第8話-馬車の道のり3
馬車は白い岩がゴツゴツと道の片側にそびえ立つ。
岩の隙間から生命力溢れる木々が生えてきており、日本では見られない風景だった。
もう片方の景色は、木々の間から海が見えている。頭上の木漏れ日に目を細め、景色の美しさに惚けていると、ジョセフが言った。
「実は俺、行商人を生業にしてるんですけど、調香師も兼業でやってまして。普段嗅いでいる香料に飽きてたんですよ。だからコースケの匂いが凄く新鮮で!なんだかインスピレーションが湧いて来るんですよねぇ。ほんと、承諾してくれて嬉しいです。」
「純粋に研究熱心なだけだったんだな。変態だなんて言って悪かったな。」
「あはは。実際、好きな体臭があるっていうのは、性癖になるんじゃないかとは思いますけどね。」
「せっかく変態疑惑払拭できそうなのに自分で言うんだな。」
のどかな馬車の旅に軽口の雑談。楽しくしている最中、ふと頭をよぎる。
調香師……。フランソワ……。なんか聞いた事があるな。
記憶を辿っていると、ここに来る直前に貰ったパンフレットに書かれた名前を思い出した。
「フランソワ・コティ?」
「……?あれ、俺そっちの名前言いましたっけ?」
いや、あれ……?調べた内容と違う気がする。ジョセフはキョトンと俺を見る。
「ジョセフ、お前今何歳?」
「24です。先月やっと軍隊から帰って来れたんですよ。この国は徴兵制度があって。あ!コースケは何歳ですか!?」
ジョセフはチャンス!とばかりにニコニコしながら聞いてきた。
「俺は26歳……。」
「へぇ、二つ年上なんですね。元の世界に恋人とか居たんですか?」
彼の質問の意図を測る事なく答えていると、ジョセフは、興味津々に聞きたい放題だ。
俺はといえば、フランソワ・コティの事を思い出すのに手一杯でいた。
ネットの記事はなんて書いてあった?
彼の質問にはおざなりに答える。
「いや、俺、振られたばっかだし……。」
「え!なんで!?」
ジョセフが驚く。何で驚いてるのか分からない。
振った振られたなんて色恋沙汰では普通だろ?
俺はコティの思い出すように考える。
コティって名乗ってたの、もっと先じゃなかったか?そもそも調香しはじめたのがもっと先だった気もする。もしかしたら、俺が知ってるフランソワ・コティと違うのか?
いやまて、フランソワって、そもそもフランス人て事じゃないか!
じゃあ俺は、中世のフランスにいるのか。
「え、なんて言われて振られたんですか?」
ジョセフが身を乗り出して俺に聞いて来るが、それどころじゃない。
コティが生きた時代は19世紀後期。日本は明治時代の終わり頃といった感じだ。
つまりは、俺は中世ヨーロッパのフランスにタイムスリップした……という事になる。
ありえるのか??
目の前に居るのが新時代の先駆者である事が信じられない。
「コースケ??」
そんな事を考えながら、俺はジョセフの質問に答えた。
「あ、ああ。私の事好きじゃないでしょ?って…いわれ……――、」
あれ、なんだこのデジャヴな感じは!?
我に返り、ハッとしてジョセフを見ると、俺は可哀想な人を見る目で見られていた。
「コースケは女心に疎いんですね。可哀想。」
「う、うるせーよ!!」
「あ!そうだ!!追加条件で、俺の調香の助手をしてくれたら、恋愛術について教えてあげますよ!俺、仕事柄女性の扱いは得意ですから!」
「はぁ?いらねーよ!」
「いやいや、女性には好かれておいた方が良いですって!商売相手としても女性の心を掴んでおくのは非常に大切です!好感の持てる男になりたくないですか!?」
そりゃまぁ……。いつもいつも、「愛を感じない」だの、「私の事好きじゃないでしょ」だの言われ続けるのはシャクではある。
「……わかった。じゃあ調香の手伝いもしてやるから、恋愛術を教えろ!」
ババン!とジョセフを見据えてそう言うと、彼は楽しげに笑いながら頷いたのだった。
「はい!じゃあ追加条件も成立ですね。よろしくお願いします♪」
そんなこんなで、俺はしばらくの間ジョセフの家に世話になる事になったのだった。
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