、見送るジョセフに手を振って走り出す。

たしか、馬車でここにくる途中に装飾品の工房があった。

俺は、いつ渡そうかと悩んでいた最初の頃に海で拾った石をポケットから出して見つめた。ずっと持ってて良かった。いつ渡そうか、いつ渡そうかと悩んでいるうちに、何故か御守りの様に毎日持ち歩くようになっていた。


お金は、ずっと内職で貰ってたお小遣いを貯めたものがあるし、これでまぁなんとかなればいいな。通りを走っているとその店を見つけて、中に入る。


「いらっしゃい。お!お前!コースケじゃねぇか!」

店に入ると、そこにはギャスターがカウンターに座っている。

店の中には、石の原石から加工品まで展示してあり、店の中は割とこ綺麗だ。



「ギャスターさん!工房の人だったんですね!」

「そうだぜ?意外だろ?」

がははと威勢よく笑う姿は、以前会った時の彼のままだった。


「で。今日はなんの用だ?ジョーはどうした?」

「俺一人なんですよ。ジョセフは食堂で待ってて貰ってます。」

「なるほど。なんだ?アイツになんか秘密で作りたいのか?」

いきなり図星を突かれてビクリとし、俺は困ったように笑った。


「あはは。実はお礼をしたいんです。ずっとお世話になってて。これで何か作れませんかね?」

そういって、白乳色の中に微かに虹色が輝く石を見せた。

「貝殻か何かの破片かなと思うんですけど、海中で見つけて。」

「どれどれ?」

ギャスターはルーペを取り出し、受け取った石をまじまじと観察した。


「これはすごいな。こりゃ瑪瑙だ。」

石の名前を言われても、よく聞く名前だとしか分からない。

「加工出来そうですか?」

「できるぜ。何がいいんだ?ペンダントにブローチ、指輪とかな。」

仕事に使えそうなものがいい。彼の正装に合いそうなもの。

「じゃあ、ブローチで。あ、あと、裏に彫って欲しい言葉があって。」

そう言うと、ギャスターはペンと紙を持ってきてくれたので、拙い文字で掘って欲しい言葉を書いた。

それを見てギャスターはまたニヤニヤと笑っている。

「おうよ。できたらお前んちに持っていってやるよ。」

「お願いします。お代はこれで足りますか?」

銀貨を三枚出すと、ギャスターは一枚だけを取った。

「代金はこれでいい。最近ジョーが楽しそうだからな。これからもアイツの事頼んだぜ?」

ギャスターはニヤリと笑ってそう言うので、俺は笑って返事をした。

「はい!」

「じゃあ話は纏まったし、お前はジョーのとこに戻ってやれ!アイツどうせ心配でソワソワしながら待ってるだろうからな。」

意地悪く笑うギャスターに俺はあはは。と笑う。

「分かりました!じゃあ、宜しくお願いします!」

そう言って俺は店を出たのだった。


意外と早く終わってホッとする。


走ってジョセフの待つ食堂を目指していると、フッと足場が無くなり真っ逆様に穴に落ちた。

「はっ?!ちょっ……うわぁぁぁぁあ!!!」


これは、身に覚えのある感覚だ。


でも待って。ジョセフは?待ってるのに!待ってるのに!!こんな急に嘘だろ!?


小さくなっていく陽の光に手を伸ばして見つめる。

次の瞬間にはドスンッと穴の底に落ちたような痛みを覚えた。

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