第14話-好き

コースケはあまり酒には強くないらしい。


ランプの灯火に照らされ、寝息を立てる彼を、俺は肘をついて柔らかく見つめる。


「面白い人だな。」


最初は純粋に興味だった。黒髪に真っ白な肌の、異国の香りを漂わせる人。見た事があるようで少し作りの違う服を着ていて、明らかに困っている様子で、思わず声を掛けてしまった。


コースケが隣に座った時、ふわりと良い香りがした。それは感じた事の無い心地良いか香りで、思わず同居を誘ってしまった程だ。


匂いを嗅がせてくれたら。

なんて交換条件まで出してしまった。


不審がりながらも、お人好しなのか流され易いのか、コースケは俺と一緒に来てくれた。


俺は匂いに敏感で、他人が嗅ぎ取れないものも感じ取れてしまう体質だ。人の潜在的な意識も匂いという感覚で感じる事が出来てしまう。


だから、嘘を吐いていたり悪意を持っていたりするとそれなりに臭うのだが、彼からはそんな匂いはしなかった。ただ不安で緊張して、ちょっと怯えていて。見たままの匂いだ。


立ち振る舞いや顔立ちからも彼がこの国の人間ではない事は分かるのに、言葉は流暢に喋れていて、それでいてこの土地が分からないと言う。

記憶が無いのかと思ったらそういう感じでもなく、何か考えては言おうとして、口を継ぐんではまた考えて。驚かせないよう考えて言葉を選んでいるのは分かった。


悪意もなく嘘もない。だから彼の話を信じたのに、そんな俺に対して「そんな事で大丈夫か?」と心配そうな顔をしていたのもお人好しだなぁと思った。


目の前で眠るコースケをジッと見つめる。


未来から来た迷子のコースケ。

調香師として功績を残した俺の未来を知ってると言っていたけれど、俺は平凡な商人で、調香は友人に言われて始めた趣味のような物だ。今ある銘柄を再現するのは得意だが、自分で配合を考えるとなると、途端に何も思い浮かばない。

この世界は繊細な香りを求めていない。悪臭を覆い隠すような匂いを好むから、俺の特技も感性も、需要に合わないのだ。


「コースケが知ってるコティはきっと俺じゃないですよ。」


そんな事を考えながらコースケを眺めていると、彼の身体がふるりと震えた。

夜が深まり部屋の気温が下がってきたのだ。俺は立ちがありテーブル越しに彼の方を優しくゆする。

「コースケ、寝室に行きましょう。」

「……うぅん。」

しかし、彼は起きる気配がなく、また気持ち良さそうに寝息を立て始めた。


「当たり前か。そりゃ疲れてるよな。」


俺は立ち上がり彼の隣に行くと、椅子を引いて彼の身体を横抱きに抱えてみた。

「ちょっと失礼しますよ?」

そう小さく言い彼を抱き上げて見ると。意外に軽くてビックリする。


こんな事、いけない事だと思いながら、ふわふわの猫っ毛に顔を埋めてみる。


人工的なアロマの香りに汗の匂い。そして、ずっと嗅いでいたくなる彼の香りを感じる。

「本当に良い香り。」

うっとりとした独り言に自分で笑ってしまう。この世にこんな良い香りがあるなんて知らなかった。


甘く誘うような果実の香りが俺を誘い、もっと欲しいとその香りに付いて行くと、深い森に迷い込む。瑞々しく濃い森林の香りは、やがて霧に包まれて、そして彼の匂いに落ち着いていく。ああここに居たのか。そう安心できる香りの構成だ。


良い香り。ずっと嗅いでいたい。


しかし、寝ている間に匂いを嗅いでいたなんて知られたらまた凄く警戒されそうだ。


その嫌そうに見てくる視線も案外悪く無いのだけど。


なんて思ってしまうのは、俺が彼に恋をしているからなのかもしれない。

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