第5話-出会い

しばらく歩いていると、後ろの方からガラガラと馬車の音が聞こえ始める。


それは映画なんかで聞いたことのある馬車の音だと確信して振り返ると、遠くからゆったりと荷馬車が道を歩んでいた。御者も見たところ生きている人間のようでホッとする。


「良かった。とりあえず何か聞けるか?」


遠くだった馬車は俺の隣に止まり、「どいどう!」という男の声が聞こえた。


しかも日本語っぽい。言葉が通じるという事は日本なのか?何にしろコミュニケーションが取れのは有難い事だ!


俺は馬車を見てうるうると泣きそうになる。

やはり生きた人間と馬だ!!


御者は、俺の方を見てビクリとし、アワアワと狼狽えた。

「え、あ、あの……大丈夫、ですか?顔色悪そうですが。良ければ街まで乗っていきます?」

心配そうに見つめてくる若い男は、赤銅色の癖のある髪を後ろで束ね、オリーブ色の瞳でこちらを見ている。

とても日本人には見えないが、言葉が通じるのが不思議だ。俺はハッとして、彼に聞いた。


「あの!すみません!ここは何処でしょうか?」

「ここはマッサリアの郊外ですけど……。」

若い男はきょとんとしてこちらを見ている。

「…え、マッサリア?……それって地球のどの辺りですか?」

「……?」

「え?まさか星が違うなんて事は……。」

「ほし??空に出る星ですか?」

我ながらおかしな事を聞いている自覚はある。若い男もぽかんとこちらを見ていた。

「ああ、えっと、すみません。ここが何処なのか、なぜここに居るのか分からなくて。マッサリアと聞いても何処なのかサッパリで。」


若い男は暫く考えて自分なりに考えて聞き返してくれた。

「えっと……つまりは、ここ最近の記憶が無いんですか?」

彼の言葉に俺は頷く。違う気もするが、違うとなると非現実的過ぎて記憶喪失の線を推したくなる。

確かにここに来るまでの記憶は、穴に落ちたらここにいた。という事だけで……。

歩いたり船や飛行機に乗った覚えもないので、やはり記憶が抜け落ちていると考えるのが妥当だろう。


「……気付いたらここに居た、としか。」 


これを記憶喪失で片付けていいのかも分からない。


ああついでに、ここは天国か?って聞いてみるか?いよいよおかしい奴と思われそうだな。


俺がどう説明すれば良いか悩んでいると、若い男はふっと笑う。

「こんな所で立ち話もなんですし、とりあえず乗ってください。」

男は御者の席を少しずれて一人分空けてくれた。確かにここに居たって埒が開かない。俺はその言葉に甘える事にする。


「すみません、よろしくお願いします。」

隣に座り男の顔を見ると、彼はニコリと笑う。背が高く体付きもしっかりしているのに、何故か寂しげというか儚げに見えた。 


「じゃあ、行きましょうか。」

男が手綱を揺らすとゆっくり馬車が進んでいく。


街に行って……それからどうすればいいんだろう。

地球のどのへんか聞いても、問いの意味を分かって貰えなかった。つまりそんな言葉が定着してないって事だ。


本当にここは何処なんだ??


思い悩んでいると、隣の男が俺の様子を伺うように見ている。そこに警戒心や悪意は感じない。

「まぁ、焦る気持ちも分かりますが、とりあえず、分からない事については置いておきましょう。」

そして、ズイッと俺に近寄りクンクンと首筋を嗅いできた。

「ふぁ!?」

いきなりの事に俺はビクリと身体が強張る。それ以上の何をするではなく、彼はまたもとの位置に戻り、にこりと穏やかに微笑んだ。


「やっぱり悪い人じゃないですね。」

「あ、アンタは変わってるな。」


そう言うと、彼はあははと笑った。

「とりあえず自己紹介しますね。俺はジョセフ・マリー・フランソワです。よろしく。」

俺を見つめて微笑み、右手をすっと出してくる。握手しよう。という事らしい。俺はその手を取り握った。

「俺は、華束幸助……じゃないな、…コースケ・カタバだ。」

名前が先の国なのかと、俺も同じように言ってみる。

「コースケ!名前は覚えてるんですね。コースケ。カタバがファミリーネーム?」

「そう。華束がファミリーネーム。よろしくな、ジョセフ。」


相手の名前が知れるだけで安堵できる日が来るとは思わなかったな。


容姿もさることながら、ジョセフという名前もやはり日本のものじゃない。同じ世界ってんなら海外なんだろうけど……。日本語なんだよなぁ。

ジョセフの服装は映画なんかで観た中世の服装にそっくりだ。観察するように彼を見ていると、彼は小首を傾げた。

「どうかしました?」

その仕草が、犬か首を傾げた姿のようで愛嬌があって俺はクスリと笑った。

「どうかしたかって言われたら、どうかした事ばっかりだけど。まぁ、お前と知り合えて俺は幸運だったな。」

そう言って笑うと、彼はちょっと驚いたように俺を見つめていた。


ここがどこだかは分からないけど、もはや俺の置かれた状況が普通ではない事だけは確かだった。とりあえずジョセフはいい奴そうだし、街に着くまでに色々聞いてみよう。


そう、思った。

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