第24話-ヴィエユ・ポール

カァァン、カァァァンと、丘の上の教会から午前の鐘の音が鳴り響く。

朝の市場なんて来るのは久しぶりだ。


港町近くの馬車を馬屋に預けて、前金を主人に渡すと、当たりを興味津々に見つめるコースケの隣に行く。

「何か気になるもの、ありました?」


「いや、景色が俺の居た場所と全然違うから見てたんだ。朝なのに凄い賑やかだな。ずっとこんなに賑やかなのか?」


コースケは、今まさに新しい事を楽しんでいるようだった。俺はこのキラキラした笑顔を見るのが好きだ。

俺もつられて笑顔になってしまう。


「市場が開かれてますからね。この時間が一番賑やかですよ。さぁ、なに食べたいですか?」

「何があるんだ?」

「ん――、海鮮スープ、肉の串焼き、パニッシエットとか、あ、港なんで海鮮の串焼きオススメです。肉より新鮮で美味いですよ。」

「パニッシエットってなんだ?」


そうか、コースケにはまだ食べさせた事が無かった。マッサリアの名物だ。


「じゃあ、パニッシエットを食べにいってみますか。揚げたてが美味いんです。」

俺が楽しくそう提案すると、コースケの表情がパッと明るくなる。

「揚げ物なのか!」


お、嬉しそうだ。俺はニコリと笑い頷いた。


「ウチじゃそんな大量に油使いませんから、街に来た時に買って帰るんです。」


馬屋から少し歩くと、石造の階段を降りていく。周りは同じ様な石造りの建物が所狭しと立ち並ぶ。全て集合住宅だ。


そこを歩いていくと、道がひらけて船がひしめく港に出てきた。

「お――!すげぇ――。」

「マッサリアの中心港、ヴィエユ・ポールです。」

並ぶ露店に人々がひしめき思い思いに買い物をしている。

ここは魚介に野菜、スパイス、珍しい果物なんかもある。日用品に輸入品まで、様々な物を売る市場だ。


海はキラキラと太陽に輝き、空にはカモメが飛んでいく。こんないつもの風景も彼にとっては美しいものなのだろう。


チラリと彼を見ると、目の前に拡がる光景に、目を輝かせている。俺はふふっと笑った。今日はこの笑顔を沢山見れそうだ。


帰ったら彼の話をしっかり聞く。どんな言葉だったとしても、受け入れるつもりだ。だから今は、この時間を楽しもう。


二人で人混みの中を分け入る。コースケは人混みでも人にぶつかる事なく、しっかり店を見物しながらもスイスイと進んでいる。


「わ、ちょ、コースケ!まって!」


あっという間に距離が空いて俺が声をかけると、コースケが振り向いて俺を探しているようだった。


「ジョセフ!大丈夫か?」

コースケが慌てて手を差し伸べてくる。その手を人混みの中で掴むと、グイッと引っ張られる。

「こういう人混みは得意なんだ。離れるなよ?」

コースケはふっと笑って、人混みに隠すように手を引いてくれる。


その行為に、表情に、ドキリと心臓が跳ねる。俺は嬉しくて嬉しくて顔を赤くした。見られないように下を向いて、ただただ繋いだその手を愛しげに見つめる。


コースケはこんなにカッコイイじゃないか。世の女性達は見る目が無い。


「はぁ。やっと抜けたなぁ。お――!船がいっぱいだな!」


けれど、こんなに格好よくて可愛いコースケの魅力を知るのは自分だけでいいなとも思うのだ。

俺はコースケを見つめる。

「この辺りで一番大きな港ですからね。」

潮風が彼の髪をふわりと撫でる。

コースケの黒い髪は海の深い蒼によく映えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る