第7話-馬車の道のり2
「とりあえず、信じてくれてありがとうな。ジョセフ。」
「いえ。まぁ俺も少し、打算もあってコースケを拾ったので。」
「打算?右も左も分からねぇ俺にできる事あるか?金もないし。」
「それはですね、」
訝しげにジョセフを見ていると、ズイッと俺に顔を近づけてくる。
色白の肌に赤銅色の髪が映えてとても綺麗だと思う。そしてオリーブ色の瞳がジッと俺を見つめてくるのでドキリとした。
「な、なんだよ。」
そしてまた顔を逸らして、今度は胸のあたりをクンクンと嗅いでいる。
「お、おい!」
逃げようとするが、狭い御者席の中ではどうにも動けない。
「俺、匂いに敏感というか、細かな香りの違いを嗅ぎ分ける特技があるんですよね。」
「なんだそりゃ、犬かよ。」
「ひどいなぁ。仕事で使えるんですよ?」
そう言うと、またスンスンと俺を嗅いでくるので、急に恥ずかしくなりガシッと頭を掴んで引き剥がす。
「こら!やめろ変態!!」
「いたた。いいじゃないですか!減るもんじゃあるまいし!」
「いや減るから!俺の精神力がすり減る!」
ひと問答した後、ジョセフは仕方なく身体を起こして前を向くと、手綱をしっかり持った。そしてほんの少し残念そうに言う。
「そんなに嫌がらなくても。」
彼の髪は俺が掴んだせいで乱れてしまったが、気に留めた様子もない。
「コースケの匂いって面白いんですよ。ここの草木の匂いに混じって、鉱物を燃やしたような香りに煙の香りがします。タバコとは違うスモーキーで刺激的な香りで、それらに混じって紙やインクの香りに、微かに花の香りもするんですがそれもなんだか人工的というか無機質なんですよね。凄く不思議なんです。」
「そ、そんな臭うのか??」
自分の腕を鼻に当てて嗅いでみるが特に大した匂いはしない。
「あはは。普通の人には分からないみたいで。」
「なるほど。で、なんでその不思議な匂いが打算になるんだ?」
そう言うと、また、パッと俺の方を向いて手綱を手放し俺の両手をガシリと握った。
「っへ!?」
「コースケ、行く当て無いんでしょ!?じゃあウチに居ていいですから!その匂い嗅がせてくれませんか!?!」
彼の本気の眼差しに俺はゾワワと鳥肌が立つ。
「はぁ!?馬鹿かお前!俺は男に匂い嗅がせる趣味はないぞ!!」
握られた手を振り解くとジョセフから距離を取るように隅で縮こまる。すると彼はしょぼくれたようにまた手綱を手に前方を向いた。
そして深く溜息を吐き、影が差すほどに項垂れた。
「そうですよね。俺みたいなド変態野郎と同居なんて気持ち悪くて嫌ですよね。」
「おい、そこまで言ってないだろ。」
ジョセフの自虐に、俺は笑いそうになりながらも彼に突っ込む。
「どうしても無理ですか?コースケの匂い、気になっちゃって。」
ウルウルと捨て犬か何かのように目で訴えかけてきて、ウッと断りづらいものを感じた。
俺は再度、よく考えてみる。
ここでジョセフの申し出を断っても俺に行く当てなんて無い。身分を証明する物を持たない俺は、この世界では不審者でしかないのだ。
手持ちの物を売って金ができたとしても、家を買える程じゃないだろうし、賃貸だって借りれるかどうか……。安定的に収入が入るわけでも無い。
ジョセフの居ない生活は間違いなくハードモードだ。今後の生活を考えれば、匂いを嗅がせるくらい大した事では無いのでは!?
俺の中で彼の申し出を受ける方へと、勢いよく天秤が傾むき、ガツンと壊れた気さえした。しかし、最低限守って欲しい事はある。
それは、貞操的なアレだ。
俺は口ごもる様に恥ずかしげに彼を見て言う。
「へ、変な事、しないだろうな?」
ジョセフは俺の変化にハッとした様に、俺の方を見て右手をサッと上げてくる。
「神に誓って!変な事は致しません!」
優しげなオリーブ色の瞳が、キラキラと俺を見つめている。その瞳はやはり温和な大型犬のようで、コイツにどうこうされる事は無いだろうなと息を吐いた。
今度は俺から握手をしようと手を差し出し相手を見つめる。
「すまん。それじゃあ宜しく頼むよ。ジョセフ。」
そう言うと、彼は、ぱぁっと嬉しげに笑い俺の手を握った。
「こちらこそよろしくお願いします!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます