第15話-初めての朝

鳥の鳴き声と、遠くのから聞こえる波の音で目が覚める。


「あれ……。俺昨日どうやって……。」

昨晩はジョセフと飲み明かし、広間で座ったまま寝た気がする。スプリングの効いたベッドに微かにハーブの香りがするシーツ。厚みのあるキルト生地のブランケットが身体に掛けられていた。


これはきっと、おばあさんの作品だ。


そう確信してふふっと穏やかに笑う。

もそりと起き上がり辺りを見渡すが、やはり身に覚えがない。二階のジョセフが用意してくれた部屋だという事は察しがつくが、寝入った俺をどうやってここまで運んだかが謎だった。

窓の外は明るく今何時なのかもよく分からない。


時計無いって、かなり不便だ。

身体は重だるく、正直まだ眠い。

「こりゃ、多分時差ボケだな」

真夜中からいきなり昼間になり身体が調子を崩している。明るいけど二度寝できない程じゃない。


……もう少し寝よう。


そう思って、もぞもぞとブランケットを被り寝直して目を閉じ大きく息を吐いて身体の力を抜く。

すると、下の部屋からコトコトと人が動く気配がする。ジョセフだ。


気になる……。

居候の分際でずっと寝てるのもどうなんだ?

そう思い直して俺は意を決してもそりと起き上がる。



「ジョセフ、おはよ?」

俺は、ひょこりと広間を覗き見る。

ジョセフは台所に向かい、朝食をしている様子だ。

「コースケ!おはようございます。よく眠れましたか?」

ジョセフは俺の姿を見てクスリと笑うと、棚から皿を出しながら言う。


「ああお陰様でな。俺はどうやってベッドまで行ったんだ?まったく覚えてないんだが。」

俺は寝癖のついた髪を手櫛で撫で付けながら、彼を見つめた。

「起こしても起きないから俺が抱えて寝室まで連れて行きました。それより、もう起きて大大夫ですか?顔色悪くない?」


タオルで手を拭きながら近づいてくると顔を覗き込んでくる。頬に触れて目の下を親指で撫でられた。

「熱は無いみたいですが、目の下が黒いですよ。」

ヒヤリとした手には不思議と不快感は感じず、少し背の高い彼を見る。オリーブ色の瞳と視線がパチリと合うと、心臓が急に跳ねて、堪らず視線を逸らしてしまう。


すると、彼は、俺に触れていた手をスッと離してしまった。


何故だかそれが寂しく思えて、今度はギュッと心臓が痛い。環境の変化でストレスでも溜まっているのか、やけにモヤモヤした。


けれどそれは、俺の問題でジョセフに当たる事ではない。俺はなんでも無いという風に彼を見た。

「まだこっちの時間に身体が慣れないんだ。そのうち慣れるよ。それより腹減った!何作ってたんだ?」

そう言うと、ジョセフは少し困ったように微笑んだ。

「お豆のスープと昨日切りすぎたパンにチーズを乗せて温めたものです。」

「あはは。めっちゃ切ってたもんな。」

そう言うとまた昨日座った場所に座る。ジョセフは暖炉に下げられた鍋をかき混ぜて木の器にトロリとした赤いスープを注いだ。


「コースケ、見ず知らずの土地に放り出されて生活しようとしてるんだし、そんな一晩で全部スッキリ元気になる訳ないんですから、もっとゆっくり慣れて行けばいいと俺は思うんですけど……。」

トマトと玉ねぎを煮た良い香りが湯気とともに立ち上る、ひよこ豆が沢山入ったスープを俺の前に置く。


「わぁぁ!うまそ!!」

「ちょっとコースケ、聞いてますか?」


まったく、と短息しながら自分の分のスープを注いでいる姿は、まるで母親のようでスクリっ笑ってしまう。

チーズがたっぷり乗ったパンを大きめの皿に四枚乗せてテーブルの中央に置いている。


彼は自分も椅子に座ると、不服げに俺を見ていた。けれどそれは俺の事を心配しているからだと分かっているから怖いとは思わないし、むしろ嬉しくて笑みが溢れた。

「あはは。」

「なんで笑うんですか?心配してるんですよ?」

「いやなんか、お前と居ると家族と居るみたいでいいなぁって。」

心の底からそう思った。穏やかで話しやすくて。正直知らない国の百年前に居るような気がしないのだ。


ジョセフは驚いたように俺をみて、そして嬉しそうに笑った。

「いいですね。家族!」


またその笑顔が綺麗で、見惚れてしまう。


まったく美形とは笑顔一つでこんなにも人を魅了する。

世の中とはなんと不公平なのだろうと、俺は苦笑したのだった。

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