第10話-共有したい
どう言葉を返そうか迷う。俺はまだ他人の死を経験した事が無かったから。
父さんも母さんも元気に生きているし多分、今も元気だし。彼らが死ぬ姿もいまいち想像出来ない。親しい人が居なくるってどんな感じなんだ。
俺が迷っているとジョセフは俺の顔を覗き込んできた。
「コースケがそんな顔する必要ないですよ。可哀想だなぁって思うなら俺と一緒にいてください。」
にこにこと笑う彼を見て呆気に取られてしまい、そんな事でいいならとコクリと頷いた。
「あ、ああ。そうだな。」
そう返事をすると、ジョセフは、ぱん!と手を合わせる。
「はい、じゃあこの話はおしまい!コースケ、まだ見てない部屋はありますか?」
そう言われて、そういえばまだ一部屋見てない事に気付いた。
「そう言えばここがまだだった。」
廊下の左側にある部屋。そこを開けると、目の前の窓からは海が一望できる部屋だった。
窓の前には作業用の机と椅子が一つ。
広い部屋ではないが、とても明るく、手仕事なんかは集中出来そうな部屋だ。
「祖母が作業部屋に使ってたんです。」
「なるほど。作業部屋だったんだろうなってのは、思ったよ。」
いい眺めの部屋だ。真っ青な海と空がとても綺麗だ。
「これで全部見たかな。」
「二階は良いんですか?」
「気になるけどいい!お前のプライベート空間なんだろ?」
「あ!コースケに使ってもらう部屋も準備しますね!」
「え、いいのか!?」
そう言うと、ジョセフはちょっと驚いた様に俺を見た。
「一緒に寝てくれるなら俺はそれでもいいですよ?コースケの匂い嗅ぎながら寝れるって天国だろうなァ。」
何を想像してるのか、ゾクリと悪寒が走る。
「いや部屋の準備を頼む。」
「あはは。残念。」
二人で広間に戻ると、ポットの蓋がカタカタと震えて湯が沸いたと知らせていた。
「座っててください。コーヒーいれますね。」
「おう。」
ジョセフはそう言うと、鉄板からポットを下ろして、マグカップを準備する。
その間、俺はやはり物珍しげに辺りを見回した。
キッチンとリビングは一つの空間らしく、戸棚にはたくさんの調理器が重ねられ置いてある。
中世と言えば、暖炉で調理をしているイメージが強かったが、それだけではなく窓際には鉄板付きの釜戸と調理スペースがあり、隣には水瓶も置いてあった。東向きの窓には可愛らしいレースのカーテンが揺れており柔らかな日差しが部屋に差し込んでいる。
「よく見ると、全体的に装飾が凄く可愛いな。やっぱりお婆様のご趣味か?」
「あはは。そうですね。この釜戸も祖母の趣味で、お気に入りでしたよ。可愛いでしょ?」
「うん。凄くいい。ハーブとか干してあるのも可愛いな!」
「コースケは可愛い物が好きなんですね。」
温かなコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってくると、それをテーブルに置いて、ジョセフは対面に座った。
コーヒーのいい香りが部屋中に広がっていき、力が抜けたようにホッとする。
どの時代でもコーヒーの香りは変わらないな。
「熱いですから気を付けて?」
「うん。」
ゆっくりとコーヒーに口をつけていると、ジョセフがニコリと笑って話し始めた。
「それじゃ、コースケがどこから来たのか、分かった事教えて貰えますか?」
「へ?」
俺は急な問いかけに背筋が伸びてしまう。
これは、言ってしまってもいいのだろうか。
多分、ここは俺の居た時代より百年も前の時代だ。お前の事も歴史に残っていて知ってるって……。話してもいいのか??
「……あ、いや。」
戸惑っていると、ジョセフは姿勢を正して俺を見つめた。
「コースケは俺がコティだって知ってたでしょ?ここにコースケの住んでいた場所と繋がりがあったなら帰れると喜んでいいはずなのに、コースケはちっとも嬉しそうじゃない。貴方と一緒に悩みたいので、何か分かったなら俺にも教えて貰えませんか?」
問題を共有できるのは嬉しい事だ。でも余りにも突拍子もない現実なのに、彼は信じてくれるだろうか?
「頭が変な奴だって、思わないか?」
恐る恐る彼を見つめてそう言うと、彼はあはは!と笑う。
「思いませんよ!だって貴方からウソツキの匂いはしませんもん。」
「なんだよそれ。そんな匂いあるかよ。」
俺はふふっと笑いながら言ってやる。
「これ、話していいのか分からないから、俺が話した事は誰にも言わないで欲しい。歴史が変わるのは困るからな。」
「歴史?」
さすがに、ジョセフは首を傾げる。俺はポツリポツリと、自分が置かれた状況についてを話した。
俺の話をポカンと聞いている彼の反応に、まぁ当然の反応だなと苦笑する。
「じゃあ、貴方は百年後の未来から来てて、しかもニホンという別の大陸から来たと?」
「そう。」
「そして俺の事は歴史上の人物で知ってたと……。」
「多分、調香師としてはかなり有名な人だ。詳しくは分からないが、新しい香りを作り出した人だった。」
「はは……。」
「やっぱり、信じられないか?」
ジョセフはそれ以上喋らずに俺を見ていた。
やはり、言うべきでは無かったかも後悔していると、彼はハッとしたように俺を見た。
「いえ、信じますよ。俺が歴史に名を残すなんてのは、ちょっとびっくりしちゃいましたけど、コースケが言うなら、そうなんでしょう。」
少し戸惑うような返答に俺も苦笑する。
「お前な、もう少し疑ってもいいぞ?」
そう言ってやるが、彼はフルフルと首を振った。
俺は一つ息を吐くとまた話し始める。
「不思議なのは、俺にはお前の言葉が日本語に聞こえる事なんだ。お前日本語喋ってるのか?」
「俺にはフランセに聞こえますけど。」
「そうなのか?脳みそがバグってんのかタイムスリップのオマケ機能なのか……。」
「まぁお陰で円滑に話ができてますから良いんじゃないですか?」
細かいことにあまり頓着しないのか、にっこり笑うジョセフに、俺もつられて笑った。
「そだな。言語から習得するとか無理ゲーすぎる。」
「……?ムリゲーが何かは分からないですけど、とりあえず貴方の事、置かれた状況はよく分かりました。改めて貴方の良き理解者として尽力したいのでよろしくお願いします。」
スッと手を差し出され、握手がしたいんだなと理解して彼の手を握る。
「こちらこそよろしく。俺にも、ジョセフの事色々教えてな。」
「はい!もちろん!」
俺の言葉に、ジョセフは嬉しげに笑ったのだった。
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