第13話-恋愛音痴

「……本当に、顔も中身もイケメンだよなぁアイツ。」


服を着替えて、さっきまで着ていた服を畳んでおく。柔らかな襟付きのシャツに、茶系のストレートパンツだ。ジョセフの体格に合わせたものなので少し大きいが、裾を折れば履けなくも無い。腰回りもゆとりがあるが、サスペンダーを使えば気になる程でもなかった。

「でけぇなアイツ……。」

クルクルと自分の姿を見て確認しふふっと笑う。

「中世って感じだな。」

太陽が沈むにつれて、辺りは暗くなっていく。

「そう言えば、電気…とか無いのか。」

真っ暗になってしまっては、俺じゃ身動きが取れなくなってしまう。


薄暗くなった部屋を出ると、廊下はもう真っ暗だった。

「ジョセフ、どこだー?」

「あ、コースケ、こっちです。」

広間から声がしてそちらに行くと、彼もランプを持ってこちらに来てくれた。

「足元気を付けて。」

「おう。すまん、何してる……ぅわ!」

言われた矢先に石畳に躓いた俺はバランスを崩して倒れそうになった。

「コースケ!!」

ジョセフは慌てて俺に腕を伸ばして抱き止めてくれた。その瞬間、またあの囁きを思い出して、彼の胸をグッと押した。

「ごめんッ」

ジョセフは離れたがる俺に気付いてすぐに手を離す。

「大大夫ですか?」

心配そうな彼の顔をチラリと見るが、また視線を逸らす。


男相手になにドキドキしてるんだ?

顔が熱くて見られたくない。まぁこの暗さじゃ顔色まで分からないか?


俺は一つ大きく息を吐く。

落ち着け落ち着け。気の迷いすぎるぞ。


「いや。なんでも無い。何してたんだ?」


話題を変えるためにそう言うと、ジョセフはにこりと笑ってテーブルの方に向う。こっちに来てと言う様に手招く彼の近くに行くと、テーブルにはワインのボトルと木のコップ、そしてパンやチーズが置いてあった。

「おお、なんかいいな。」

「さっきオヤツ食べちゃったから、夕食って気分じゃないかもですけど。少し飲めば寝入りも良いですよ。」

真ん中にランプを置くとなんとも雰囲気のある空間が出来上がる。

ジョセフはワインの栓を抜き、木のコップにトクトクと注ぐ。

「どうぞ座って?」

そう言われて、先程座った席に腰を下ろすと、大きなパンを切ってくれる。ザリッザリッと硬い音がするのが面白い。

大皿に切ったパンとチーズを並べるのを見ていると、ジョセフがポツリと話し始める。

「コースケ、あの、さっきは、嫌な想いをさせたみたいで、ごめんなさい。」

その言葉に俺はパッとジョセフを見上げた。すると、瞳が泣きそうになっていて、俺は目を丸くした。


「お、おい……」

なんで泣きそうになってるんだ?と聞こうとしたが、その前にジョセフの言葉に遮られてしまう。

「あの、コースケの世界の事、コースケの事、もっと知りたいので教えて下さい。」

「いきなりどうしたんだ?」

「コースケの事、知らないうちに傷付けるのは嫌なんです。だから、貴方が毎日やってたこととか、好きだった事とか……嫌いな事とか。どんな事で笑って、どんな事で怒ったとか。」


ああ、そうか。コイツも手探りだったんだ。

俺はジョセフの気遣いに甘えて自分の気持ちについては何も話していなかった。


また少し俯きそんな事を考えといると俺はまた無言になってしまった。

暫くしてまた、しまった!とばかりに、ぱっと彼を見上げると、ズゥンとした沈み顔のジョセフがパンを切っている。


「わぁあ!すまん!ごめんな。ちがうから!お前に含むところがあるとか、そんな事じゃなくてだな!とりあえず座れ!」

「はい。」

彼は対面に座り、俺の無言が堪えたのか落ち込んでしまっていた。

手元を見れば大量のパンがスライスされており、山盛りの大皿を見て呆れたように息を吐いた。

「お前、切りすぎじゃねーかこれ。」

「……返事待ってる時間が長くて耐え切れずに切ってました。」


なんだそれ、可愛いな……。いやいや、そうじゃなくて。とりあえず、彼の憂を取り覗かねばならない。

とりあえず、何から話そうかと悩み、そして口を開く。

「俺は人付き合いが苦手なんだ。情報を取り込むのは好きだが、自分を表現したり思いを伝えたりするのは苦手。特に恋愛が苦手だ。仕事は会社勤めで一人暮らし。五日働いて二日休み。繁忙期は休み返上で仕事三昧。唯一の楽しみはこれ。」

俺はジョセフが入れてくれたワインを持つと彼に向けた。

「お酒、好きなんですね。」

「おう!乾杯しよーぜ。」

彼はホッとしたようにそう言うと、コップを持って俺の方に掲げてくれる。

彼のコップにコツンとぶつけて「一日お疲れ様。」と言うと、今度は少し泣きそうだが、嬉しそうに笑う。

「コースケもお疲れ様です。」

彼の言葉を聞きながら俺は赤ワインをグイッと飲む。

普段飲む物より若干アルコール度数が高い気がする。フルーツの酸味に木やバニラの香りも少し。

「ここのワインは癖が強いんだな。俺はビールとか日本酒ばっかりだったから、詳しくは分からないけど。」

「ニホンシュ?」

「米から作る酒だ。こっちだと麦から作るだろ?似た穀類から作る。日本酒も美味いぞ。」

「そうなんですね。」

俺の話を楽しそうに聴いてくれる。

「なぁ、ジョセフ。」

「はい?」

「お前モテるなら恋人とか居るんじゃないのか?」

そう聞くと飲んでいたワインに咽せたのかゴホゴホと咳き込む。

「お、おい大大夫か?」

「……ッ、大大夫です。女性関係は色々複雑で。聞きたいです?」

ジョセフは苦笑してそう言う。俺は面白そうだと頷いた。

「なになに。聞きたい。」


「一度、貴族の奥様に一晩の逢瀬と引き換えに王族の顧客を紹介すると言われた事があって。」

つまり、枕営業を迫られたと。

「俺の時代じゃ、邪法ではあるが無くはないな。」

「こっちは違法ですね。捕まります。」

「どっちが?」

「俺がです。」

「そりゃまた穏やかじゃねーな。」

ジョセフは、あはは。と力なく笑い、話を続けた。

「……奥様は旦那様に知られてしまうとは考えていない様子で、断っても中々引いてくれず、俺は奥様に従えば旦那様に職を奪われ、従わなければ奥様に職を奪われてしまう。どっちに転んでも職を失う窮地に立たされました。」

「で、どうしたんだ?」

「奥様に、"貴方には尽くしたいが私の様な下賤と逢瀬を共に過ごすなど貴方の信用を地に落としかねない。"と、更なる色仕掛けで説得して切り抜けました。」

ジョセフは困ったように笑いそう言った。

「案の定そこから貴族女性の間で密かに俺の噂が回ったようで、よくお屋敷に呼ばれて仕事をする様になったんですけど……」

「火遊びしたさに手を出してくるご婦人方を切り抜け続けって今にいたる。とかか?」

「“なんとか切り抜けてきた。”ですよ。おかげで、今は商売は順風満帆ですが、恋人なんて作ったらどうなるか分かるでしょ?」


まぁ、そうか。包容力があって儚げな美青年の行商人なんて良い噂の種なんだろうな。

コイツが無駄に気遣いが出来て色気があるのも頷ける。

つまりは貴族女性のアイドル的な存在なのだろう。

「今は言い寄ってくるご婦人は居なくなりましたけど。」

「はは。女同士で牽制し合ってんだろ。怖いな。」

「怖いでしょ?だから恋人は作れないんです。何されるか分かりませんからね。」

「なるほど。」

「そういうコースケは沢山付き合ってきたんでしょう?」

空になった俺のコップにまたワインが注がれる。

俺はパンをもそもそと齧りながら思うままに喋る。

「俺は恋愛ってのがイマイチ分からなくて、付き合えば分かるかもって、何人かと付き合ってみたものの結局長続きしなかったんだ。そんでな、お前見て思ったんだ。」

「何をですか?」

ジョセフはきょとんとして俺を見た。


「俺は相手の事全然見てなかったなってな。だから長続きしなかった。今もそうだろ?自分の事ばっかり考えて、ジョセフが泣きそうになるまで気付かなかった。ごめんな。お前が嫌いとかじゃないんだ。ちゃんと見てなかった。」

俺は、ジョセフを見て苦笑する。彼は優しく微笑んで俺を見つめて言った。

「コースケは、何も感じないような人間じゃないですから大大夫ですよ。ちゃんと恋愛もできます。」


「でもやっぱ自信ないんだよなァ。仕事の付き合いとか友達とかは上手くいくのに、愛とか恋ってなると、途端にわかんねー。」

悩む俺に彼はクスリと笑う。そしてまた明るく笑って提案した。

「分からない事とかは俺で試したり体験してみたら良いですよ!ほら、俺はソッチ系は強いですからね!」

「お前に手出したら貴婦人に刺されそうだな。」

「あはは。コースケおもしろい。」

「おもしろくねーよ!」

笑うジョセフに、俺はツッコミを入れて、そしてまた二人で笑った。


ほどよく酒が回り、気分よく話しをした。

一日一回は風呂に入るのが理想だの、次はビールが飲みたいだの。

もし帰れないなら文字を練習しないとなぁともぼやいた。本を読む事は好きで分からない事を調べる作業が趣味の一つだった事。可愛い物が好きで、同僚から止めろと言われた事。

ジョセフは肘をつき、楽しげに饒舌に喋る俺の話を聞いてくれた。

「おればっかり話してぇ……。ずりぃぞジョセフゥゥ……」

「あはは。また話しますよ。」

酔っ払って眠気が襲ってくる。いつもよりも飲んだ量は少ないはずなのに、疲れているからか、アルコール度数が高いからなのか、眠くて仕方がない。


「ぜったいだかんな!」

「はいはい。」


優しい返事。優しい笑み。俺は非常に気に食わない。同じ量を飲んでいた筈なのに、酔った素ぶりも見せないコイツが憎らしい。

「もっと飲めバカやろォ……」

俺は眠気に勝てず、そのまま机に突っ伏して眠ってしまったのだった。

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